あしたのキミも愛してる/Will.A.Spencer
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まさか、泊まりの予定だとは思わなかった。
「大丈夫。そんなに気にしなくても、クロードは何も言ってこないよ」
ウィルは、しきりにケータイを取り出す私に笑いかけた。
私たちはアパルトマンを眺めたあと、気の向くまま、シャルルの街歩きを楽しんだ。
あの日は、ダブルのアイスクリームを教会に続く大階段に座って食べたが、さすがに今は寒すぎて、階段沿いのカフェに入った。
出始めのホットワインを少しずつ喉に送りながら、思い出話に花をさかせる。
こんなところにフィリップの王と王妃がいるとは誰も思わないのか、「ウィル」「Princess」と呼び合っても振り向く者はいなかった。
カフェにずいぶん長居をしてから、再び電車に揺られ、フィリップに戻った。
ウィルの体調を考えれば城に帰ると疑わなかった私は、当然のように、私の手を引いてホテルに入るウィルに驚いた。
もちろん、初めてウィルと一夜を明かした……といっても何もなかったけれど……あのホテルだ。
最上階のスイートは2方向がガラス張りで、街の明かりが一面の光の海になり眼下に広がる。
私は、シャワーを浴びてソファに座ったあとも落ち着かず、幾度となくケータイの画面に視線を送った。
ついにウィルが指を伸ばして、私のケータイを取り上げる。
「Princess…気にしすぎ。今日は、ちゃんとクロードに泊まりだと伝えてある。よほどのことでなければ連絡をするな、とも」
無断で外泊をした当時、私の着信履歴は“クロードさん”でびっしり埋まった。
城に戻ればクロードさんに叱られると怖がっていただけだった、あのころ。
たとえ一夜限りの遊びだとしても、専属執事にはお相手と居場所を知らせておくものである。
王家に嫁ぎ、王族とはなんたるやを知り、王妃となった今では、王子の居所がまったく知れない一夜がどれほど重大だったかわかる。
そして。
すべてを知りながらもなお逃げてしまったウィルの心の渇きがどれほどだったかも。
「何を考えているの。まさか、また、クロードのこと?」
のぞきこむ瞳は、天高くのぼった蒼き月と同じ、ブルー。
「いいえ。私が考えているのはいつも、ウィルのことばかりですよ」
「変わらないな。今でもキミは……いい子だ」
ウィルは、私のケータイをテーブルの端に伏せて、ワイングラスに注いだ赤ワインを一口、口に含んだ。
肩を抱かれ引き寄せられれば、間近なウィルの吐息から葡萄の甘みを感じる。
今夜のワインのセレクトは、思い出のシャトーぺトリュスだ。
「…あの夜、本当はすごくPrincessが欲しかった。だから、ホテルに誘った。ギリギリまで迷ったけど……よく、手を繋いだだけでガマンしたなって」
ウィルは、月の光の道筋を同じ青の視線でたどりながら、苦笑いを浮かべた。
「抱いてしまえばキミを絶対に手放せなくなると思った。でも、フィアンセもいて、王にも逆らえず……無力なのに、ただキミを傷つけるのだけは、嫌だった」
「ウィルは、私を選んでくれましたよ? たくさんの努力をしてくださって。だから、私が今、ウィルのそばにいられるんです」
私はウィルの肩に、頭をことんと寄せた。優しい手のひらが、私の髪を梳く。
「キミが、自分自身を信じる強さをくれたからだ。たとえ手探りの未来になっても、Princessがいれば乗り越えられると思った。
キミには感謝している。心魅かれるものに忠実になる幸せを教えてくれたから。短くても、幸せな人生だったと思えるのは、キミと子どもたちのおかげだよ。
俺は……幸せすぎて生き急いでしまったのかもしれないな」
返す言葉が見つからなかった。何を語ろうと、慰めようと、近く訪れる結末は変えようがない。ウィルは静かに言葉を続けた。
「Princess? 俺はキミに十分な幸せをもらった。でも、俺はキミに何も返せないまま去らなければならない。キミがつらいときも、泣きたいときも、傍にいてあげられない。かばってもあげられない。だから……これからは、キミの幸せだけを考えて、生きて欲しい」
私は、ウィルの言わんとすることがわからなかった。
戸惑う私を前に、ウィルは強く唇を結んでいる。
「子どもたちを連れて、王家を離れてもかまわないってことだよ。俺がいなくなれば、Princessや子どもたちを陥れようとする輩がでてくるはずだ。命の危険にさらされたり、心を削る想いまでしてフィリップに残る必要はない。フィリップが、力のない王が治めるせいで衰退するとしても、それは歴史の流れだ。実は……もう、キミの国に住まいを用意してある。生活には困らない。キミと、子どもたちと……地位や生まれに縛られることなくゆっくり暮らして?」
私は瞬きを忘れてウィルを見つめた。
愛する人の国のために尽くして、この地の土に還ると決めていた。
けれどともに同じ未来を見ていくはずのウィルがこんなにも早く私のそばからいなくなるとは考えもしなかった。
ウィルのいないフィリップを支える。
ウィル亡きあとも、フィリップに留まるということはつまり、そういうことなのだ。厳しさは、容易に想像できた。
でも、もし……フィリップを離れて故郷 に帰れるとしたら?
