ブルー×ブルー(3)/Will.A.Spencer
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ウィルは指の間にグラスの細い脚を預けるようにして、ブランデーを回した。
公務が終わった後に執務室で酒を飲むようになったのは、セシルと結婚してからだ。
セシルが待つ寝室に向かうために、緩やかな酔いが必要だった。
「……!」
あ、と思った時にはすでにグラスは手のひらから零れ落ち、床の上で低く濁った音を立てて砕けた。
腰を折って、その破片のいくつかを拾う。
割れたクリスタルの隙間ににじむ琥珀色のブランデーには、暗鬱な光を宿した自らの瞳が映り込んでいた。
どこで、何を誤ってしまったのだろう。
ウィルは指を伸ばし、床のブランデーの表面をなぞるようにして、揺らぐ琥珀の中の自分を掻き消した。
軽いノックのあとに入ってきたのはセシルだ。
シャワーを浴びたばかりなのか、ブラウンの髪は濡れて、頬がピンク色に染まっている。
「ウィル、話なら寝室でしましょうよ。執務室でなんて」
「いや、ここでいい」
ウィルが視線を外した。
「あらっ」と割れたグラスに驚いたセシルが、ウィルの手をとって、怪我がないか手のひらを何度も返してみつめる。
ウィルは無言で手を引いた。
セシルはウィルに寄り添って座り微笑んで首をかしげたが、ウィルは入れ替わりにソファを立った。
何かと自分に無関心な夫、ウィルのそんな態度は珍しくはない。
しかし、ここのところは特に、嫌悪感すらあらわすようになった気がしていた。
「俺は、ウィルに会い続ける。彼に、自分が父親だと名乗りたい。父に捨てられたと思いながら育って欲しくない。認知……するつもりだ。王の了承はとってある」
「その話、ね」
セシルが大きく息を吸って、半分ひらいた口元を震わせながら細く吐く。
「で、次は? Princessさんとの間に2人目が欲しいって言い出しそうだわ」
彼女は小さく笑ってから唇を噛むようにして、片方の口角だけをあげた。
「子どもに罪はない。親の愛情を示すのは大切だと思っている」
「そうね。ウィルが、ウィルくんを大事なら、私にとっても大事よ。だから、ひきとって二人で育てようって……」
ウィルのサファイアの瞳の奥が強く引き絞られた。
その鋭い視線がセシルに向けられる。
「二度とするな。二度と、ウィルとPrincessを離すようなマネをするな」
「わからない。あなたにかばわれるのが、なんで私でなくPrincessさんなの? そんなの、おかしいわ。ウィルの子どもを産んだから? ねえ。ねえ、だったら子どもを作りましょうよ。今日なら、きっと……」
セシルがバスローブのリボンをほどいた。
繊細なレースがほどこされたランジェリーだけをまとって立ち上がった彼女は、細く、白い指先でウィルのシャツのボタンをひとつひとつはずしていく。
「俺に触るな」
顔をそむけたウィルの両腕をセシルがつかんで揺すった。
「なぜ? 私はあなたの妻なのよ? ……子どもなんてできるわけがないわ。だって、結婚したその日から今まで、ウィルは私に指1本触れたことがないじゃないの!」
ウィルの腕にそって、セシルが床に崩れていく。
両手を床についた彼女の目からこぼれた涙が、象牙色のじゅうたんに落ちた。
「あなたが私を愛してくれなくてもいいと思っていたわ。それは、ウィルがだれも愛せない人だと思っていたからよ。……でも、違った。こんな気持ちにさせるなら、どうしてあなたを好きになるように仕向けたりしたのよ!」
激しく嗚咽するセシルを、ウィルは見おろしていた。
「すまない、セシル」
ウィルがバスローブをセシルの背中にそっとかける。
肩は小刻みに震え続けていた。
「王様も、王妃様も、ウィルくんがかわいくて仕方なくて私のことなんかどうでもよくて……そのうえあなたにまでウィルくんを認知するなんて言われて……どうして、はっきり別れて欲しいって言わないのよ。責任? 体裁? もううんざりよ。ずるい、ウィル……私はずっと愛していたのに……」
「すまない、セシル。俺はキミに謝るしかできない」
床に手をついたままのセシルのそばに、いくつものクリスタルの破片が散っていた。
少し身じろぎするだけで、するどい断面が彼女の手のひらを傷つけてしまうかもしれない。
ウィルがそれを指先でつまんだ。
「っ……!」
全身を駆けたとがった痛みに一文字に割れた傷口を見つめていると、徐々に鮮血がにじみ出した。
