あしたのキミも愛してる/Will.A.Spencer
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「たぶん、Princessは感づいていたんだろう。想像していたより落ち着いて話ができた」
「それは……ようございました」
私は胸に手のひらを当てて一礼してから、傍らのティーワゴンを引き寄せた。
はじめてPrincess様にお会いしてから十数年が経っている。
当初私をハラハラさせるばかりだったあのお方も、感服するとしか表しようがない努力を重ねられ、今や一国の王妃であり、国母であり、ウィル様のお傍にいるにふさわしい貴婦人でもあられる。
Princess様のことだ。とうにウィル様の異変には気付いていながらも、いつかはウィル様から直接話があると信じ、黙しておられたのだろう。
私は、ウィル様が好まれているいつものカップに紅茶を注ぎ入れて、御前に差し出した。
特別にブレンドしたモーニングティーの香りが、少しでもウィル様のお心の癒しになればいい。
ウィル様は指先を伸ばしてカップをとり口元まで引き寄せると、小さく息を吸いあげた。
「いい香りだ」
しかし、
こくんと喉仏が上下して紅茶が送り込まれたその刹那。
「……ぐっ……ごほっ、ごほっ……」
「ウィル様!」
私は、激しく咳き込まれたウィル様の背をさすった。
ウィル様は、大丈夫だとおっしゃりたいのか、片手を挙げて私を制する仕草をなさる。
ただむせただけとは侮れないご体調である。
このままおさまらないならドクターを呼ばなければと考えていると、次第にウィル様は落ち着きを取り戻し、前のめりだった身体を起こして、手の甲で額の汗をぬぐった。
体力を消耗なさったのだろう。
ぐったりと、椅子の背にもたれて息を整えておられるお姿が痛々しい。
「だいぶ、飲み込む力が落ちてきたようだ」
かすれた声で、ウィル様がおっしゃった。
このところ食事を残されるのは、食欲がないというより、食べにくさを感じておられたせいなのだろうか。
誤って食べ物を気道に入れることがあれば、肺炎になり、死期を……この言葉は使いたくもないのだが……早めてしまう。
「わかりました。ドクターと相談して、食事の形態も柔らかいものに変えましょう」
私は手帳を取り出すと、重要事項の欄に『食事変更の調整』と書き入れ、さらに二重の円で囲った。
手帳から視線をあげると、ウィル様がまっすぐに私を見ていた。
私が知るどの青よりも青い瞳は、たとえ病魔に蝕まれる御身であっても、鮮やかさを失わない。
「……お前にも、いろいろと負担をかけているな」
「ウィル様……」
穏やかな声音が、胸に迫った。
ご自分のことだけを考えてくださればいい。
心からそう思っているのに。
「いいえ」
私は跳ねるようにして背筋を伸ばした。
「いいえ、このクロード、ウィル様のためでございましたら負担などと……」
そもそも、不覚の一言では、到底片付けられなかった。
募る想いが一気に口をついて放たれた。
「本当に、申し訳ございませんでした。一番お傍に仕える身でありながら、どうしてウィル様の異変に気付けなかったのか……命をもって詫びよと命ぜられればためらう理由はございません」
「考えすぎだ、クロード。俺自身ですら、まったく自覚症状がなかった。お前のせいじゃない」
「ですが……」
ウィル様はこれ以上の言葉を拒否するかのように、眉根を寄せた。
「まるで、墓の下まで付いてきそうな勢いだな」
「私の本望にございます」
きっぱり言い切ると、ウィル様がやれやれと首を振った。
「……ありがた迷惑な話だ」
ウィル様は椅子を引いて立ち上がる。
再び窓辺に立って、外を見るお姿は、あまりにも細い線。
「……あと、半年か……きっと、あっという間だろうな」
ズボンのポケットに両手を差し入れたウィル様の見上げる空が、雨粒を落とし始めた。
ひとつふたつと数えられた雫が、みるみる天空の水底を割ったような土砂降りに変わり、窓に激しく打ち付ける。
まるでここが、悪天候を進む海原の船かと思われるほどだ。
……いや。間違ってはいないだろう。
