Bitter編:さいごの恋 /Will.A.Spencer
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どこをどうやってシャルルのアパルトマンまで戻ってきたのか、記憶にない。
気付いたとき、Princessは電気もつけない部屋の天井を仰いでいた。
流れ落ちる涙は、とどまることなく頬をつたう。
バレンタインデー。
恋人は、今日は会えないと言った。
なのに同じ唇で、彼はほかの女性を誘った。
愛するウィルの心はもう、アナのものだ。
愛し合った日々の、なにがいけなかった?
もどれるならばあの日にもどって、すべてをやり直したい。
もっともっと好きになってもらえるように。
別れのときが、決して訪れないように。
玄関のチャイムに、のろのろと立ち上がりPrincessは扉をあけた。
「ウィル……」
彼の薄く整った唇から、真っ白な息があがる。
視線を伏せるウィルがゆっくりとまぶたをあげて、Princessを見つめる。
これまでに見たこともない濃いブルーの瞳は、深海の夜を思わせた。
知りたくなかった。
ウィルは、別れのときはこんな表情 をするのだと。
Princessは立ち尽くした。
彼の手には、執務室においてきたチョコレートが握られている。
部屋に入るように促しても彼は、硬い表情のまま、ここでいいと言った。
わかってる。
わかってる。
でも、言わないで。
聞きたくない。
人は何かを捨てるとき、決断したり覚悟をきめたりするけれど、失くすとき、心の準備はできていない。
ウィルはリボンをかけた箱を差し出した。
「すまない、Princess。これはもらえないよ」
「……去年も、おととしも、その前も……受け取ってくれました。たったひとつ、私の作ったチョコだけを。ウィルの好きなトリュフです。甘さもおさえてありますし、きっとウィルの口に……」
震えながらも笑ってみせるPrincessの言葉に、彼の声音が重なった。
「Princess、別れてほしい」
いつのころからか、この日がくるのではないかとおそれていた。
別れの気配を感じては気のせいだと打ち消し、足元の深い淵をわざとのぞかないようにしていたのに。
「キミにつらく当たってしまったこともあった。すまなかった。どうしていいのかわからなかったんだ。でも……もうごまかすことも、隠すこともできないよ。このまま偽り続けることが、キミをもっと深く傷つけることになるとも思って……」
ウィルは眉をよせた。
「いいです。ウィルのそばにいられるなら、嘘、つかれても、傷ついても。どこ? どこを直せばいいですか。どうしたら、そばにおいてくれますか?」
Princessは詰め寄った。
ウィルと一緒にいられるなら、たとえ自分が自分でなくなるとしてもそれでよかった。
しつけの行き届いたペットみたいに、彼の望むままのふるまいを強いられてもかまわない。
ウィルは顔を背けた。
「Princessが悪いんじゃない。キミに悪いところはどこもない。俺だ。俺が、キミを特別に思えなくなっただけだ。身勝手なのはわかってる。でも……もうダメなんだ」
彼の中に、自分の居場所はなくなった。
温かく、優しかったその場所には、別の女性……アナ。
ウィルの「特別」を一身に受ける、自分以外のその人。
彼が決して、彼女の名を出さないことが、さらにPrincessを傷つけた。
アナを好きになったと告げることで、Princessが歪んだ感情を彼女に向けることを警戒しているのかもしれない。
別れの前だというのに、ウィルに愛され、かばわれるのが、もうすでにアナだった。
Princessの胸がちりちりと温度を上げていく。
自分のほうから、アナを愛しているのかと、聞きたかった。
しかし、それを耐えることが、最後のPrincessのプライドだった。
そうだ、とウィルの歪む唇が目に浮かぶのに、わかりきっていることを尋ねる必要はない。
捨てられる結末が変わるというならまだしも。
「なにをどう引き止めても……もう終わりなんですね?」
声がかすれる。
