通り雨は虹をつれて/Claude
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ウィルと別れて以来、Princessは夜も昼もなく泣き暮らした。
チャイムの音に、もしかしたらウィルがやり直したいとたたずんでいるのではないかと跳ね起きて扉をあければ、そこにはいつも、彼女の思いを見透かしたクロードが申し訳なさそうに立っていた。
当時のPrincessには、クロードが忙しい時間を縫ってまでどうしてここにやってくるのか、思いを馳せる余裕もなかった。
失望の色を遠慮もなしに投げつけて、Princessはクロードの差し入れを受け取り、ひとことふたことだけを交わしあい、また扉を閉めるだけの淡々とした関係が続いた。
春が過ぎて、ふと、クロードが来ない日が3日続いた、4日続いたと気がつくようになるころ、ようやくPrincessは彼をリビングまで招きいれ、ぽつりぽつりと、とりとめのない話ができるようになった。
それはまだウィルとの思い出話であったり、恨み言であったりもしたが、クロードはただ、黙って聞いていた。
汗ばむ季節にさしかかると、灰色の視界だったPrincessの毎日が少しだけ色を取り戻してきた。
ウィルのことを思わない時間が以前より増えて、買い物に出かければ、ショーウィンドーの服を素敵だと思えるようになった。
このままウィルを忘れられるのではないか。
もう苦しみは癒されたのではないか。
そんな風に感じていたある日、その出来事は起こった。
「あ……クロードさん、いらっしゃい。ちょうどグラタンを焼いていますから、よろしければ召し上がっていってください」
週末は、必ずと言っていいほどクロードがアパルトマンにやってきた。
クロードに対して特別な感情があるわけではなかったが、自分を気にかけてくれる人がいる安心感が心地よくて、心の力を取り戻したと思えたあとも、彼の訪問を断ったことはない。
「嬉しいですね。Princess様の手料理は本当においしいですから。……いい香りです」
いくらか鼻をあげるようにしてリビングに入ったクロードが、つけっぱなしのテレビに気付いたとたんに、ぎゅっと眉根を寄せた。
顔を右に左にとまわして、何かをさがす仕草をみせる。
「どうしました?」
常に冷静なはずの彼が慌てているように見えて、Princessは首を傾げた。
「テレビのリモコンはどこに。消しませんか? 今日は静かに食事を楽しみたいと思いまして」
「ああ、それでしたら、ここに……」
ダイニングテーブルに置いてあったリモコンを手にしながら言いかけて、息が止まった。
柔らかく弧を描いていた唇がみるみるこわばって、細くあいた隙間から長く口にしていなかった最愛の人の名前がこぼれる。
「……ウィル……?」
Princessは瞬きもせずに、テレビの画面を見つめた。
“フィリップ王国ウィル王子がご婚約! お相手は一般の女性、世紀のシンデレラストーリー!“
派手なテロップが右から左に流れるなかで、ウィルが美しく着飾った、あのときのメイド……アナの腰を引き寄せて微笑んでいる。
指の力が抜けて、握っていたリモコンが床に落ちた。
胸の底から突きあがってくる感情で、体の震えが止まらない。
忘れたと思っていたのに自分の心がウィルを手放していない事実は、心臓の激しい拍動が証明していた。
「いつ決まったのですか。婚約……」
画面から視線をそらさないまま、クロードに尋ねた。
「5月ころ、だったでしょうか」
Princessは低く抑えた声を背後に聞いていた。
見なくてもクロードが視線を伏せているだろうことは感じる。
「5月……」
そのころまだPrincessは、眠れぬ夜をさまよっていた。
(ウィルは、私が悲しんでいるときに、アナさんとの結婚を決めて幸せだったんだ……)
呼吸が苦しくなる。
当時の自分がかわいそうなのか、今の自分がつらいのかさえも見分けがつかない。
乗り越えたはずの忘れかけていた時間が、嵐のような速さで巻きもどっていくのを感じていた。
ふらりとよろけたPrincessの肩を、クロードが無言で支えた。
彼は片手でリモコンを拾い上げて、テレビを消した。
執事の彼は、ウィルの婚約を知っていたはずだ。
知っていながら、Princessには言わなかった。
フィリップ王国の王子の婚約となれば、大々的に報道される。
いずれは知ることにはなるはずなのに、どうして決まったときに教えてくれなかったのか。
実際、いまだって、テレビを消そうとした。
肩に置かれたクロードの手のひらを、身をよじって避ける。
「触らないでください。ウィルが結婚すること……ずっと、黙ってたりしてっ!」
驚きに見開かれたクロードのグレーの瞳が、深みを増していく。
(事実が変わるわけじゃないのに。隠したって仕方ないのに)
わかっている。
クロードは、言えばPrincessが傷つくと知っていた。
だから、黙っていたのだ。
でも、今は、素直に受け止められない。
ウィルに愛されなかった自分。
心変わりをされた自分。
クロードにそんな自分が憐れまれていたのかと、いらだちが増してくる。
クロードはウィルの専属執事だ。
誰よりも主に忠実で、主の思いを最優先にする。
主のかつての恋人に関わる理由なんか、何もない。
理由があるとすれば、ただの憐憫だとしか思えなかった。
ウィルには捨てられ、その執事には哀れな存在として扱われている気がした。
