ブルー×ブルー(後日譚)/Will.A.Spencer
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わが子、ウィルの部屋の扉が細くあいて、一筋の灯りが廊下に漏れ出ていた。
深夜のフィリップ城は、城自体が眠っているかのような静けさだ。
Princessはガウンの前たてを合わせながら、隙間からそっと室内をのぞく。
正面にはパジャマ姿のウィル、ソファの後姿はいまだスーツに身を包んだクロード。
クロードはうつむき加減の姿勢で、微動だにしない。
Princessは、扉を押しひらいた。
「ウィル、もう遅いでしょ。眠らないと明日の学校、遅刻しちゃうじゃない」
唇を引き締めてPrincessが強い口調で注意すると、すかさずウィルは眉をひそめた。
「そんなことはクロードに言ってよ、母さん。クロードが、俺を離してくれないんだ。何度やっても俺には勝てないよって言っているのにさ」
向かい合わせのソファに挟まれたテーブルの上には、チェスボードが載っていた。
ウィルの5歳の誕生日にクロードから贈られたチェスの一式は、年月を経るごとに風合いが増し、芸術品の域になっている。
どんなに見ても見飽きないほどの細工の素晴らしさはわかるが、散りばめられたいくつもの駒を見ても、どちらが勝っているのか、Princessにはさっぱりわからない。
「そうなんですか、クロードさん。困ります。ウィルはもう寝させないと」
Princessはチェスのひとつをつまんで眺め、またボードに置いた。
「ああっ、Princess様、その駒はこちらのマスでした!」
Princessは軽くため息をついて、クロードが人差し指で主張したマスに置き直した。
クロードはPrincessの言葉をまったくもって聞き流し、相変わらず腕を組んでうなってばかりだ。
ん、んーっとウィルが組み合わせた両手を天井に向けて伸び上がった。
「ねえ、まだ? クロード。俺はもう寝るよ。クロードのせいで、母さんに怒られただろ」
「も、もう少しお時間をください、ウィル様」
あきれ顔のウィルが、立ち上がって窓辺に向かう。
シャッと一気にカーテンを引くと、あふれんばかりの月の光が部屋に流れ込んだ。
城の最上階にあるウィルの部屋は、どこよりも満月に近い。
「母さん、見て。月がきれいだよ」
まるで恋人を誘うかのような優しい響きの声は、夫、ウィルによく似ている。
「ほんとだ。ウィルの目の色と同じだね」
窓際に立ったPrincessが、すがすがしいブルーの月を見上げた。
「どっちのウィル?」
くすりとウィルが笑う。
少しだけ口角をあげて、目を細める笑顔もそっくりだと思いながら、Princessは「両方」と微笑み返した。
「母さん、先に寝なよ。体に悪い。俺のせいで母さんに何かあったら、俺が父さんに恨まれる」
ウィルが肩をすくめた。
ついこの間まで、ママ、ママとまとわりつくだけだったウィルにかばわれて、Princessはなんだかくすぐったい思いだ。
年頃よりも大人びていたり、そうかと思えばささいなことにムキになってみたりと、大人半分、子ども半分のウィルは、見ていて飽きない。
いい子に育ってくれたものだと、Princessはウィルの横顔をちらりと見る。
来年には、フィリプトンスクールの首席卒業も決まっていた。
父親ゆずりの美しさと聡明さ、母似の明るさを併せ持つ彼のもとに嫁がせたいと、
今から各国の王室からアプローチも絶えない。
けれども、フィリップの王子とPrincess、そして幼子ウィルのこれまでが――今もだが――平穏だったわけではない。
正式に婚約し、ささやかな式を挙げたあとも、王族はもちろん国民からの声は厳しかった。
貴族の婚約者がいたにもかかわらず、別の一般人との間に子をもうけ、妻と離婚した挙句にそちらの女を王妃に据えようなど、だれがどう判断しても許されるものではない。
ただお互いに愛した人といたいだけだときれいごとを並べ立てたところで、自分たちのしでかした衝動の結果を、正当化できるわけもなかった。
すべての非難を受け入れて、公務で誠意を示そうと、ウィルは言った。
時間がかかっても、認めてもらうにはそれしか方法がない、と。
フィリップのために身と心を砕くと決意して、この城に来た。
あれから4年。
城のメイドたち、王族、国民。
みなの視線が少しずつ変わってきたと感じている。
確実に成果がみえるようになった公務と、愛する人に囲まれた心穏やかなプライベートに、かつては波立つばかりだったPrincessの胸は、ようやく凪ぎはじめていた。
