ジュノーの祝福/Claude
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ふたりでの暮らしが2年を越えたころ、クロードから「ゼンを補佐する地位に着いた」と聞かされた。
古くからノーブルミッシェルで働くあまたの執事を差し置いて、あとから入ったクロードが、ゼンに続く事実上のナンバー2に当たる執事になったのは大抜擢だ。
シャンパーニュを買い、グラスを合わせて祝った夜に、クロードは言った。
「私と結婚してください」と。
それまで、クロードとの結婚を期待していなかったと言ったら、嘘になる。
クロードのほうから語られない未来に、気を揉んだこともある。
このまま、いつまで同棲を続けるのだろう。
好きな人と結婚したい。
これから先もずっと一緒にいたい。
そう願う一方で、今だってもう同じ屋根の下で暮らしているではないかとも思った。
同じ朝を迎え、家に戻れば「おかえり」と言い合って、眠りの時間すらも共に過ごしている。
この生活が、結婚と何が違うのか。
幾度となく、自問自答した。
たった一枚の紙の”契約”に過ぎないけれど。
でも、Princessにとってそれは、恋人ではなく家族として隣にいていいのだと確かめられるものだった。
だから、憧れていた。
憧れれば憧れるほどクロードの真意がわからなくて、「いつかは」と「いつなの」の狭間で揺れ動いていた。
なのに待ち焦がれていたプロポーズがあまりに突然で、何を言われたのか理解が遅れてしまった。
向けられた真摯なまなざしに息を呑み、次に続いた言葉が胸に落ちてくるまで思考が止まったままだった。
「ノーブル様の執事としてやっていける自信がついてから、Princessに言おうと思っていた。待たせてすまなかった」
彼は、ケースの中からリングを取り出した。
「これを受け取ってください」
いつも冷静なクロードが、幾分緊張しているのか、長い睫毛を伏せている。
「……いいのですか? 私がもらって」
声が震えた。
「当然です。貴女以外の妻など、考えられるはずもありません」
クロードは、神聖な儀式のように、大粒のダイヤモンドがあしらわれたリングをPrincessの左の薬指にはめた。
二度と愛する人と引き離されない永遠の誓い。
「クロードさん……」
Princessは答えのかわりに、クロードの胸に緩やかに身体を倒した。
結婚式は、クロードの生まれ育った町の教会で挙げることに決めた。
彼の故郷は、フィリップの市街から1時間半ほどの場所にあったが、町というより村といったほうがぴったりするような、のどかなところだ。
クロードは、フィリップ王家に仕えるために家を出て以来、数回しか帰っていないと言っていたから、結婚式と久しぶりの帰省も兼ねた休暇ということになる。
クロードの母が待つ彼の生家が近づくと、さすがにPrincessも緊張した。
やがて、クロードの運転する車が石柱の門をくぐり、一軒の館の車寄せにつけられた。
赤レンガの外壁に緑のツタが這い、白い窓枠が鮮やかに映える2階建ての館は、フィリップ伝統の様式だ。
玄関横のバラのアーチの向こう、建物の奥には豊かな芝生の庭が見て取れる。
「わぁ、きれい」
洋館を見上げるPrincessの隣で、クロードが荷物をてきぱきと運び下ろし、「行きますよ」と玄関へのアプローチを先に歩く。
古めかしくジリリンと鳴った呼び鈴のしばしあとに、オーク材の扉がひらいた。
メイド服をまとった、歳のころはPrincessとあまり変わらない女性が腰を折ってふたりを出迎えた。
「おかえりなさいませ、クロード様。奥様がリビングでお待ちです」
「わかりました。荷物を運んでおいてください、ナンシー」
無機質な会話を交わしたあと、クロードは持っていた荷物を玄関に置いて、それからPrincessを促した。
「どうぞ、入ってください」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
口ではそう答えておきながら、Princessの視線はちらちらとナンシーと呼ばれたメイドの横顔に向いていた。
顎までのブロンドの髪はゆるく内巻きのウェーブがかかっている。
白い肌。通った鼻すじ、涼やかな切れ長の目。
(今、ナンシーって……クロードさん、あの人と手紙のやりとりしていたんだ。きれいな人……)
Princessはクロードのあとについて、廊下を歩いた。
屋敷の大きさの割には閑散としている。
「静かですね」
落ち着きなく見回すのは行儀が悪いとわかっているが、廊下の両脇をかためる絵画や彫刻の見事さには目を奪われた。
「今は、母とナンシーしか住んでいないですから。父が生きていたころはもっと人が多かったのですが」