「Princess様……」
鉛色の空気が、ふたりの間に重く、横たわっていた。
チャイムの音に、もしかしたらウィルがやり直したいとたたずんでいるのではないかと跳ね起きて扉をあければ、そこにはいつも、彼女の思いを見透かしたクロードが申し訳なさそうに立っていた。
当時のPrincessには、クロードが忙しい時間を縫ってまでどうしてここにやってくるのか、思いを馳せる余裕もなかった。
失望の色を遠慮もなしに投げつけて、Princessはクロードの差し入れを受け取り、ひとことふたことだけを交わしあい、また扉を閉めるだけの淡々とした関係が続いた。
春が過ぎて、ふと、クロードが来ない日が3日続いた、4日続いたと気がつくようになるころ、ようやくPrincessは彼をリビングまで招きいれ、ぽつりぽつりと、とりとめのない話ができるようになった。
それはまだウィルとの思い出話であったり、恨み言であったりもしたが、クロードはただ、黙って聞いていた。
汗ばむ季節にさしかかると、灰色の視界だったPrincessの毎日が少しだけ色を取り戻してきた。
ウィルのことを思わない時間が以前より増えて、買い物に出かければ、ショーウィンドーの服を素敵だと思えるようになった。
このままウィルを忘れられるのではないか。
もう苦しみは癒されたのではないか。
そんな風に感じていたある日、その出来事は起こった。
「あ……クロードさん、いらっしゃい。ちょうどグラタンを焼いていますから、よろしければ召し上がっていってください」
週末は、必ずと言っていいほどクロードがアパルトマンにやってきた。
クロードに対して特別な感情があるわけではなかったが、自分を気にかけてくれる人がいる安心感が心地よくて、心の力を取り戻したと思えたあとも、彼の訪問を断ったことはない。
「嬉しいですね。Princess様の手料理は本当においしいですから。……いい香りです」
いくらか鼻をあげるようにしてリビングに入ったクロードが、つけっぱなしのテレビに気付いたとたんに、ぎゅっと眉根を寄せた。
顔を右に左にとまわして、何かをさがす仕草をみせる。
「どうしました?」
常に冷静なはずの彼が慌てているように見えて、Princessは首を傾げた。
「テレビのリモコンはどこに。消しませんか? 今日は静かに食事を楽しみたいと思いまして」
「ああ、それでしたら、ここに……」
ダイニングテーブルに置いてあったリモコンを手にしながら言いかけて、息が止まった。
柔らかく弧を描いていた唇がみるみるこわばって、細くあいた隙間から長く口にしていなかった最愛の人の名前がこぼれる。
「……ウィル……?」
Princessは瞬きもせずに、テレビの画面を見つめた。
“フィリップ王国ウィル王子がご婚約! お相手は一般の女性、世紀のシンデレラストーリー!“
派手なテロップが右から左に流れるなかで、ウィルが美しく着飾った、あのときのメイド……アナの腰を引き寄せて微笑んでいる。
指の力が抜けて、握っていたリモコンが床に落ちた。
胸の底から突きあがってくる感情で、体の震えが止まらない。
忘れたと思っていたのに自分の心がウィルを手放していない事実は、心臓の激しい拍動が証明していた。
「いつ決まったのですか。婚約……」
画面から視線をそらさないまま、クロードに尋ねた。
「5月ころ、だったでしょうか」
Princessは低く抑えた声を背後に聞いていた。
見なくてもクロードが視線を伏せているだろうことは感じる。
「5月……」
そのころまだPrincessは、眠れぬ夜をさまよっていた。
(ウィルは、私が悲しんでいるときに、アナさんとの結婚を決めて幸せだったんだ……)
呼吸が苦しくなる。
当時の自分がかわいそうなのか、今の自分がつらいのかさえも見分けがつかない。
乗り越えたはずの忘れかけていた時間が、嵐のような速さで巻きもどっていくのを感じていた。
ふらりとよろけたPrincessの肩を、クロードが無言で支えた。
彼は片手でリモコンを拾い上げて、テレビを消した。
執事の彼は、ウィルの婚約を知っていたはずだ。
知っていながら、Princessには言わなかった。
フィリップ王国の王子の婚約となれば、大々的に報道される。
いずれは知ることにはなるはずなのに、どうして決まったときに教えてくれなかったのか。
実際、いまだって、テレビを消そうとした。
肩に置かれたクロードの手のひらを、身をよじって避ける。
「触らないでください。ウィルが結婚すること……ずっと、黙ってたりしてっ!」
驚きに見開かれたクロードのグレーの瞳が、深みを増していく。
(事実が変わるわけじゃないのに。隠したって仕方ないのに)
わかっている。
クロードは、言えばPrincessが傷つくと知っていた。
だから、黙っていたのだ。
でも、今は、素直に受け止められない。
ウィルに愛されなかった自分。
心変わりをされた自分。
クロードにそんな自分が憐れまれていたのかと、いらだちが増してくる。
クロードはウィルの専属執事だ。
誰よりも主に忠実で、主の思いを最優先にする。
主のかつての恋人に関わる理由なんか、何もない。
理由があるとすれば、ただの憐憫だとしか思えなかった。
ウィルには捨てられ、その執事には哀れな存在として扱われている気がした。
「Princess様……」
鉛色の空気が、ふたりの間に重く、横たわっていた。