Princessは、月に照らされる我が子を眺めた。
凛としたまなざしが、冴えた青になじんでいる。
「はい、ここです。どうぞ、ウィル様の番です」
得意げなクロードの声に、ふたりは同時に振り向いた。
「クロード……時間、かかりすぎ」
ウィルがやれやれとでも言うように、両肩を上げた。
「……なんだ、みなで楽しそうだな」
軽いノックのあとに部屋に入ってきたのは、ウィルだ。
シャワーを浴びたばかりなのか、濡れたブロンドが輝きを増している。
ウィルジュニアは口をとがらせて、クロードがしつこくて眠れないのだと訴えた。
「母さんまで巻き込んじゃって、かわいそうだよ」
ね、とウィルがガラスの目をきらめかせてPrincessを見上げる。
「Princessの心配は、俺がするから問題ない。ウィル、何度も言っているが、Princessは俺と結婚したんだから、お前はほかの女性を見つけるように」
「ちょっ、ウィル、そんなこと、子ども相手に……」
とまどうPrincessに対して、当の我が子は余裕があった。
「わかってるよ、父さん。いつもそればっかりじゃん」
真顔のウィルに息子は笑いをこらえながら、チェスの駒をひとつ、つまみあげた。
クロードとの勝負はまだついていない。
次はウィルジュニアの番だ。
駒が、ボードの一角に置かれようとした瞬間。
「待て」
ウィルが耳打ちする。
「そこに置くな。……とやると、クロードが……だろ?だから……をふたつすすめると……」
「ああ、そうか!」
こそこそと子どもに指南するウィルに、クロードが声を上げた。
「ウィ、ウィル様! それはずるいのでは……」
ウィルはクロードを一瞥してから、再び我が子を見た。
「アイツは、主に向かって『ズルイ』と言ったな。どうしてやろうか」
しかし、言葉とは裏腹に、ウィルの涼やかな目はもう笑いを含んでいる。
「じゃあ、父さん、こうしちゃおうよ」
ウィルがくすくすと笑って、細い指先で駒を進めた。
「あっ……」
「チェックメイト」
クロードが肩を落とした。
ブルーの瞳を交わし合って、ふたりが声をたてて笑う。
「さ、もう終わり。みんな、寝ましょ」
すかさずPrincessが、ぱちんと手を叩いた。
寝室の片隅のテーブルで、Princessはペンを走らせていた。
先にベッドに入ったウィルを気遣って、あかりは手元を照らすスタンドだけだ。
暗闇には、彼女のシルエットがぼんやりと浮かんでいる。
ふと近づいた気配にPrincessが振り向こうとすると、ウィルに背中から抱きすくめられた。
肩にのった整った顔と静かな息遣いには、結婚して妻となった今でも、ドキドキさせられてしまう。
「まだやるの? もう寝ないと」
「あ、ごめんなさい。まぶしかったですか? ここだけ仕上げたくて」
Princessは、彼女が出席する会見や集会のスピーチすべてを自ら考える。
秘書に任せるのが通常なのだが、自分の気持ちを自分の言葉で伝えたいと願う
Princessは、それをしない。
「それって来週だろ。今夜でなくてもいい。夜更かしは体に障るよ」
ウィルの右手が、Princessのまるいお腹をゆっくりと撫でた。
「だいぶ大きくなったな。ウィルのことも、こうやって会える日を待ち望んでやりたかった。いまさらながら、悔やまれるよ」
ウィルの長いまつ毛が、Princessの耳元で細やかに揺れる。
「会えなかったぶん、今、愛情を注いでくださってますから。きっと、あの子もわかっています」
Princessはウィルの頬に、自分の頬をすり寄せた。
ウィルの指がスタンドに伸びて、灯りがふっと消える。
文字を照らしていた光が失われ、部屋は柔らかい薄闇に包まれた。
ウィルは静かに椅子をひいて、Princessの膝の裏に腕をかけ抱き上げた。
そのままそっとPrincessをベットに横たえると、彼女を横向きにする。
Princessの黒髪をかきあげ、白いうなじにいくつもキスを落とすウィル。
「ウィル? 眠るんじゃなかったの?」
小さく笑う息が、耳にかかる。
「まさか。キミとベビーを一度に抱きしめられるのはあと少しだけなのに、俺が黙って眠る、とでも?」
ネグリジェのボタンがするすると解いて、ウィルは、彼女の、前よりずっとふくよかになった胸をもみしだいた。
「そっと……ゆっくり、しよう」
ウィルとの間に芽生えた新しい命。
健やかに伸び育つウィル。
そして、だれよりも愛する男性 。
目の前に広がる幸せを予感すれば、それだけで、Princessの心と身体 は緩やかに溶けていく。
