ジュノーの祝福/Claude
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勢いをつけて、部屋のカーテンを開ける。
早朝だというのに、青空は高く澄んで、光の粒子がこぼれるような晴天だった。
(よかった! これならガーデンパーティーも楽しんでもらえそう)
2週間はバタバタと過ぎ、今日はいよいよ結婚式だ。
愛する人と永遠の愛を誓い合う。
背筋が伸びる思いだった。
気がかりだったクロードもナンシーも、あの日以来、表向きは主とメイドの関係にしか見えなかった。
にこりとも笑わなかったが、ナンシーはPrincessの身の回りの世話もやく。
今はそれなりに、ふたりの間で結論が出たのだと思うよりほかはない。
ウェディングドレスの入ったトランクを提げて、クロードと教会に向かった。
町の中央にある教会は、館から15分ほどの距離で、ふたりで散歩がてら田舎道を歩く。
「この道を帰るときは、もう家族ですね」
なにげなくつぶやいたクロードの言葉がくすぐったい。
つい、ふふっと笑いが漏れてしまう。
「そうですね。嬉しいです。いろんなことがあったけど……クロードさんの奥さんになれるなんて、本当に嬉しい」
「……」
ほんのり頬をそめたクロードは無言だ。
(クロードさんが照れてる。珍しいな……)
答えの代わりに、彼はPrincessの指先をからめとって握り締める。
お互いに顔を見るのがなんだか恥ずかしい。
ふたりはまっすぐに前を向いて、教会の高い塔を目指した。
しばらくののち、正面から教会を見渡せる広場についた。
あたりはしんと静まり返っている。
式のあと、この広場でささやかなパーティーをするはずだったのにテーブルのひとつも出ていない。
「おかしいですね。手配は済んでいるはずなのに」
クロードの言葉にうなずいて、神父様に聞いてみましょうとPrincessは教会に歩みを進めた。
教会の中は、いつもの椅子と祭壇が並べられているだけだ。花もリボンも何の飾りつけも見当たらない。
人の気配に、神父が出てきて揃ったふたりに目を見張った。
「いかがなさいました?」
「いや、今日の挙式の準備が何もなされていないので。」
クロードの言葉に、神父が首を傾げる。
「お式ですか? 5日ほど前に、女性からキャンセルの電話をいただきましたよ。Princess様ご本人と名乗られて。キャンセル料もすべてお支払いいただいています」
「えっ!?」
Princessが口を片手で押さえた。
指先から力が抜け、落ちたトランクが地面で跳ねて蓋が開く。
無造作に地に散らばったのは、大量のボロ布だ。
「なに、これ……」
入れたはずのドレスはどこにいってしまった?
いつの間に入れ替えられた?
Princessは、息をすることすら苦しくなる。
クロードが、震える拳を握り締めていた。
無言のまま踵をかえして、もときた道を駆け出す。
「待ってください、クロードさん!」
☆☆☆
Princessはクロードを追って、彼の腕をつかんだ。
「待ってくださいったら!」
ふたりで肩を上下させていた。
「いきなり責めちゃダメです!」
その名を言わなかった。
”誰が”こんなことを……
言わずとも、わかっていた。
「どこまで人がいいのです、貴女は。許されるはずもない!」
常に冷静なクロードが両手を広げて怒りをあらわにする姿を初めて見た。
彼は再び館への道に、つま先を向ける。
「手に入らないなら!」
Princessはもう一度、彼の腕を強く握って引きとめた。
きっぱりとクロードを見上げる。
「……手に入らないなら、せめて誰のものにもなって欲しくない。その気持ちが、私には痛いほどわかるんです」
Princessの漆黒の瞳が揺れていた。
ウィルと別れた。
一方的に告げられて。
彼の気持ちはアナにあった。
心変わりでなく、自分に冷めたといわれたほうがよっぽどマシだった。
彼の愛がもう自分に向けられないなら、誰も愛して欲しくなかった。
彼がたったひとりの誰かのものになることで、行き場のない愛は永遠にさまよってしまう。
苦しさも、やりきれなさも、経験したものでなければわかるまい。
「……聞いちゃったんです。お屋敷に来た夜に、クロードさんとナンシーさんが、キッチンで話してるの」
クロードが息をのんだ。
「本当は、クロードさんとナンシーさんが手紙のやりとりをしていたことも気になっていました。でも、そのわけを聞くこともためらっていたんです。私が、クロードさんとナンシーさんの仲を疑っていると思われるのが怖くて」
「そうでしたか」
クロードの怒りがするすると温度をさげていくのが感じられた。