「ああ。……ありがとう。キミには感謝している。すまない。本当に」
ウィルが頭を下げた。
愛する人が別れを望んでいる。
もう、自分を愛せないと詫びている。
ならば、選ぶ道はひとつしかなかった。
最愛の人の幸せのために、つないだ手を離すしか、それしか、選択肢はない。
「ウィル……私こそ、ありがとうございました。ウィルと出会えて、素敵な時間を過ごさせてもらいました。どうか……お元気で」
涙を手の甲でふき取って、Princessはウィルを見上げた。
最後くらい、潔くふるまいたかった。
彼の記憶に残る自分は、笑顔でありたかった。
「ありがとう……キミも、ね」
Princessは乾いた喉をぐっと鳴らした。
「さよなら……ウィル」
「さよなら……Princess……」
甘く呼ばれ続けていたはずの名前が、今は乾いていた。
苦しくて、胸がもたない。
早く、早く行ってしまって。
行かないで、行かないで、私をひとりにしないで。
矛盾した想いがPrincessの心をかき乱していた。
ウィルは、傍らの棚に、そっとチョコレートの箱を置いた。
心のこもったこの贈り物を、彼は受け取らない。
アナの贈り物を、たったひとつ、受け取るために。
自分にそうしたように、彼女のこともそうやって愛するのだろう。
それが……ウィルなのだ。
音もなくドアが閉まった。
遠ざかる足音は、Princessと歩んだ日々との決別だった。
ウィルは、ホッとしているだろうか。
新しい恋へ、心躍らせているのだろうか。
(私はこんなに……)
Princessの喉が収縮する。
Princessは、チョコの箱に手を伸ばして、思いきり壁に投げつけた。
飛び散るカケラと同時に、Princessの心も砕けた。
「ウィル……どうして……どうしてっ!」
永遠を誓い合った愛は、永遠に失われた。
ふたりで、最後の恋だねと言ったのに、Princessにだけ、最期の恋だった。
もう、記憶の中でしか、ウィルに愛されない。
彼がこの先だれを選んだとしても、ただ見ているだけしかできない。
暗闇のアパルトマンは、涙と叫びで満たされた。
カーテンも閉めないままの窓からは、上弦の月が冴えた光をしんしんと放っていた。
気付いたとき、Princessは電気もつけない部屋の天井を仰いでいた。
流れ落ちる涙は、とどまることなく頬をつたう。
バレンタインデー。
恋人は、今日は会えないと言った。
なのに同じ唇で、彼はほかの女性を誘った。
愛するウィルの心はもう、アナのものだ。
愛し合った日々の、なにがいけなかった?
もどれるならばあの日にもどって、すべてをやり直したい。
もっともっと好きになってもらえるように。
別れのときが、決して訪れないように。
玄関のチャイムに、のろのろと立ち上がりPrincessは扉をあけた。
「ウィル……」
彼の薄く整った唇から、真っ白な息があがる。
視線を伏せるウィルがゆっくりとまぶたをあげて、Princessを見つめる。
これまでに見たこともない濃いブルーの瞳は、深海の夜を思わせた。
知りたくなかった。
ウィルは、別れのときはこんな
Princessは立ち尽くした。
彼の手には、執務室においてきたチョコレートが握られている。
部屋に入るように促しても彼は、硬い表情のまま、ここでいいと言った。
わかってる。
わかってる。
でも、言わないで。
聞きたくない。
人は何かを捨てるとき、決断したり覚悟をきめたりするけれど、失くすとき、心の準備はできていない。
ウィルはリボンをかけた箱を差し出した。
「すまない、Princess。これはもらえないよ」
「……去年も、おととしも、その前も……受け取ってくれました。たったひとつ、私の作ったチョコだけを。ウィルの好きなトリュフです。甘さもおさえてありますし、きっとウィルの口に……」
震えながらも笑ってみせるPrincessの言葉に、彼の声音が重なった。
「Princess、別れてほしい」
いつのころからか、この日がくるのではないかとおそれていた。
別れの気配を感じては気のせいだと打ち消し、足元の深い淵をわざとのぞかないようにしていたのに。