Princessはウィルの胸に背中を合わせて、彼のぬくもりにただ、身をゆだねた。
--fin--
深夜のフィリップ城は、城自体が眠っているかのような静けさだ。
Princessはガウンの前たてを合わせながら、隙間からそっと室内をのぞく。
正面にはパジャマ姿のウィル、ソファの後姿はいまだスーツに身を包んだクロード。
クロードはうつむき加減の姿勢で、微動だにしない。
Princessは、扉を押しひらいた。
「ウィル、もう遅いでしょ。眠らないと明日の学校、遅刻しちゃうじゃない」
唇を引き締めてPrincessが強い口調で注意すると、すかさずウィルは眉をひそめた。
「そんなことはクロードに言ってよ、母さん。クロードが、俺を離してくれないんだ。何度やっても俺には勝てないよって言っているのにさ」
向かい合わせのソファに挟まれたテーブルの上には、チェスボードが載っていた。
ウィルの5歳の誕生日にクロードから贈られたチェスの一式は、年月を経るごとに風合いが増し、芸術品の域になっている。
どんなに見ても見飽きないほどの細工の素晴らしさはわかるが、散りばめられたいくつもの駒を見ても、どちらが勝っているのか、Princessにはさっぱりわからない。
「そうなんですか、クロードさん。困ります。ウィルはもう寝させないと」
Princessはチェスのひとつをつまんで眺め、またボードに置いた。
「ああっ、Princess様、その駒はこちらのマスでした!」
Princessは軽くため息をついて、クロードが人差し指で主張したマスに置き直した。
クロードはPrincessの言葉をまったくもって聞き流し、相変わらず腕を組んでうなってばかりだ。
ん、んーっとウィルが組み合わせた両手を天井に向けて伸び上がった。
「ねえ、まだ? クロード。俺はもう寝るよ。クロードのせいで、母さんに怒られただろ」
「も、もう少しお時間をください、ウィル様」
あきれ顔のウィルが、立ち上がって窓辺に向かう。
シャッと一気にカーテンを引くと、あふれんばかりの月の光が部屋に流れ込んだ。
城の最上階にあるウィルの部屋は、どこよりも満月に近い。
「母さん、見て。月がきれいだよ」
まるで恋人を誘うかのような優しい響きの声は、夫、ウィルによく似ている。
「ほんとだ。ウィルの目の色と同じだね」
窓際に立ったPrincessが、すがすがしいブルーの月を見上げた。
「どっちのウィル?」
くすりとウィルが笑う。
少しだけ口角をあげて、目を細める笑顔もそっくりだと思いながら、Princessは「両方」と微笑み返した。
「母さん、先に寝なよ。体に悪い。俺のせいで母さんに何かあったら、俺が父さんに恨まれる」
ウィルが肩をすくめた。
ついこの間まで、ママ、ママとまとわりつくだけだったウィルにかばわれて、Princessはなんだかくすぐったい思いだ。
年頃よりも大人びていたり、そうかと思えばささいなことにムキになってみたりと、大人半分、子ども半分のウィルは、見ていて飽きない。
いい子に育ってくれたものだと、Princessはウィルの横顔をちらりと見る。
来年には、フィリプトンスクールの首席卒業も決まっていた。
父親ゆずりの美しさと聡明さ、母似の明るさを併せ持つ彼のもとに嫁がせたいと、
今から各国の王室からアプローチも絶えない。
けれども、フィリップの王子とPrincess、そして幼子ウィルのこれまでが――今もだが――平穏だったわけではない。
正式に婚約し、ささやかな式を挙げたあとも、王族はもちろん国民からの声は厳しかった。
貴族の婚約者がいたにもかかわらず、別の一般人との間に子をもうけ、妻と離婚した挙句にそちらの女を王妃に据えようなど、だれがどう判断しても許されるものではない。
ただお互いに愛した人といたいだけだときれいごとを並べ立てたところで、自分たちのしでかした衝動の結果を、正当化できるわけもなかった。
すべての非難を受け入れて、公務で誠意を示そうと、ウィルは言った。
時間がかかっても、認めてもらうにはそれしか方法がない、と。
フィリップのために身と心を砕くと決意して、この城に来た。
あれから4年。
城のメイドたち、王族、国民。
みなの視線が少しずつ変わってきたと感じている。
確実に成果がみえるようになった公務と、愛する人に囲まれた心穏やかなプライベートに、かつては波立つばかりだったPrincessの胸は、ようやく凪ぎはじめていた。
Princessは、月に照らされる我が子を眺めた。
凛としたまなざしが、冴えた青になじんでいる。
