Perfect blue /Will.A.Spencer
プリンセスの名前を設定できます⇒
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
~Will side~
クロードの運転する車は、両側に緑の木々が等間隔に立つ道を抜けて、市街地に入る。
ここは、フィリップの中心部からわずか1時間ほどの距離でしかないにも関わらず、首都の喧騒を感じさせない、自然が豊かな街だ。
レンガの外壁に青々としたツタが絡まる一軒家の前で車を停めさせ、俺は、一時間程度待つようにとクロードに伝えた。
セシルに会うのは1年ぶりだ。
呼び鈴を押し込めば、扉の向こうから、かつては妻だった彼女が「はーい」と答える声が聞こえた。
よかった。体調は良さそうだ。
「久しぶりだね、セシル」
「ウィル! 忙しいのに、よく来てくれたわね。さあ、どうぞ、入って」
玄関を開けたセシルに促され廊下を行き、応接室に入ると、窓際に小さなベッドがあった。
細く開けた窓から入り込む風で、レースのカーテンは緩やかに波打ってる。
「ちょうど今、眠っちゃって」
ふふっと小さく笑ったセシルがベッドをのぞきこみ、俺もそれに続いた。
ピンク色の頬をしたベビーが、胸を規則的に上下させている。
「……かわいいな。ステーィヴに似ている」
「でしょう?」
ちょんっとベビーの頬をつつく、セシルの横顔は以前よりもふくよかで、優しい母の表情 をしていた。
「スティーヴは?」
俺は、セシルに勧められてソファに腰をおろした。
「まだ午前中の診察が終わらないみたいで、ランチにも戻ってこないわ」
「人気のドクターだな」
「おかげさまで。スティーヴもウィルに会えるのを楽しみにしていたけど、今日は無理そうね」
セシルが肩をすくめた。
俺は彼女に、長方形の手のひら大の包みを差し出した。
女の子用にと、パステルピンクのラッピングを施してある。
「あらためて。出産おめでとう、セシル。遅くなってしまったけれど、お祝いを贈らせて欲しい」
「わあ、ありがとう。何かしら」
彼女の細い指先が、リボンをほどいた。
俺の兄スティーヴとセシルは、今は夫婦だ。
スティーヴが幼いころからセシルを好きだったのは知っていたから、ふたりが結婚すると聞いた時も、さして驚きはしなかった。
第一王子でありながら医師になりたいと王家を出たスティーヴは、王位継承者と結婚すると決められたセシルへの想いより、自分の夢を選んだ。
王子であり続けたゆえにセシルを妻にすることになった俺を、どう思っていたのか、聞いたことはない。
ただスティーヴは結果的に、夢を叶え、愛する女性と結ばれた。
かたや俺は、セシルを傷つけたうえに、Princessも、ただひとりの息子ウィルさえも、幸せにはできていない。
「わあ、かわいい」
セシルが手のひらに載せて眺めているのは、シルバースプーンだ。
王家の血を引くベビーが生まれたときは、必ずこのブランドのものが贈られるしきたりになっている。
「王家の血筋の子だからね。俺のもスティーヴのものもあるよ」
俺の言葉に、セシルが不意に視線を伏せた。
「でも、ウィルくんのは……ないのよね」
「ああ。ウィルは正式に王家の一員となっているわけじゃないから」
「生まれた命は祝福されるべきなのに」
「……」
セシルとの結婚の日、たった一度だけ想いを交わしたPrincessとの一夜で、ウィルが生まれた。
俺だけが数年その事実を知らされずに過ごし、ウィルの存在が明らかになったあと、セシルは俺を責めることはしても、ウィルの存在だけは非難しなかった。
「ふぁ」と声をたてたベビーの胸を、セシルがトントンと優しく叩く。
「……セシル。今日は、キミにお願いしたいこともあって来た。虫のいいことだとわかってはいるが」
「Princessさんとの結婚のことでしょ?」
俺が言葉を続けるより先に、セシルが結論づけた。
「私に話をしてからだなんて、ウィルは相変わらず真面目ね」
「キミに俺とPrincessがしたことを思えば、当たり前だと思っている」
セシルが、風が入り込む窓へと視線を向けた。
手入れの行き届いた庭には、花壇の間に、気の早いスティーヴが用意したのだろうか、木製のブランコが置かれている。
「あなたがPrincessさんと結婚するなんて……私だけが悲しい想いをするなんて、耐えられないって思った時期もあるけど、今はあなたたちを祝福したい気持ちよ。こんな穏やかな気持ちにさせてくれたのは、スティーヴとこの子ね」
長いまつ毛をゆっくりと持ち上げた子どもの瞳は、セシルと同じブラウンだった。