「私も、Princessに余計な心配をかけたくなくて黙っていました。それがこんな形で仇になってしまいましたね」
片方の手のひらを額に手をあてるクロードに、苦悩の色が見て取れる。
「ナンシーとは昔からの知り合いです。小さい町で歳も離れていなかったので、自然と仲が良くなりました。彼女が私の家でメイドとして雇われたあとも、お互いけじめはつけていたものの……友人でした。……私にとっては」
Princessは静かにクロードの言葉に耳を傾けた。
「ウィル様にお仕えすることが決まって屋敷を離れるとき、ナンシーから一緒に連れて行って欲しいと言われました。でも、断りました。あとは、Princessが聞いたとおりです。ナンシーからの手紙に、私信の部分がなかったわけではありません。結婚を決めた人がいると書いても、それでも待っていると言われたこともあります。私も、完全にナンシーを無碍(むげ)にはできませんでした。母が世話になっていましたから。それが、結果としてこんな……」
「もう、いいにしましょう」
Princessはクロードの言葉を遮って、明るく笑って見せた。
ナンシーの気持ちを知ったなら、せめて早々に屋敷を出て、ふたりでホテルにでも泊まればよかったのだ。
いまさらながら、毎日幸せオーラを見せつけられる彼女の胸の内を思った。
クロードと自分に非がないとは言えない。
「結婚式はまた次だってできます。今は、集まってくださるゲストのみなさんにお詫びしないと」
クロードの愛は確かに手の中にある。あせらなくたっていい。
「Princess……すまない。貴女はジューンブライドに憧れていたのに」
クロードさんのせいじゃないですよ、とPrincessは肩をあげておどけた。
とたんに、背中がきしむほどに強く、抱きしめられる。
「Princess……今のこの気持ちをどうしたらPrincessに伝えられますか。愛してる……愛しているとしか……」
「私もです、クロードさん」
一生のどんな困難もふたりで乗り越えるのだと決めて、愛を誓った。
彼さえいてくれれば、彼の気持ちが自分にありさえすれば、それでいい。
早朝だというのに、青空は高く澄んで、光の粒子がこぼれるような晴天だった。
(よかった! これならガーデンパーティーも楽しんでもらえそう)
2週間はバタバタと過ぎ、今日はいよいよ結婚式だ。
愛する人と永遠の愛を誓い合う。
背筋が伸びる思いだった。
気がかりだったクロードもナンシーも、あの日以来、表向きは主とメイドの関係にしか見えなかった。
にこりとも笑わなかったが、ナンシーはPrincessの身の回りの世話もやく。
今はそれなりに、ふたりの間で結論が出たのだと思うよりほかはない。
ウェディングドレスの入ったトランクを提げて、クロードと教会に向かった。
町の中央にある教会は、館から15分ほどの距離で、ふたりで散歩がてら田舎道を歩く。
「この道を帰るときは、もう家族ですね」
なにげなくつぶやいたクロードの言葉がくすぐったい。
つい、ふふっと笑いが漏れてしまう。
「そうですね。嬉しいです。いろんなことがあったけど……クロードさんの奥さんになれるなんて、本当に嬉しい」
「……」
ほんのり頬をそめたクロードは無言だ。
(クロードさんが照れてる。珍しいな……)
答えの代わりに、彼はPrincessの指先をからめとって握り締める。
お互いに顔を見るのがなんだか恥ずかしい。
ふたりはまっすぐに前を向いて、教会の高い塔を目指した。
しばらくののち、正面から教会を見渡せる広場についた。
あたりはしんと静まり返っている。
式のあと、この広場でささやかなパーティーをするはずだったのにテーブルのひとつも出ていない。
「おかしいですね。手配は済んでいるはずなのに」
クロードの言葉にうなずいて、神父様に聞いてみましょうとPrincessは教会に歩みを進めた。
教会の中は、いつもの椅子と祭壇が並べられているだけだ。花もリボンも何の飾りつけも見当たらない。
人の気配に、神父が出てきて揃ったふたりに目を見張った。
「いかがなさいました?」
「いや、今日の挙式の準備が何もなされていないので。」
クロードの言葉に、神父が首を傾げる。
「お式ですか? 5日ほど前に、女性からキャンセルの電話をいただきましたよ。Princess様ご本人と名乗られて。キャンセル料もすべてお支払いいただいています」
「えっ!?」
Princessが口を片手で押さえた。
指先から力が抜け、落ちたトランクが地面で跳ねて蓋が開く。
無造作に地に散らばったのは、大量のボロ布だ。
「なに、これ……」
入れたはずのドレスはどこにいってしまった?
