Bitter編:さいごの恋 /Will.A.Spencer
プリンセスの名前を設定できます⇒
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
アナは、半年ほど前にウィルの衣装係のひとりとして雇われたメイドだった。
突然やめたメイドの穴埋めということでやってきた彼女は、とにかく仕事ができなかった。
Princessが城にやってきているときだけでも、クロードにつれられてウィルに頭を下げに来た回数は10回をくだらない。
執務室の扉をあけるまでに既にクロードにこっぴどく叱られているのか、ウィルの前に立つときはいつも、痛々しいまでにまぶたを腫らしていた。
それでもウィルは興味がなさそうに、別にかまわないとか、次から気をつけてとか言うばかりで、その淡白さにPrincessが、メイドさんに冷たすぎます、と注意したこともあるくらいだった。
今思えば、その親切心が仇になったのかもしれない。
あるとき、ウィルと談笑していると扉がノックされ、おずおずとアナが顔をのぞかせたことがあった。
彼女の胸には、50センチ四方のキャンバスがしっかりと抱えられていた。
「キミは……?」
怪訝そうにしたウィルにPrincessは、少し肘で彼をつつくようにする。
「やだ、ウィルってば。よく、ほら、クロードさんと一緒に……」
そこまでいうと彼は、ああ、とうなずいた。
ウィルは自分以外の女性になんの興味ももたない。
だからこんなときPrincessは、彼に愛されているのは私だけなのだと、誇らしく、また、安堵もするのだ。
「あ、あの、えっと、ウィル様とPrincess様におかれましては、ほんじ……本日もご機嫌うるわしく……」
頬を赤く染めた彼女は、緊張に全身をわずかに振るわせながら頭を下げた。
ウィルとPrincessはくすりと顔を見合わせて笑いあう。
彼の前に出れば、どんな女性だって彼の美しさに気後れし、高揚し、胸を高鳴らせる。
アナの気持ちはPrincessにも手に取るほどにわかる。
彼女の初々しさが好ましかった。……このときは。
「堅苦しい挨拶はいらない。どうぞ入って。俺に何か用事?」
アナは、数歩ウィルの執務室に歩みを進めると、胸に抱いたキャンバスをくるりと返した。
「あの、これをウィル様にと思いまして……下手なんですけど、心をこめて描きましたっ!」
90度に腰を折ると同時に、突き出された一枚の絵。
ウィルは歩み寄って、それを手に取った。
「これは……キミがかいたの?」
「はいっ! 私、いつもウィルさまにご迷惑ばかりをおかけして。だから、何かお詫びをしたくて。私、裁縫とか、お掃除とかは全然ダメですけど、絵は得意なんです」
アナは床のじゅうたんと平行に頭を下げたまま、一気に話した。
Princessがウィルの手元を覗き込む。
「あ……ウィルと、私? すてき……」
金色の髪の男性がドレス姿の女性の細い腰を引き寄せて、優雅に踊っているシーンだった。
彼の腕の中の女性は、Princessの国特有の漆黒の髪をゆるやかになびかせて。
「そうです。拝見したことはないのですが、おふたりが踊っていたらこんな感じなのかなって」
アナは嬉しそうに、ぱっと顔をあげた。
「いい絵だな。ありがとう。さっそくここに飾らせてもらおう」
ウィルが暖炉の上にその絵を立てかけた。
奥行き感のある絵は、まるでそこに小さな空間があって、ミニチュアのウィルとPrincessが本当にダンスを踊っているかのように見えた。
彼を敬い、慕う思いがあふれ出たタッチが、その小さな世界を静かに完成させていた。
「ありがとうございます! 気に入っていただけて光栄です!」
アナが再び腰を折り、それから腕時計を確認する。
「たいへん! もうこんな時間。またクロード様に……いえ、何でもありません、失礼いたします」
ぴくりと跳ねたアナがあわてて退室しようとした。
「待って。キミ、名前は?」
「アナです。アナ・ディクソンです」
「そう、アナ……ね」
Princessはつぶやくウィルを見上げた。
ふわりと優しい笑顔。
それは、自分だけに向けられてきた
ウィルの琴線が一瞬震えたと、確かに感じられた。
「ウィル……?」
Princessは眉をよせる。
「ん? あ、ああ……」
アナの閉じた扉を見つめていたウィルが、はっとPrincessに顔を向け、また扉に戻す。
「……」
Princessは胸によぎる不安を打ち消すように、彼の腕に手を伸ばしてそっと体を寄せた。