コットンの毛布をはめくって、セシルが彼女を抱き上げる。
「スティーヴと一緒に過ごすようになって、愛してもらえる喜びを知ったの。いいえ、ウィルを責めているわけじゃないのよ。どこかであなたが、私をただ義務で、恋人として、妻として大事にしてくれているだけだと気づいていたのに、知らないふりをしてたのは私。あなたを愛していたから、そばにいるだけで嬉しくて。でも、そんなの、おかしいわよね。お互いに不幸でしかない。Princessさんがいてもいなくても、いつかはダメになっていたと思うの、私たち。私たちは、親の決めた結婚に振り回されただけ。だから、幸せになって欲しいのよ。ウィルにも、Princessさんにも、ウィルくんにも」
「セシル……」
ありがとうの一言では到底足りなかった。
目覚めたベビーが、じっと俺を見つめる。
「ほら、フィリップの王子様よ」
この子が生きる未来を、フィリップ王国を、必ず安心して暮らせるものにするという約束では、セシルへの感謝には値しないかもしれない。
「はじめまして。ウィルだよ」
小さな手のひらに、人差し指を載せると、力強く握り返される。
透明な瞳は、やわらかな笑みをたたえ、俺から視線を外さない。
幼い子は、どれだけの幸福を、そして強さを、母親に与えるのだろうか。
Princessもウィルが生まれたとき、たったひとりで、同じ想いで我が子を抱きしめたのだろう。
自分が知らずして過ぎたPrincessとウィルの日々に想いを馳せたところで、時の針は戻せない。
「あ、しまった、時間が」
ハッと腕時計を確認すると、すでにここに来てから一時間が過ぎていた。
次の公務に遅れると、クロードがやきもきしながら待っているに違いない。
「今度はPrincessさんとウィルくんも一緒に遊びにきてね」
「ああ。ありがとう」
ベビーを抱いて玄関まで見送ってくれたセシルに、お礼を告げる。
背を向けかけて、「ウィル」と名をよばれ、振り向いた。
「不思議ね。私は、今のあなたのほうが素敵に見える。人としての温かさを感じるというか……本当に、素敵。こんなことを言ったらスティーヴに叱られてしまうけど」
「セシル……」
互いに視線を絡ませて笑いあった。
かつては歪んだ関係になってしまった俺たちが、新しい関わりを築いていける予感に、胸があたたかく満たされていく。
セシルへ。ありがとう。
ベビーへ。健やかに。
近づいてくる幸せの足音を感じながら、俺はセシルたちに手を振った。
クロードの運転する車は、両側に緑の木々が等間隔に立つ道を抜けて、市街地に入る。
ここは、フィリップの中心部からわずか1時間ほどの距離でしかないにも関わらず、首都の喧騒を感じさせない、自然が豊かな街だ。
レンガの外壁に青々としたツタが絡まる一軒家の前で車を停めさせ、俺は、一時間程度待つようにとクロードに伝えた。
セシルに会うのは1年ぶりだ。
呼び鈴を押し込めば、扉の向こうから、かつては妻だった彼女が「はーい」と答える声が聞こえた。
よかった。体調は良さそうだ。
「久しぶりだね、セシル」
「ウィル! 忙しいのに、よく来てくれたわね。さあ、どうぞ、入って」
玄関を開けたセシルに促され廊下を行き、応接室に入ると、窓際に小さなベッドがあった。
細く開けた窓から入り込む風で、レースのカーテンは緩やかに波打ってる。
「ちょうど今、眠っちゃって」
ふふっと小さく笑ったセシルがベッドをのぞきこみ、俺もそれに続いた。
ピンク色の頬をしたベビーが、胸を規則的に上下させている。
「……かわいいな。ステーィヴに似ている」
「でしょう?」
ちょんっとベビーの頬をつつく、セシルの横顔は以前よりもふくよかで、優しい母の
「スティーヴは?」
俺は、セシルに勧められてソファに腰をおろした。
「まだ午前中の診察が終わらないみたいで、ランチにも戻ってこないわ」
「人気のドクターだな」
「おかげさまで。スティーヴもウィルに会えるのを楽しみにしていたけど、今日は無理そうね」
セシルが肩をすくめた。
俺は彼女に、長方形の手のひら大の包みを差し出した。
女の子用にと、パステルピンクのラッピングを施してある。
「あらためて。出産おめでとう、セシル。遅くなってしまったけれど、お祝いを贈らせて欲しい」
「わあ、ありがとう。何かしら」
彼女の細い指先が、リボンをほどいた。
俺の兄スティーヴとセシルは、今は夫婦だ。
スティーヴが幼いころからセシルを好きだったのは知っていたから、ふたりが結婚すると聞いた時も、さして驚きはしなかった。
第一王子でありながら医師になりたいと王家を出たスティーヴは、王位継承者と結婚すると決められたセシルへの想いより、自分の夢を選んだ。