いつの間に入れ替えられた?
Princessは、息をすることすら苦しくなる。
クロードが、震える拳を握り締めていた。
無言のまま踵をかえして、もときた道を駆け出す。
「待ってください、クロードさん!」
☆☆☆
Princessはクロードを追って、彼の腕をつかんだ。
「待ってくださいったら!」
ふたりで肩を上下させていた。
「いきなり責めちゃダメです!」
その名を言わなかった。
”誰が”こんなことを……
言わずとも、わかっていた。
「どこまで人がいいのです、貴女は。許されるはずもない!」
常に冷静なクロードが両手を広げて怒りをあらわにする姿を初めて見た。
彼は再び館への道に、つま先を向ける。
「手に入らないなら!」
Princessはもう一度、彼の腕を強く握って引きとめた。
きっぱりとクロードを見上げる。
「……手に入らないなら、せめて誰のものにもなって欲しくない。その気持ちが、私には痛いほどわかるんです」
Princessの漆黒の瞳が揺れていた。
ウィルと別れた。
一方的に告げられて。
彼の気持ちはアナにあった。
心変わりでなく、自分に冷めたといわれたほうがよっぽどマシだった。
彼の愛がもう自分に向けられないなら、誰も愛して欲しくなかった。
彼がたったひとりの誰かのものになることで、行き場のない愛は永遠にさまよってしまう。
苦しさも、やりきれなさも、経験したものでなければわかるまい。
「……聞いちゃったんです。お屋敷に来た夜に、クロードさんとナンシーさんが、キッチンで話してるの」
クロードが息をのんだ。
「本当は、クロードさんとナンシーさんが手紙のやりとりをしていたことも気になっていました。でも、そのわけを聞くこともためらっていたんです。私が、クロードさんとナンシーさんの仲を疑っていると思われるのが怖くて」
「そうでしたか」
クロードの怒りがするすると温度をさげていくのが感じられた。
「私も、Princessに余計な心配をかけたくなくて黙っていました。それがこんな形で仇になってしまいましたね」
片方の手のひらを額に手をあてるクロードに、苦悩の色が見て取れる。
「ナンシーとは昔からの知り合いです。小さい町で歳も離れていなかったので、自然と仲が良くなりました。彼女が私の家でメイドとして雇われたあとも、お互いけじめはつけていたものの……友人でした。……私にとっては」
Princessは静かにクロードの言葉に耳を傾けた。
「ウィル様にお仕えすることが決まって屋敷を離れるとき、ナンシーから一緒に連れて行って欲しいと言われました。でも、断りました。あとは、Princessが聞いたとおりです。ナンシーからの手紙に、私信の部分がなかったわけではありません。結婚を決めた人がいると書いても、それでも待っていると言われたこともあります。私も、完全にナンシーを無碍(むげ)にはできませんでした。母が世話になっていましたから。それが、結果としてこんな……」
「もう、いいにしましょう」
Princessはクロードの言葉を遮って、明るく笑って見せた。
ナンシーの気持ちを知ったなら、せめて早々に屋敷を出て、ふたりでホテルにでも泊まればよかったのだ。
いまさらながら、毎日幸せオーラを見せつけられる彼女の胸の内を思った。
クロードと自分に非がないとは言えない。
「結婚式はまた次だってできます。今は、集まってくださるゲストのみなさんにお詫びしないと」
クロードの愛は確かに手の中にある。あせらなくたっていい。
「Princess……すまない。貴女はジューンブライドに憧れていたのに」
クロードさんのせいじゃないですよ、とPrincessは肩をあげておどけた。
とたんに、背中がきしむほどに強く、抱きしめられる。
「Princess……今のこの気持ちをどうしたらPrincessに伝えられますか。愛してる……愛しているとしか……」
「私もです、クロードさん」
一生のどんな困難もふたりで乗り越えるのだと決めて、愛を誓った。
彼さえいてくれれば、彼の気持ちが自分にありさえすれば、それでいい。