ジュノーの祝福/Claude
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6月のノーブルミッシェルは、時計が20時を回っても、夕暮れには遠い。
青い空に刷毛で描いたような雲が連なって、カラリと気持ちのいい晴天が続くこの時期は、
一年で最もいい季節だ。
スーパーの袋を提げたPrincessは、クロードと繋いだ手とは反対の手を弾むように前後に振っている。
「機嫌がいいみたいですね」
クロードがすっと目を細め、Princessを覗き込みながら首を傾けた。
「あ、ごめんなさい、子どもっぽくて」
慌てて手のひらのブランコを止めたPrincessに、クロードがからかうような目を向ける。
「今に始まったことではないでしょう?」
小さく喉の奥で笑ってから、クロードの視線がPrincessの手元に落ちた。
揺らされていた袋は、まだ微かに揺れている。
「貴女はそのまま浮かれていてください」
「いえ、決して浮かれているわけでは……」
口ごもるだけのPrincessに、「ほら」とクロードの指が差し出され、買い物袋の持ち手が絡めとられた。
繋いだ手が、再び歩き始めた歩幅に合わせてゆっくりと揺れた。
今度は、クロードのほうから。
さっきまでPrincessがひとりで弾ませていた嬉しさを、クロードが静かに受け取り、返してくれる――
Princessの胸は温かく満たされ、自然と唇がほころんだ。
ぶらぶらと取りとめもない話をしながら、ふたりは石畳の路地をアパルトマンに向かった。
途中のカフェには、早々に夏の夜を楽しむ人たちがビールを酌み交わし、にぎやかにしている。
何度か店に吸い寄せられそうになるが、今日はベランダのテーブルで夕食をとると決めていた。
海に囲まれたノーブルミッシェルの小さな領地は、少し上にあがりさえすればどの家からも白く泡立つ渚が見える。
季節が変わるとまた霧にとざされてしまうこの土地で、夏の間だけ楽しめる特別な眺めなのだ。
アパルトマンに着くと、Princessは集合ポストを開けた。
ひらりと舞い落ちる一通の手紙を、かがんで取り上げる。
(……また来た)
クロード宛のその手紙を、Princessは無言で彼に渡した。
こういうとき、表情に困ってPrincessはいつも視線を伏せてしまう。
クロードも、ただ、うなずくだけ。
流れるように美しい字でしたためられた宛名の手紙は、もう見なくても差出人はわかっていた。
住所はクロードの生まれ故郷。
名は『ナンシー・レイトン』。
Princessとアパルトマンに暮らし始めたときにはもう届いていたから、おそらく手紙のやりとりはPrincessと知り合う前から続いてるのだろう。
一ヶ月に一度、決まって届くナンシーからの手紙にPrincessは心穏やかではいられなかった。
以前、ナンシーなる女性が誰なのかを尋ねると,クロードは、実家のメイドで母の様子を伝えてくるのだと言っただけだった。
淡白に答えた割には、手紙が届くと自室できちんと返事を書いているようでもあった。
(もっとちゃんと聞けばいいのかな。でもあんまり聞くとクロードさんの気持ちを疑ってるみたいだし……)
Princessは、キッチンからベランダへと顔を向ける。
クロードはもてあますほどに長い足を組んで椅子にすわり、手紙を眺めていた。
さっきよりも夜の入り口に近い風が、クロードの髪をゆるやかに揺らしている。
表情は淡々としていて、喜ぶでもなく、悲しむでもない。
(書いてあるのって、ホントにお母様のご様子だけなのかなあ。クロードさんって顔に出ないんだよね。あれじゃ、まるで文通みたいに……っ……わわっ……)
ぱちりとクロードと目が合って、Princessは慌ててトマトを切る手元に目線を戻した。
クロードが靴音を鳴らして近づいてくる。
(まずい……見てるの、気付かれた?)
