Bitter編:さいごの恋 /Will.A.Spencer
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朝を、夜を、何度迎えたのかわからない。
死んだように眠り、起きて、また眠った。
意識がなければウィルを想うこともない。
安らかだった。
しかし、目覚めるたびに
Princessはベッドの右側に手を伸ばして、その人を求める。
左で腕枕をして、右腕でPrincessを包み込み、
額に唇を寄せて眠るのがウィルの癖だった。
朝になれば、いつも、彼の長いまつ毛が間近で揺れて。
Princessを温めてきた思い出が、別れてしまえば深い傷になって残るだけだった。
ウィルがいて、自分がいる。
それだけで世界の全部が輝いていたのに、今はすべての色をなくしてしまった。
どこまでもいつまでも続く、灰色の景色。
Princessは両手で顔をおおった。
「ウィル……会いたい」
枯れたと思った涙は、いくらでも流れる。
愛することを教えてくれたウィルは、忘れることを教えてはくれなかった。
彼のアイスブルーの瞳の中に戻りたい。
ウィルを思えば思うほど彼が遠くて、手を伸ばしても届かない。
Princessは自分自身を抱きしめた。
しかし、彼のくれた体温は、もう残っていなかった。
さよなら、愛した人。
さよなら、愛した日々。
再びPrincessは毛布をかぶった。
と、玄関の扉を控えめにノックする音。
(……うるさい)
Princessはさらに深く毛布に身をうずめる。
どうせウィルじゃないのだから、だれだって関係ない。
かたんと扉がひらいた。
近づく足音が聞こえても、不思議と怖くなかった。
失うものは何もない。
「信じられないですね……無施錠ですか」
聞き覚えのある落ち着いた声に、Princessは顔をのぞかせた。
「クロードさん?」
彼は、深く長いため息をついた。
「こんなことだろうと思っていましたよ。まったく、貴女という人は、どこまで手間をかけさせるのです?」
つかつかと窓際に歩み寄って、勢いよくカーテンを開けると、ふわりと長閑な陽射しが部屋を満たした。
テーブルに、今にもはちきれそうな袋を載せると、彼はその中を探りだす。
「こちらがミソスープ、こちらが貴女様のお国にあるというカユでございます。どうぞ冷めないうちにお召し上がりくださいませ」
Princessはベッドの上で体を起こして、目を凝らした。
ウィルの執事クロードが、狭いテーブルの上に、てきぱきと給仕を始めている。
「あの、クロードさん?私はもうウィルの恋人じゃないです」
自分で言っておきながら、じわりとまぶたが熱を帯びた。
「……存じ上げております」
クロードは彼女を見ることもなしに淡々と、食器に食べものを移しかえている。
「こんなところにいたら、ウィルに怒られるんじゃないですか。クロードさんが気を遣わなくてはならないのは、今は……アナさんだから」
Princessはうつむいた。ぽとりと涙が一粒、毛布に落ちた。
恋を失って、卑屈になった自分もまた惨めで泣けてくる。
同時にクロードの指先が止まった。
「Princessさま」
きっぱりと、しかし諭すようなやわらかい声にPrincessは顔を上げた。
「それは、あくまで仕事上のことです。お人柄を慕ってお世話をさせてもらうかどうかは、また別の問題でございます」
Princessにはクロードの言った意味がにわかには理解できず、はあ、とあいまいに返事をした。
湯気がたちのぼる味噌汁が、ベッドに座ったままのPrincessの手元に差し出された。
こくんと一口飲むと、久しぶりに喉を通る温かさに、自然に息がもれた。
「……あったかい…」
Princessの凍った表情が緩まる様子をみると、クロードの口角がわずかに上がる。
「Princessさま、これはウィル様に仕えるものとしてでなく、いち個人としての思いですが」
クロードがゆっくりと瞬きをして、姿勢を正した。
「ウィル様はご自身を深く愛してくれるかたを、自ら手放してしまいました。しかし、Princess様は、あなた様を愛してくれない人をひとり、失ったにすぎません。どちらがより不幸なことなのかは、明らかです」
それに、とクロードが続ける。
「ウィル様とお付き合いを始めるとき、周囲の厳しい反対を受けましたが、Princess様は見事に乗り越えられましたね。今、城では王族関係者を含め、貴女様を見かけないと悲しむ声も多いのですよ」
Princessはカフェボウルを膝の上に置いて聞き入った。
「ウィル様と出会ったことで得たことすべては、無駄になりません。王子という立場のおかたを愛しぬく勇気をもった貴女様なら、別れの苦しみを乗り越える強さもお持ちのはずです。ですから、どうか、また笑顔をお見せください」
「……」
失ったものばかりに目を奪われていた。
ウィルと出会ったからこそ得られた、人も出来事も、たくさんある。