「キミにつらく当たってしまったこともあった。すまなかった。どうしていいのかわからなかったんだ。でも……もうごまかすことも、隠すこともできないよ。このまま偽り続けることが、キミをもっと深く傷つけることになるとも思って……」
ウィルは眉をよせた。
「いいです。ウィルのそばにいられるなら、嘘、つかれても、傷ついても。どこ? どこを直せばいいですか。どうしたら、そばにおいてくれますか?」
Princessは詰め寄った。
ウィルと一緒にいられるなら、たとえ自分が自分でなくなるとしてもそれでよかった。
しつけの行き届いたペットみたいに、彼の望むままのふるまいを強いられてもかまわない。
ウィルは顔を背けた。
「Princessが悪いんじゃない。キミに悪いところはどこもない。俺だ。俺が、キミを特別に思えなくなっただけだ。身勝手なのはわかってる。でも……もうダメなんだ」
彼の中に、自分の居場所はなくなった。
温かく、優しかったその場所には、別の女性……アナ。
ウィルの「特別」を一身に受ける、自分以外のその人。
彼が決して、彼女の名を出さないことが、さらにPrincessを傷つけた。
アナを好きになったと告げることで、Princessが歪んだ感情を彼女に向けることを警戒しているのかもしれない。
別れの前だというのに、ウィルに愛され、かばわれるのが、もうすでにアナだった。
Princessの胸がちりちりと温度を上げていく。
自分のほうから、アナを愛しているのかと、聞きたかった。
しかし、それを耐えることが、最後のPrincessのプライドだった。
そうだ、とウィルの歪む唇が目に浮かぶのに、わかりきっていることを尋ねる必要はない。
捨てられる結末が変わるというならまだしも。
「なにをどう引き止めても……もう終わりなんですね?」
声がかすれる。
「ああ。……ありがとう。キミには感謝している。すまない。本当に」
ウィルが頭を下げた。
愛する人が別れを望んでいる。
もう、自分を愛せないと詫びている。
ならば、選ぶ道はひとつしかなかった。
最愛の人の幸せのために、つないだ手を離すしか、それしか、選択肢はない。
「ウィル……私こそ、ありがとうございました。ウィルと出会えて、素敵な時間を過ごさせてもらいました。どうか……お元気で」
涙を手の甲でふき取って、Princessはウィルを見上げた。
最後くらい、潔くふるまいたかった。
彼の記憶に残る自分は、笑顔でありたかった。
「ありがとう……キミも、ね」
Princessは乾いた喉をぐっと鳴らした。
「さよなら……ウィル」
「さよなら……Princess……」
甘く呼ばれ続けていたはずの名前が、今は乾いていた。
苦しくて、胸がもたない。
早く、早く行ってしまって。
行かないで、行かないで、私をひとりにしないで。
矛盾した想いがPrincessの心をかき乱していた。
ウィルは、傍らの棚に、そっとチョコレートの箱を置いた。
心のこもったこの贈り物を、彼は受け取らない。
アナの贈り物を、たったひとつ、受け取るために。
自分にそうしたように、彼女のこともそうやって愛するのだろう。
それが……ウィルなのだ。
音もなくドアが閉まった。
遠ざかる足音は、Princessと歩んだ日々との決別だった。
ウィルは、ホッとしているだろうか。
新しい恋へ、心躍らせているのだろうか。
(私はこんなに……)
Princessの喉が収縮する。
Princessは、チョコの箱に手を伸ばして、思いきり壁に投げつけた。
飛び散るカケラと同時に、Princessの心も砕けた。
「ウィル……どうして……どうしてっ!」
永遠を誓い合った愛は、永遠に失われた。
ふたりで、最後の恋だねと言ったのに、Princessにだけ、最期の恋だった。
もう、記憶の中でしか、ウィルに愛されない。
彼がこの先だれを選んだとしても、ただ見ているだけしかできない。
暗闇のアパルトマンは、涙と叫びで満たされた。
カーテンも閉めないままの窓からは、上弦の月が冴えた光をしんしんと放っていた。