「焦げくさいですね」
「えっ? あっ、やだ。パンが! 少し温めようとしただけなのに」
Princessはオーブンの扉を引いた。
「あああ……」
真っ黒の半球のものは、もはやパンの色を留めていない。
「何をなさっているのです? 相変わらず、手間のかかる人ですね」
肩を落とすPrincessの隣で長めのため息を吐いたクロードが、黒焦げのパンを取り出し、表面をナイフで削った。
「中は食べられそうですよ」と言いながら、スライスしてお皿に載せるまでの手際の良さと優雅さは見惚れるほどだ。
「……クロード、さん……」
Princessは調理台に立つクロードの後ろから腕を回して、彼の背中に胸を合わせた。
頬を寄せ、ぎゅうと力を込めると、クロードがPrincessの手の甲を包んで応える。
「どうしました?」
「ううん、なんでもないです。え、と、その……結婚式、楽しみだなって思って」
胸に広がる猜疑心を、クロードに気付かれたくない。
「私もですよ」
向き直ったクロードが、今度はPrincessをふわりと抱きしめ返した。
長身をかがめて、Princessの額に軽くキスを落とす。
彼の唇が触れた場所から、熱が全身に広がっていく。
クロードが人生のパートナーとして選んでくれたのは自分なのだ。
何も心配はいらない。
結婚式は2週間後に控えていた。
クロードの故郷へ発つのは、明日だ。
青い空に刷毛で描いたような雲が連なって、カラリと気持ちのいい晴天が続くこの時期は、
一年で最もいい季節だ。
スーパーの袋を提げたPrincessは、クロードと繋いだ手とは反対の手を弾むように前後に振っている。
「機嫌がいいみたいですね」
クロードがすっと目を細め、Princessを覗き込みながら首を傾けた。
「あ、ごめんなさい、子どもっぽくて」
慌てて手のひらのブランコを止めたPrincessに、クロードがからかうような目を向ける。
「今に始まったことではないでしょう?」
小さく喉の奥で笑ってから、クロードの視線がPrincessの手元に落ちた。
揺らされていた袋は、まだ微かに揺れている。
「貴女はそのまま浮かれていてください」
「いえ、決して浮かれているわけでは……」
口ごもるだけのPrincessに、「ほら」とクロードの指が差し出され、買い物袋の持ち手が絡めとられた。
繋いだ手が、再び歩き始めた歩幅に合わせてゆっくりと揺れた。
今度は、クロードのほうから。
さっきまでPrincessがひとりで弾ませていた嬉しさを、クロードが静かに受け取り、返してくれる――
Princessの胸は温かく満たされ、自然と唇がほころんだ。
ぶらぶらと取りとめもない話をしながら、ふたりは石畳の路地をアパルトマンに向かった。
途中のカフェには、早々に夏の夜を楽しむ人たちがビールを酌み交わし、にぎやかにしている。
何度か店に吸い寄せられそうになるが、今日はベランダのテーブルで夕食をとると決めていた。
海に囲まれたノーブルミッシェルの小さな領地は、少し上にあがりさえすればどの家からも白く泡立つ渚が見える。
季節が変わるとまた霧にとざされてしまうこの土地で、夏の間だけ楽しめる特別な眺めなのだ。
アパルトマンに着くと、Princessは集合ポストを開けた。
ひらりと舞い落ちる一通の手紙を、かがんで取り上げる。
(……また来た)
クロード宛のその手紙を、Princessは無言で彼に渡した。
こういうとき、表情に困ってPrincessはいつも視線を伏せてしまう。
クロードも、ただ、うなずくだけ。
流れるように美しい字でしたためられた宛名の手紙は、もう見なくても差出人はわかっていた。
住所はクロードの生まれ故郷。
名は『ナンシー・レイトン』。
Princessとアパルトマンに暮らし始めたときにはもう届いていたから、おそらく手紙のやりとりはPrincessと知り合う前から続いてるのだろう。
一ヶ月に一度、決まって届くナンシーからの手紙にPrincessは心穏やかではいられなかった。
以前、ナンシーなる女性が誰なのかを尋ねると,クロードは、実家のメイドで母の様子を伝えてくるのだと言っただけだった。
淡白に答えた割には、手紙が届くと自室できちんと返事を書いているようでもあった。
(もっとちゃんと聞けばいいのかな。でもあんまり聞くとクロードさんの気持ちを疑ってるみたいだし……)
Princessは、キッチンからベランダへと顔を向ける。
クロードはもてあますほどに長い足を組んで椅子にすわり、手紙を眺めていた。
さっきよりも夜の入り口に近い風が、クロードの髪をゆるやかに揺らしている。
表情は淡々としていて、喜ぶでもなく、悲しむでもない。
(書いてあるのって、ホントにお母様のご様子だけなのかなあ。クロードさんって顔に出ないんだよね。あれじゃ、まるで文通みたいに……っ……わわっ……)
ぱちりとクロードと目が合って、Princessは慌ててトマトを切る手元に目線を戻した。
クロードが靴音を鳴らして近づいてくる。
(まずい……見てるの、気付かれた?)
「焦げくさいですね」
「えっ? あっ、やだ。パンが! 少し温めようとしただけなのに」
Princessはオーブンの扉を引いた。
「あああ……」
真っ黒の半球のものは、もはやパンの色を留めていない。
「何をなさっているのです? 相変わらず、手間のかかる人ですね」
肩を落とすPrincessの隣で長めのため息を吐いたクロードが、黒焦げのパンを取り出し、表面をナイフで削った。
「中は食べられそうですよ」と言いながら、スライスしてお皿に載せるまでの手際の良さと優雅さは見惚れるほどだ。
「……クロード、さん……」
Princessは調理台に立つクロードの後ろから腕を回して、彼の背中に胸を合わせた。
頬を寄せ、ぎゅうと力を込めると、クロードがPrincessの手の甲を包んで応える。
「どうしました?」
「ううん、なんでもないです。え、と、その……結婚式、楽しみだなって思って」
胸に広がる猜疑心を、クロードに気付かれたくない。
「私もですよ」
向き直ったクロードが、今度はPrincessをふわりと抱きしめ返した。
長身をかがめて、Princessの額に軽くキスを落とす。
彼の唇が触れた場所から、熱が全身に広がっていく。
クロードが人生のパートナーとして選んでくれたのは自分なのだ。
何も心配はいらない。
結婚式は2週間後に控えていた。
クロードの故郷へ発つのは、明日だ。
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