クロードが扉の前で立ち止まってノックをした。
「母さん、クロードです」
「ああ、クロード。待っていたよ。お入り」
古くからノーブルミッシェルで働くあまたの執事を差し置いて、あとから入ったクロードが、ゼンに続く事実上のナンバー2に当たる執事になったのは大抜擢だ。
シャンパーニュを買い、グラスを合わせて祝った夜に、クロードは言った。
「私と結婚してください」と。
それまで、クロードとの結婚を期待していなかったと言ったら、嘘になる。
クロードのほうから語られない未来に、気を揉んだこともある。
このまま、いつまで同棲を続けるのだろう。
好きな人と結婚したい。
これから先もずっと一緒にいたい。
そう願う一方で、今だってもう同じ屋根の下で暮らしているではないかとも思った。
同じ朝を迎え、家に戻れば「おかえり」と言い合って、眠りの時間すらも共に過ごしている。
この生活が、結婚と何が違うのか。
幾度となく、自問自答した。
たった一枚の紙の”契約”に過ぎないけれど。
でも、Princessにとってそれは、恋人ではなく家族として隣にいていいのだと確かめられるものだった。
だから、憧れていた。
憧れれば憧れるほどクロードの真意がわからなくて、「いつかは」と「いつなの」の狭間で揺れ動いていた。
なのに待ち焦がれていたプロポーズがあまりに突然で、何を言われたのか理解が遅れてしまった。
向けられた真摯なまなざしに息を呑み、次に続いた言葉が胸に落ちてくるまで思考が止まったままだった。
「ノーブル様の執事としてやっていける自信がついてから、Princessに言おうと思っていた。待たせてすまなかった」
彼は、ケースの中からリングを取り出した。
「これを受け取ってください」
いつも冷静なクロードが、幾分緊張しているのか、長い睫毛を伏せている。
「……いいのですか? 私がもらって」
声が震えた。
「当然です。貴女以外の妻など、考えられるはずもありません」
クロードは、神聖な儀式のように、大粒のダイヤモンドがあしらわれたリングをPrincessの左の薬指にはめた。
二度と愛する人と引き離されない永遠の誓い。
「クロードさん……」
Princessは答えのかわりに、クロードの胸に緩やかに身体を倒した。
結婚式は、クロードの生まれ育った町の教会で挙げることに決めた。
彼の故郷は、フィリップの市街から1時間半ほどの場所にあったが、町というより村といったほうがぴったりするような、のどかなところだ。
クロードは、フィリップ王家に仕えるために家を出て以来、数回しか帰っていないと言っていたから、結婚式と久しぶりの帰省も兼ねた休暇ということになる。
クロードの母が待つ彼の生家が近づくと、さすがにPrincessも緊張した。
やがて、クロードの運転する車が石柱の門をくぐり、一軒の館の車寄せにつけられた。
赤レンガの外壁に緑のツタが這い、白い窓枠が鮮やかに映える2階建ての館は、フィリップ伝統の様式だ。
玄関横のバラのアーチの向こう、建物の奥には豊かな芝生の庭が見て取れる。
「わぁ、きれい」
洋館を見上げるPrincessの隣で、クロードが荷物をてきぱきと運び下ろし、「行きますよ」と玄関へのアプローチを先に歩く。
古めかしくジリリンと鳴った呼び鈴のしばしあとに、オーク材の扉がひらいた。
メイド服をまとった、歳のころはPrincessとあまり変わらない女性が腰を折ってふたりを出迎えた。
「おかえりなさいませ、クロード様。奥様がリビングでお待ちです」
「わかりました。荷物を運んでおいてください、ナンシー」
無機質な会話を交わしたあと、クロードは持っていた荷物を玄関に置いて、それからPrincessを促した。
「どうぞ、入ってください」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
口ではそう答えておきながら、Princessの視線はちらちらとナンシーと呼ばれたメイドの横顔に向いていた。
顎までのブロンドの髪はゆるく内巻きのウェーブがかかっている。
白い肌。通った鼻すじ、涼やかな切れ長の目。
(今、ナンシーって……クロードさん、あの人と手紙のやりとりしていたんだ。きれいな人……)
Princessはクロードのあとについて、廊下を歩いた。
屋敷の大きさの割には閑散としている。
「静かですね」
落ち着きなく見回すのは行儀が悪いとわかっているが、廊下の両脇をかためる絵画や彫刻の見事さには目を奪われた。
「今は、母とナンシーしか住んでいないですから。父が生きていたころはもっと人が多かったのですが」
クロードが扉の前で立ち止まってノックをした。
「母さん、クロードです」
「ああ、クロード。待っていたよ。お入り」