私は、王妃である今となっては自由に行き来できない、遠い国を想った。
優しい両親、懐かしい友達、見慣れた景色。
最愛の人を失った悲しみはきっと、いくらか癒されるだろう。
心が揺らがないといったら、嘘になる。
ウィルは、「それから」と視線を伏せた。
彼は、沈黙の間をつなげるみたいにグラスに指先を伸ばすと、ワインをゆっくりと喉に送り込む。
「大丈夫。そんなに気にしなくても、クロードは何も言ってこないよ」
ウィルは、しきりにケータイを取り出す私に笑いかけた。
私たちはアパルトマンを眺めたあと、気の向くまま、シャルルの街歩きを楽しんだ。
あの日は、ダブルのアイスクリームを教会に続く大階段に座って食べたが、さすがに今は寒すぎて、階段沿いのカフェに入った。
出始めのホットワインを少しずつ喉に送りながら、思い出話に花をさかせる。
こんなところにフィリップの王と王妃がいるとは誰も思わないのか、「ウィル」「Princess」と呼び合っても振り向く者はいなかった。
カフェにずいぶん長居をしてから、再び電車に揺られ、フィリップに戻った。
ウィルの体調を考えれば城に帰ると疑わなかった私は、当然のように、私の手を引いてホテルに入るウィルに驚いた。
もちろん、初めてウィルと一夜を明かした……といっても何もなかったけれど……あのホテルだ。
最上階のスイートは2方向がガラス張りで、街の明かりが一面の光の海になり眼下に広がる。
私は、シャワーを浴びてソファに座ったあとも落ち着かず、幾度となくケータイの画面に視線を送った。
ついにウィルが指を伸ばして、私のケータイを取り上げる。
「Princess…気にしすぎ。今日は、ちゃんとクロードに泊まりだと伝えてある。よほどのことでなければ連絡をするな、とも」
無断で外泊をした当時、私の着信履歴は“クロードさん”でびっしり埋まった。
城に戻ればクロードさんに叱られると怖がっていただけだった、あのころ。
たとえ一夜限りの遊びだとしても、専属執事にはお相手と居場所を知らせておくものである。
王家に嫁ぎ、王族とはなんたるやを知り、王妃となった今では、王子の居所がまったく知れない一夜がどれほど重大だったかわかる。
そして。
すべてを知りながらもなお逃げてしまったウィルの心の渇きがどれほどだったかも。
「何を考えているの。まさか、また、クロードのこと?」
のぞきこむ瞳は、天高くのぼった蒼き月と同じ、ブルー。
「いいえ。私が考えているのはいつも、ウィルのことばかりですよ」
「変わらないな。今でもキミは……いい子だ」
ウィルは、私のケータイをテーブルの端に伏せて、ワイングラスに注いだ赤ワインを一口、口に含んだ。
肩を抱かれ引き寄せられれば、間近なウィルの吐息から葡萄の甘みを感じる。
今夜のワインのセレクトは、思い出のシャトーぺトリュスだ。
「…あの夜、本当はすごくPrincessが欲しかった。だから、ホテルに誘った。ギリギリまで迷ったけど……よく、手を繋いだだけでガマンしたなって」
ウィルは、月の光の道筋を同じ青の視線でたどりながら、苦笑いを浮かべた。
「抱いてしまえばキミを絶対に手放せなくなると思った。でも、フィアンセもいて、王にも逆らえず……無力なのに、ただキミを傷つけるのだけは、嫌だった」
「ウィルは、私を選んでくれましたよ? たくさんの努力をしてくださって。だから、私が今、ウィルのそばにいられるんです」
私はウィルの肩に、頭をことんと寄せた。優しい手のひらが、私の髪を梳く。
「キミが、自分自身を信じる強さをくれたからだ。たとえ手探りの未来になっても、Princessがいれば乗り越えられると思った。
キミには感謝している。心魅かれるものに忠実になる幸せを教えてくれたから。短くても、幸せな人生だったと思えるのは、キミと子どもたちのおかげだよ。
俺は……幸せすぎて生き急いでしまったのかもしれないな」
返す言葉が見つからなかった。何を語ろうと、慰めようと、近く訪れる結末は変えようがない。ウィルは静かに言葉を続けた。
「Princess? 俺はキミに十分な幸せをもらった。でも、俺はキミに何も返せないまま去らなければならない。キミがつらいときも、泣きたいときも、傍にいてあげられない。かばってもあげられない。だから……これからは、キミの幸せだけを考えて、生きて欲しい」
私は、ウィルの言わんとすることがわからなかった。
戸惑う私を前に、ウィルは強く唇を結んでいる。
「子どもたちを連れて、王家を離れてもかまわないってことだよ。俺がいなくなれば、Princessや子どもたちを陥れようとする輩がでてくるはずだ。命の危険にさらされたり、心を削る想いまでしてフィリップに残る必要はない。フィリップが、力のない王が治めるせいで衰退するとしても、それは歴史の流れだ。実は……もう、キミの国に住まいを用意してある。生活には困らない。キミと、子どもたちと……地位や生まれに縛られることなくゆっくり暮らして?」
私は瞬きを忘れてウィルを見つめた。
愛する人の国のために尽くして、この地の土に還ると決めていた。
けれどともに同じ未来を見ていくはずのウィルがこんなにも早く私のそばからいなくなるとは考えもしなかった。
ウィルのいないフィリップを支える。
ウィル亡きあとも、フィリップに留まるということはつまり、そういうことなのだ。厳しさは、容易に想像できた。
でも、もし……フィリップを離れて
私は、王妃である今となっては自由に行き来できない、遠い国を想った。
優しい両親、懐かしい友達、見慣れた景色。
最愛の人を失った悲しみはきっと、いくらか癒されるだろう。
心が揺らがないといったら、嘘になる。
ウィルは、「それから」と視線を伏せた。
彼は、沈黙の間をつなげるみたいにグラスに指先を伸ばすと、ワインをゆっくりと喉に送り込む。