ウィルにもらった幸せは、彼が去ってもなくならない。
いつか、涙のあとが消えるころに、その幸せは再び輝きを放って、Princessの未来を照らしてくれるかもしれない。
Princessはカフェボウルを両手で包んだ。
「クロードさん……これ、クロードさんが作ってくれたのですか?」
「え、はあ、まあ」
ポーカーフェイスのはずのクロードの頬がわずかに染まった。
「でもキュウリは……普通、味噌汁の中にはいれないです」
Princessの言葉に、クロードの顔がさらに赤くなる。
自分を思いやって、慣れない異国の料理を作るクロードの気持ちが嬉しかった。
彼との出会いもまた、ウィルとの出会いがあってこそだ。
「もしかして、私を笑わそうとしてわざとですか? まさか、クロードさんが、知らずにキュウリをいれたわけではないですよね?」
からかうような視線をおくったPrincessに、クロードは不機嫌そうに眉を寄せた。
「当然です」
彼はぴりっと背筋を伸ばした。
味噌汁の中のキュウリよりも、相変わらずのクロードのほうに笑いがこみ上げる。
一度笑い出したら止まらなかった。
「……やはり、あなた様はそうやって笑っていらっしゃったほうがいい」
クロードの表情がふっと緩んで、伸ばした指先がPrincessの髪に触れた。
「クロードさん?」
「あ……失礼いたしました」
自分自身の動きに驚いて、クロードが手を彼の胸元に引き戻す。
しかし、次の瞬間、彼の顔はもう、執事のそれだった。
「今日は大変陽気がいいですから、こちらの窓を開けさせていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ。お願いします」
クロードが窓際に歩み寄って、両びらきの窓の取っ手に指を掛け、手前に引いた。
部屋に満ちていた、めそめそと湿った空気が、一気に青空に解き放たれる。
Princessは細胞のひとつひとつを入れ替えるように深く息を吸い、それから細く、ゆっくりと吐いていく。
……ウィル・A・スペンサー
輝くブロンドの髪。
涼やかなブルーの瞳。
甘くPrincessを呼ぶ声。
不器用なのに、心の奥底は優しさにあふれて。
これからは、思い出の中だけに生き続ける、大切なひと。
窓にかかるレースのカーテンが、春のかおりを含む風に大きく揺れた。
いつの日にか、この別れを穏やかに受け入れられるときが、きっとくる。
ゆっくりとその日を待ち続けよう。
時の薬は、ゆるやかにしか、効かないのだから。
死んだように眠り、起きて、また眠った。
意識がなければウィルを想うこともない。
安らかだった。
しかし、目覚めるたびに
Princessはベッドの右側に手を伸ばして、その人を求める。
左で腕枕をして、右腕でPrincessを包み込み、
額に唇を寄せて眠るのがウィルの癖だった。
朝になれば、いつも、彼の長いまつ毛が間近で揺れて。
Princessを温めてきた思い出が、別れてしまえば深い傷になって残るだけだった。
ウィルがいて、自分がいる。
それだけで世界の全部が輝いていたのに、今はすべての色をなくしてしまった。
どこまでもいつまでも続く、灰色の景色。
Princessは両手で顔をおおった。
「ウィル……会いたい」
枯れたと思った涙は、いくらでも流れる。
愛することを教えてくれたウィルは、忘れることを教えてはくれなかった。
彼のアイスブルーの瞳の中に戻りたい。
ウィルを思えば思うほど彼が遠くて、手を伸ばしても届かない。
Princessは自分自身を抱きしめた。
しかし、彼のくれた体温は、もう残っていなかった。
さよなら、愛した人。
さよなら、愛した日々。
再びPrincessは毛布をかぶった。
と、玄関の扉を控えめにノックする音。
(……うるさい)
Princessはさらに深く毛布に身をうずめる。
どうせウィルじゃないのだから、だれだって関係ない。
かたんと扉がひらいた。
近づく足音が聞こえても、不思議と怖くなかった。
失うものは何もない。
「信じられないですね……無施錠ですか」
聞き覚えのある落ち着いた声に、Princessは顔をのぞかせた。
「クロードさん?」
彼は、深く長いため息をついた。
「こんなことだろうと思っていましたよ。まったく、貴女という人は、どこまで手間をかけさせるのです?」
つかつかと窓際に歩み寄って、勢いよくカーテンを開けると、ふわりと長閑な陽射しが部屋を満たした。
テーブルに、今にもはちきれそうな袋を載せると、彼はその中を探りだす。
「こちらがミソスープ、こちらが貴女様のお国にあるというカユでございます。どうぞ冷めないうちにお召し上がりくださいませ」
Princessはベッドの上で体を起こして、目を凝らした。
ウィルの執事クロードが、狭いテーブルの上に、てきぱきと給仕を始めている。
「あの、クロードさん?私はもうウィルの恋人じゃないです」
