あしたのキミも愛してる/Will.A.Spencer
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裏門にはすでに小型の車がつけられていた。
足元のおぼつかないPrincess様が、控えの者の介助を受けながら身をかがめ、後部座席に腰を下ろそうとなさっているところだった。
「Princess様」
声をかけた私に、Princess様が顔を向けて、何度も瞬きをなさる。
「クロードさん? どうしたのですか。貴方には暇を出しましたのに」
「どうか、お伴させてください」
Princess様は、足元に置いた私のトランクにちらりと視線を送った。
私は手のひらを胸にあてて直角に腰を折り、お言葉を待つ。
「……クロードさん……ウィルがいなくなってから、クロードさんには本当に支えられました。ありがとうございました。もう十分です。私も、あとはウィルの元に行くだけですから」
顔を上げずとも、Princess様が微笑まれていることはわかる。
奇しくもPrincess様はウィル様と同じ病を患って、余命いくばくもない身であられた。
戴冠式までもたないだろうとの診断だったが、Princess様は日々ウィル様に祈り、命を繋いでこられたのだ。
「ウィル様亡きあとは、Princess様が私の主と思って仕えてまいりました。どうぞ、最後までお供をさせてください。それに私にはまだ、心残りがありますので」
「心残り、ですか?」
腰を伸ばし、含みを持たせた笑みを浮かべる私に、Princess様は小首をかしげた。こんな仕草は、まだ少女のあどけなさが残っていたかつての日を思いださせる。
「ええ、そうです。私は貴女様にまだ『クロード』と呼ばれたことがございません。それまでは、貴女様の傍を離れるわけにはまいりません」
「え?」
Princess様は、だれからも一流の貴婦人と認められるようになってもなお、私を「クロードさん」と呼び続けた。
もはや名実ともにフィリップ王国のトップの女性だというのに、Princess様は私に敬語を使う。
無論、Princess様の謙虚さや誠実さゆえであるとわかってはいたが、私のPrincess様への尊敬の念が高まれば高まるほど、私を“仕える者”として扱って欲しいと願う気持ちも強まった。
いつもウィル様の背中に隠れ、ビクビクするばかりのPrincess様を、きつく叱責していたあの日々は、私とPrincess様の間でしばしば懐かしい笑い話になっていた。
私の答えに、一瞬Princess様はきょとんとし、それから肩をすくめた。
「それでは、ずっと私についていなければなりませんよ。クロードさんはこれからも、クロードさんですから」
「それならそれで、結構でございます。貴女様のお傍にいられます」
「相変わらずですね」
「貴女様もです」
「……」
「……」
視線を合わせると、ふっと、私たちの間にやわらかい空気が流れた。
「よかった……実は、クロードさんの淹れてくださる紅茶が飲めないなと思って寂しかったんです」
私とPrincess様は、笑みを交わした。
多くを語らずとも信頼を寄せ合える感覚は、いつのころからか、ウィル様とのそれと同じだった。
私はトランクを車に詰め込んで、助手席に乗った。
『クロード……Princessと子どもたちをよろしく頼む。お前しか、俺の愛する者たちを託せる人間はいない』
ウィル様の澄んだ声音がよみがえる。
この命にかえても必ずと誓った、主の在りし日は、もう遠い。
けれどまだ、私はウィル様との約束を果たしきってはいなかった。
主の最愛の女性が主のもとへ旅立つその日を見届けるまで、忠実な執事であり続けるつもりだ。
そしていつか再びウィル様にお会いしたとき、ウィル様は私になんとおっしゃるだろう。
『ご苦労だった、クロード』
若き日のままのわが主はきっと、世界中の青という青を集めたような瞳を向けて、そうおっしゃるに違いない。
車が走り出した。
Princess様は、小さな花をつける鉢植えを膝に載せ、おだやかな寝息をたてておられる。
旅立ちの日は、快晴。