「はい、ここです。どうぞ、ウィル様の番です」
得意げなクロードの声に、ふたりは同時に振り向いた。
「クロード……時間、かかりすぎ」
ウィルがやれやれとでも言うように、両肩を上げた。
「……なんだ、みなで楽しそうだな」
軽いノックのあとに部屋に入ってきたのは、ウィルだ。
シャワーを浴びたばかりなのか、濡れたブロンドが輝きを増している。
ウィルジュニアは口をとがらせて、クロードがしつこくて眠れないのだと訴えた。
「母さんまで巻き込んじゃって、かわいそうだよ」
ね、とウィルがガラスの目をきらめかせてPrincessを見上げる。
「Princessの心配は、俺がするから問題ない。ウィル、何度も言っているが、Princessは俺と結婚したんだから、お前はほかの女性を見つけるように」
「ちょっ、ウィル、そんなこと、子ども相手に……」
とまどうPrincessに対して、当の我が子は余裕があった。
「わかってるよ、父さん。いつもそればっかりじゃん」
真顔のウィルに息子は笑いをこらえながら、チェスの駒をひとつ、つまみあげた。
クロードとの勝負はまだついていない。
次はウィルジュニアの番だ。
駒が、ボードの一角に置かれようとした瞬間。
「待て」
ウィルが耳打ちする。
「そこに置くな。……とやると、クロードが……だろ?だから……をふたつすすめると……」
「ああ、そうか!」
こそこそと子どもに指南するウィルに、クロードが声を上げた。
「ウィ、ウィル様! それはずるいのでは……」
ウィルはクロードを一瞥してから、再び我が子を見た。
「アイツは、主に向かって『ズルイ』と言ったな。どうしてやろうか」
しかし、言葉とは裏腹に、ウィルの涼やかな目はもう笑いを含んでいる。
「じゃあ、父さん、こうしちゃおうよ」
ウィルがくすくすと笑って、細い指先で駒を進めた。
「あっ……」
「チェックメイト」
クロードが肩を落とした。
ブルーの瞳を交わし合って、ふたりが声をたてて笑う。
「さ、もう終わり。みんな、寝ましょ」
すかさずPrincessが、ぱちんと手を叩いた。
寝室の片隅のテーブルで、Princessはペンを走らせていた。
先にベッドに入ったウィルを気遣って、あかりは手元を照らすスタンドだけだ。
暗闇には、彼女のシルエットがぼんやりと浮かんでいる。
ふと近づいた気配にPrincessが振り向こうとすると、ウィルに背中から抱きすくめられた。
肩にのった整った顔と静かな息遣いには、結婚して妻となった今でも、ドキドキさせられてしまう。
「まだやるの? もう寝ないと」
「あ、ごめんなさい。まぶしかったですか? ここだけ仕上げたくて」
Princessは、彼女が出席する会見や集会のスピーチすべてを自ら考える。
秘書に任せるのが通常なのだが、自分の気持ちを自分の言葉で伝えたいと願う
Princessは、それをしない。
「それって来週だろ。今夜でなくてもいい。夜更かしは体に障るよ」
ウィルの右手が、Princessのまるいお腹をゆっくりと撫でた。
「だいぶ大きくなったな。ウィルのことも、こうやって会える日を待ち望んでやりたかった。いまさらながら、悔やまれるよ」
ウィルの長いまつ毛が、Princessの耳元で細やかに揺れる。
「会えなかったぶん、今、愛情を注いでくださってますから。きっと、あの子もわかっています」
Princessはウィルの頬に、自分の頬をすり寄せた。
ウィルの指がスタンドに伸びて、灯りがふっと消える。
文字を照らしていた光が失われ、部屋は柔らかい薄闇に包まれた。
ウィルは静かに椅子をひいて、Princessの膝の裏に腕をかけ抱き上げた。
そのままそっとPrincessをベットに横たえると、彼女を横向きにする。
Princessの黒髪をかきあげ、白いうなじにいくつもキスを落とすウィル。
「ウィル? 眠るんじゃなかったの?」
小さく笑う息が、耳にかかる。
「まさか。キミとベビーを一度に抱きしめられるのはあと少しだけなのに、俺が黙って眠る、とでも?」
ネグリジェのボタンがするすると解いて、ウィルは、彼女の、前よりずっとふくよかになった胸をもみしだいた。
「そっと……ゆっくり、しよう」
ウィルとの間に芽生えた新しい命。
健やかに伸び育つウィル。
そして、だれよりも愛する
目の前に広がる幸せを予感すれば、それだけで、Princessの心と
Princessはウィルの胸に背中を合わせて、彼のぬくもりにただ、身をゆだねた。
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