セシルのために負った傷から流れ出る血液だというのに、ウィルは、その紅が、強く激しくPrincessの名前を呼び続けているような気がするのだった。
公務が終わった後に執務室で酒を飲むようになったのは、セシルと結婚してからだ。
セシルが待つ寝室に向かうために、緩やかな酔いが必要だった。
「……!」
あ、と思った時にはすでにグラスは手のひらから零れ落ち、床の上で低く濁った音を立てて砕けた。
腰を折って、その破片のいくつかを拾う。
割れたクリスタルの隙間ににじむ琥珀色のブランデーには、暗鬱な光を宿した自らの瞳が映り込んでいた。
どこで、何を誤ってしまったのだろう。
ウィルは指を伸ばし、床のブランデーの表面をなぞるようにして、揺らぐ琥珀の中の自分を掻き消した。
軽いノックのあとに入ってきたのはセシルだ。
シャワーを浴びたばかりなのか、ブラウンの髪は濡れて、頬がピンク色に染まっている。
「ウィル、話なら寝室でしましょうよ。執務室でなんて」
「いや、ここでいい」
ウィルが視線を外した。
「あらっ」と割れたグラスに驚いたセシルが、ウィルの手をとって、怪我がないか手のひらを何度も返してみつめる。
ウィルは無言で手を引いた。
セシルはウィルに寄り添って座り微笑んで首をかしげたが、ウィルは入れ替わりにソファを立った。
何かと自分に無関心な夫、ウィルのそんな態度は珍しくはない。
しかし、ここのところは特に、嫌悪感すらあらわすようになった気がしていた。
「俺は、ウィルに会い続ける。彼に、自分が父親だと名乗りたい。父に捨てられたと思いながら育って欲しくない。認知……するつもりだ。王の了承はとってある」
「その話、ね」
セシルが大きく息を吸って、半分ひらいた口元を震わせながら細く吐く。
「で、次は? Princessさんとの間に2人目が欲しいって言い出しそうだわ」
彼女は小さく笑ってから唇を噛むようにして、片方の口角だけをあげた。
「子どもに罪はない。親の愛情を示すのは大切だと思っている」
「そうね。ウィルが、ウィルくんを大事なら、私にとっても大事よ。だから、ひきとって二人で育てようって……」
ウィルのサファイアの瞳の奥が強く引き絞られた。
その鋭い視線がセシルに向けられる。
「二度とするな。二度と、ウィルとPrincessを離すようなマネをするな」
「わからない。あなたにかばわれるのが、なんで私でなくPrincessさんなの? そんなの、おかしいわ。ウィルの子どもを産んだから? ねえ。ねえ、だったら子どもを作りましょうよ。今日なら、きっと……」
セシルがバスローブのリボンをほどいた。
繊細なレースがほどこされたランジェリーだけをまとって立ち上がった彼女は、細く、白い指先でウィルのシャツのボタンをひとつひとつはずしていく。
「俺に触るな」
顔をそむけたウィルの両腕をセシルがつかんで揺すった。
「なぜ? 私はあなたの妻なのよ? ……子どもなんてできるわけがないわ。だって、結婚したその日から今まで、ウィルは私に指1本触れたことがないじゃないの!」
ウィルの腕にそって、セシルが床に崩れていく。
両手を床についた彼女の目からこぼれた涙が、象牙色のじゅうたんに落ちた。
「あなたが私を愛してくれなくてもいいと思っていたわ。それは、ウィルがだれも愛せない人だと思っていたからよ。……でも、違った。こんな気持ちにさせるなら、どうしてあなたを好きになるように仕向けたりしたのよ!」
激しく嗚咽するセシルを、ウィルは見おろしていた。
「すまない、セシル」
ウィルがバスローブをセシルの背中にそっとかける。
肩は小刻みに震え続けていた。
「王様も、王妃様も、ウィルくんがかわいくて仕方なくて私のことなんかどうでもよくて……そのうえあなたにまでウィルくんを認知するなんて言われて……どうして、はっきり別れて欲しいって言わないのよ。責任? 体裁? もううんざりよ。ずるい、ウィル……私はずっと愛していたのに……」
「すまない、セシル。俺はキミに謝るしかできない」
床に手をついたままのセシルのそばに、いくつものクリスタルの破片が散っていた。
少し身じろぎするだけで、するどい断面が彼女の手のひらを傷つけてしまうかもしれない。
ウィルがそれを指先でつまんだ。
「っ……!」
全身を駆けたとがった痛みに一文字に割れた傷口を見つめていると、徐々に鮮血がにじみ出した。
セシルのために負った傷から流れ出る血液だというのに、ウィルは、その紅が、強く激しくPrincessの名前を呼び続けているような気がするのだった。