フロントガラスに広がる空は、まぶしい光をいっぱいに含んだ鮮やかなブルーだった。
足元のおぼつかないPrincess様が、控えの者の介助を受けながら身をかがめ、後部座席に腰を下ろそうとなさっているところだった。
「Princess様」
声をかけた私に、Princess様が顔を向けて、何度も瞬きをなさる。
「クロードさん? どうしたのですか。貴方には暇を出しましたのに」
「どうか、お伴させてください」
Princess様は、足元に置いた私のトランクにちらりと視線を送った。
私は手のひらを胸にあてて直角に腰を折り、お言葉を待つ。
「……クロードさん……ウィルがいなくなってから、クロードさんには本当に支えられました。ありがとうございました。もう十分です。私も、あとはウィルの元に行くだけですから」
顔を上げずとも、Princess様が微笑まれていることはわかる。
奇しくもPrincess様はウィル様と同じ病を患って、余命いくばくもない身であられた。
戴冠式までもたないだろうとの診断だったが、Princess様は日々ウィル様に祈り、命を繋いでこられたのだ。
「ウィル様亡きあとは、Princess様が私の主と思って仕えてまいりました。どうぞ、最後までお供をさせてください。それに私にはまだ、心残りがありますので」
「心残り、ですか?」
腰を伸ばし、含みを持たせた笑みを浮かべる私に、Princess様は小首をかしげた。こんな仕草は、まだ少女のあどけなさが残っていたかつての日を思いださせる。
「ええ、そうです。私は貴女様にまだ『クロード』と呼ばれたことがございません。それまでは、貴女様の傍を離れるわけにはまいりません」
「え?」
Princess様は、だれからも一流の貴婦人と認められるようになってもなお、私を「クロードさん」と呼び続けた。
もはや名実ともにフィリップ王国のトップの女性だというのに、Princess様は私に敬語を使う。
無論、Princess様の謙虚さや誠実さゆえであるとわかってはいたが、私のPrincess様への尊敬の念が高まれば高まるほど、私を“仕える者”として扱って欲しいと願う気持ちも強まった。
いつもウィル様の背中に隠れ、ビクビクするばかりのPrincess様を、きつく叱責していたあの日々は、私とPrincess様の間でしばしば懐かしい笑い話になっていた。
私の答えに、一瞬Princess様はきょとんとし、それから肩をすくめた。
「それでは、ずっと私についていなければなりませんよ。クロードさんはこれからも、クロードさんですから」
「それならそれで、結構でございます。貴女様のお傍にいられます」
「相変わらずですね」
「貴女様もです」
「……」
「……」
視線を合わせると、ふっと、私たちの間にやわらかい空気が流れた。
「よかった……実は、クロードさんの淹れてくださる紅茶が飲めないなと思って寂しかったんです」
私とPrincess様は、笑みを交わした。
多くを語らずとも信頼を寄せ合える感覚は、いつのころからか、ウィル様とのそれと同じだった。
私はトランクを車に詰め込んで、助手席に乗った。
『クロード……Princessと子どもたちをよろしく頼む。お前しか、俺の愛する者たちを託せる人間はいない』
ウィル様の澄んだ声音がよみがえる。
この命にかえても必ずと誓った、主の在りし日は、もう遠い。
けれどまだ、私はウィル様との約束を果たしきってはいなかった。
主の最愛の女性が主のもとへ旅立つその日を見届けるまで、忠実な執事であり続けるつもりだ。
そしていつか再びウィル様にお会いしたとき、ウィル様は私になんとおっしゃるだろう。
『ご苦労だった、クロード』
若き日のままのわが主はきっと、世界中の青という青を集めたような瞳を向けて、そうおっしゃるに違いない。
車が走り出した。
Princess様は、小さな花をつける鉢植えを膝に載せ、おだやかな寝息をたてておられる。
旅立ちの日は、快晴。
フロントガラスに広がる空は、まぶしい光をいっぱいに含んだ鮮やかなブルーだった。
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