不条理な運命は、まさに、順風満帆な航海に突然襲った嵐に同じ。
そしてウィル様が旅立つ日。ウィル様を慕う者はみな、荒波に羅針盤をなくした船乗りになるのだ。
「それは……ようございました」
私は胸に手のひらを当てて一礼してから、傍らのティーワゴンを引き寄せた。
はじめてPrincess様にお会いしてから十数年が経っている。
当初私をハラハラさせるばかりだったあのお方も、感服するとしか表しようがない努力を重ねられ、今や一国の王妃であり、国母であり、ウィル様のお傍にいるにふさわしい貴婦人でもあられる。
Princess様のことだ。とうにウィル様の異変には気付いていながらも、いつかはウィル様から直接話があると信じ、黙しておられたのだろう。
私は、ウィル様が好まれているいつものカップに紅茶を注ぎ入れて、御前に差し出した。
特別にブレンドしたモーニングティーの香りが、少しでもウィル様のお心の癒しになればいい。
ウィル様は指先を伸ばしてカップをとり口元まで引き寄せると、小さく息を吸いあげた。
「いい香りだ」
しかし、
こくんと喉仏が上下して紅茶が送り込まれたその刹那。
「……ぐっ……ごほっ、ごほっ……」
「ウィル様!」
私は、激しく咳き込まれたウィル様の背をさすった。
ウィル様は、大丈夫だとおっしゃりたいのか、片手を挙げて私を制する仕草をなさる。
ただむせただけとは侮れないご体調である。
このままおさまらないならドクターを呼ばなければと考えていると、次第にウィル様は落ち着きを取り戻し、前のめりだった身体を起こして、手の甲で額の汗をぬぐった。
体力を消耗なさったのだろう。
ぐったりと、椅子の背にもたれて息を整えておられるお姿が痛々しい。
「だいぶ、飲み込む力が落ちてきたようだ」
かすれた声で、ウィル様がおっしゃった。
このところ食事を残されるのは、食欲がないというより、食べにくさを感じておられたせいなのだろうか。
誤って食べ物を気道に入れることがあれば、肺炎になり、死期を……この言葉は使いたくもないのだが……早めてしまう。
「わかりました。ドクターと相談して、食事の形態も柔らかいものに変えましょう」
私は手帳を取り出すと、重要事項の欄に『食事変更の調整』と書き入れ、さらに二重の円で囲った。
手帳から視線をあげると、ウィル様がまっすぐに私を見ていた。
私が知るどの青よりも青い瞳は、たとえ病魔に蝕まれる御身であっても、鮮やかさを失わない。
「……お前にも、いろいろと負担をかけているな」
「ウィル様……」
穏やかな声音が、胸に迫った。
ご自分のことだけを考えてくださればいい。
心からそう思っているのに。
「いいえ」
私は跳ねるようにして背筋を伸ばした。
「いいえ、このクロード、ウィル様のためでございましたら負担などと……」
そもそも、不覚の一言では、到底片付けられなかった。
募る想いが一気に口をついて放たれた。
「本当に、申し訳ございませんでした。一番お傍に仕える身でありながら、どうしてウィル様の異変に気付けなかったのか……命をもって詫びよと命ぜられればためらう理由はございません」
「考えすぎだ、クロード。俺自身ですら、まったく自覚症状がなかった。お前のせいじゃない」
「ですが……」
ウィル様はこれ以上の言葉を拒否するかのように、眉根を寄せた。
「まるで、墓の下まで付いてきそうな勢いだな」
「私の本望にございます」
きっぱり言い切ると、ウィル様がやれやれと首を振った。
「……ありがた迷惑な話だ」
ウィル様は椅子を引いて立ち上がる。
再び窓辺に立って、外を見るお姿は、あまりにも細い線。
「……あと、半年か……きっと、あっという間だろうな」
ズボンのポケットに両手を差し入れたウィル様の見上げる空が、雨粒を落とし始めた。
ひとつふたつと数えられた雫が、みるみる天空の水底を割ったような土砂降りに変わり、窓に激しく打ち付ける。
まるでここが、悪天候を進む海原の船かと思われるほどだ。
……いや。間違ってはいないだろう。
不条理な運命は、まさに、順風満帆な航海に突然襲った嵐に同じ。
そしてウィル様が旅立つ日。ウィル様を慕う者はみな、荒波に羅針盤をなくした船乗りになるのだ。