自分で言っておきながら、じわりとまぶたが熱を帯びた。
「……存じ上げております」
クロードは彼女を見ることもなしに淡々と、食器に食べものを移しかえている。
「こんなところにいたら、ウィルに怒られるんじゃないですか。クロードさんが気を遣わなくてはならないのは、今は……アナさんだから」
Princessはうつむいた。ぽとりと涙が一粒、毛布に落ちた。
恋を失って、卑屈になった自分もまた惨めで泣けてくる。
同時にクロードの指先が止まった。
「Princessさま」
きっぱりと、しかし諭すようなやわらかい声にPrincessは顔を上げた。
「それは、あくまで仕事上のことです。お人柄を慕ってお世話をさせてもらうかどうかは、また別の問題でございます」
Princessにはクロードの言った意味がにわかには理解できず、はあ、とあいまいに返事をした。
湯気がたちのぼる味噌汁が、ベッドに座ったままのPrincessの手元に差し出された。
こくんと一口飲むと、久しぶりに喉を通る温かさに、自然に息がもれた。
「……あったかい…」
Princessの凍った表情が緩まる様子をみると、クロードの口角がわずかに上がる。
「Princessさま、これはウィル様に仕えるものとしてでなく、いち個人としての思いですが」
クロードがゆっくりと瞬きをして、姿勢を正した。
「ウィル様はご自身を深く愛してくれるかたを、自ら手放してしまいました。しかし、Princess様は、あなた様を愛してくれない人をひとり、失ったにすぎません。どちらがより不幸なことなのかは、明らかです」
それに、とクロードが続ける。
「ウィル様とお付き合いを始めるとき、周囲の厳しい反対を受けましたが、Princess様は見事に乗り越えられましたね。今、城では王族関係者を含め、貴女様を見かけないと悲しむ声も多いのですよ」
Princessはカフェボウルを膝の上に置いて聞き入った。
「ウィル様と出会ったことで得たことすべては、無駄になりません。王子という立場のおかたを愛しぬく勇気をもった貴女様なら、別れの苦しみを乗り越える強さもお持ちのはずです。ですから、どうか、また笑顔をお見せください」
「……」
失ったものばかりに目を奪われていた。
ウィルと出会ったからこそ得られた、人も出来事も、たくさんある。
ウィルにもらった幸せは、彼が去ってもなくならない。
いつか、涙のあとが消えるころに、その幸せは再び輝きを放って、Princessの未来を照らしてくれるかもしれない。
Princessはカフェボウルを両手で包んだ。
「クロードさん……これ、クロードさんが作ってくれたのですか?」
「え、はあ、まあ」
ポーカーフェイスのはずのクロードの頬がわずかに染まった。
「でもキュウリは……普通、味噌汁の中にはいれないです」
Princessの言葉に、クロードの顔がさらに赤くなる。
自分を思いやって、慣れない異国の料理を作るクロードの気持ちが嬉しかった。
彼との出会いもまた、ウィルとの出会いがあってこそだ。
「もしかして、私を笑わそうとしてわざとですか? まさか、クロードさんが、知らずにキュウリをいれたわけではないですよね?」
からかうような視線をおくったPrincessに、クロードは不機嫌そうに眉を寄せた。
「当然です」
彼はぴりっと背筋を伸ばした。
味噌汁の中のキュウリよりも、相変わらずのクロードのほうに笑いがこみ上げる。
一度笑い出したら止まらなかった。
「……やはり、あなた様はそうやって笑っていらっしゃったほうがいい」
クロードの表情がふっと緩んで、伸ばした指先がPrincessの髪に触れた。
「クロードさん?」
「あ……失礼いたしました」
自分自身の動きに驚いて、クロードが手を彼の胸元に引き戻す。
しかし、次の瞬間、彼の顔はもう、執事のそれだった。
「今日は大変陽気がいいですから、こちらの窓を開けさせていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ。お願いします」
クロードが窓際に歩み寄って、両びらきの窓の取っ手に指を掛け、手前に引いた。
部屋に満ちていた、めそめそと湿った空気が、一気に青空に解き放たれる。
Princessは細胞のひとつひとつを入れ替えるように深く息を吸い、それから細く、ゆっくりと吐いていく。
……ウィル・A・スペンサー
輝くブロンドの髪。
涼やかなブルーの瞳。
甘くPrincessを呼ぶ声。
不器用なのに、心の奥底は優しさにあふれて。
これからは、思い出の中だけに生き続ける、大切なひと。
窓にかかるレースのカーテンが、春のかおりを含む風に大きく揺れた。
いつの日にか、この別れを穏やかに受け入れられるときが、きっとくる。
ゆっくりとその日を待ち続けよう。
時の薬は、ゆるやかにしか、効かないのだから。
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