王子であり続けたゆえにセシルを妻にすることになった俺を、どう思っていたのか、聞いたことはない。
ただスティーヴは結果的に、夢を叶え、愛する女性と結ばれた。
かたや俺は、セシルを傷つけたうえに、Princessも、ただひとりの息子ウィルさえも、幸せにはできていない。
「わあ、かわいい」
セシルが手のひらに載せて眺めているのは、シルバースプーンだ。
王家の血を引くベビーが生まれたときは、必ずこのブランドのものが贈られるしきたりになっている。
「王家の血筋の子だからね。俺のもスティーヴのものもあるよ」
俺の言葉に、セシルが不意に視線を伏せた。
「でも、ウィルくんのは……ないのよね」
「ああ。ウィルは正式に王家の一員となっているわけじゃないから」
「生まれた命は祝福されるべきなのに」
「……」
セシルとの結婚の日、たった一度だけ想いを交わしたPrincessとの一夜で、ウィルが生まれた。
俺だけが数年その事実を知らされずに過ごし、ウィルの存在が明らかになったあと、セシルは俺を責めることはしても、ウィルの存在だけは非難しなかった。
「ふぁ」と声をたてたベビーの胸を、セシルがトントンと優しく叩く。
「……セシル。今日は、キミにお願いしたいこともあって来た。虫のいいことだとわかってはいるが」
「Princessさんとの結婚のことでしょ?」
俺が言葉を続けるより先に、セシルが結論づけた。
「私に話をしてからだなんて、ウィルは相変わらず真面目ね」
「キミに俺とPrincessがしたことを思えば、当たり前だと思っている」
セシルが、風が入り込む窓へと視線を向けた。
手入れの行き届いた庭には、花壇の間に、気の早いスティーヴが用意したのだろうか、木製のブランコが置かれている。
「あなたがPrincessさんと結婚するなんて……私だけが悲しい想いをするなんて、耐えられないって思った時期もあるけど、今はあなたたちを祝福したい気持ちよ。こんな穏やかな気持ちにさせてくれたのは、スティーヴとこの子ね」
長いまつ毛をゆっくりと持ち上げた子どもの瞳は、セシルと同じブラウンだった。
コットンの毛布をはめくって、セシルが彼女を抱き上げる。
「スティーヴと一緒に過ごすようになって、愛してもらえる喜びを知ったの。いいえ、ウィルを責めているわけじゃないのよ。どこかであなたが、私をただ義務で、恋人として、妻として大事にしてくれているだけだと気づいていたのに、知らないふりをしてたのは私。あなたを愛していたから、そばにいるだけで嬉しくて。でも、そんなの、おかしいわよね。お互いに不幸でしかない。Princessさんがいてもいなくても、いつかはダメになっていたと思うの、私たち。私たちは、親の決めた結婚に振り回されただけ。だから、幸せになって欲しいのよ。ウィルにも、Princessさんにも、ウィルくんにも」
「セシル……」
ありがとうの一言では到底足りなかった。
目覚めたベビーが、じっと俺を見つめる。
「ほら、フィリップの王子様よ」
この子が生きる未来を、フィリップ王国を、必ず安心して暮らせるものにするという約束では、セシルへの感謝には値しないかもしれない。
「はじめまして。ウィルだよ」
小さな手のひらに、人差し指を載せると、力強く握り返される。
透明な瞳は、やわらかな笑みをたたえ、俺から視線を外さない。
幼い子は、どれだけの幸福を、そして強さを、母親に与えるのだろうか。
Princessもウィルが生まれたとき、たったひとりで、同じ想いで我が子を抱きしめたのだろう。
自分が知らずして過ぎたPrincessとウィルの日々に想いを馳せたところで、時の針は戻せない。
「あ、しまった、時間が」
ハッと腕時計を確認すると、すでにここに来てから一時間が過ぎていた。
次の公務に遅れると、クロードがやきもきしながら待っているに違いない。
「今度はPrincessさんとウィルくんも一緒に遊びにきてね」
「ああ。ありがとう」
ベビーを抱いて玄関まで見送ってくれたセシルに、お礼を告げる。
背を向けかけて、「ウィル」と名をよばれ、振り向いた。
「不思議ね。私は、今のあなたのほうが素敵に見える。人としての温かさを感じるというか……本当に、素敵。こんなことを言ったらスティーヴに叱られてしまうけど」
「セシル……」
互いに視線を絡ませて笑いあった。
かつては歪んだ関係になってしまった俺たちが、新しい関わりを築いていける予感に、胸があたたかく満たされていく。
セシルへ。ありがとう。
ベビーへ。健やかに。
近づいてくる幸せの足音を感じながら、俺はセシルたちに手を振った。