Merry Christmas ~With WILL

ウィルが、正装の上着を脱ぐ瞬間が好きだ。
この一瞬ののち、一国の王子である彼は私だけを愛してくれる恋人になる。

「遅くなってすまなかった。パーティーが長引いて」

眉根を寄せるウィルに、私は、彼の上着をハンガーにかけながら首を横に振った。

「いいえ。私の部屋に来てくださっただけで嬉しいです」

毎年、クリスマスイブにフィリップ城で開かれるパーティーは、日付が変わる近くまで終わらないのだと聞いている。

その理由は、ウィルだ。

招待を受けた貴族の姫たちが、入れ替わり立ちかわり彼のダンスのパートナーになって踊りたがるという。

ウィルの胸に抱かれ、手をつなぎ、美しい女性たちがうっとりと舞う姿を思うと、正直なところ心おだやかではない。

でも、私はまだ正式に認められたフィアンセではなかった。

だから、立場上パーティーに行けないことも仕方がないと納得している。

こうしてパーティーのあとに、ふたりでイブを過ごそうと、
着替えもしないままシャルルまで車をとばしてくれる彼の想いが何よりも真実ですべてなのだから、それでいい。

「俺はキミに早く会いたくて、気が気じゃなかった。
あんな形式的なパーティーに意味があるとは思えない。せっかくのイブだ。
みんな、大切なだれかと過ごしたほうがよっぽど幸せだろうに」

ウィルは心底不思議だとでもいうように首を傾げた。

世界中の女性が憧れるウィルは、自分の人気にまるで興味がない。

「みなさん、ウィルを大切に思っていて、会えるのを楽しみにしているんですよ」

「だけど、そのために俺の楽しみをなくされちゃ、たまらないな」

肩をすくめるウィルをソファに促し、私はキッチンからいくつもの料理をテーブルへと運んだ。

定番ながらも、この日のために試作を重ね、考え抜いたクリスマスメニューだ。

焼き上げたターキーにグレービーソースをたっぷりかけ、芽キャベツを添え、キッシュ、リースに見立てたサラダ、デザートとして、フィリップの伝統的なケーキ“クリスマスプディング”も用意した。

「驚いたな。これ全部、キミが?」

ウィルが目をしばたたかせた。

「はい。でも張り切りすぎちゃいました。もうパーティーでお腹いっぱいですよね」

「いや……ずっと踊りっぱなしで、何も食べていない」

「え、そうなんですか?」

私たちは、顔を見合わせて微笑みあった。

こんなささいな一瞬が幸せだった。

「じゃあ、どうぞ。たっくさん、食べてください。シャンパンも冷えてますから」

「ありがとう。いただこう。まずは乾杯をしようか」

ウィルはそう言ってワインクーラーからボトルを取り上げ、流れるような所作で、シャンパンのコルクを抜いた。

ボトルを静かに傾けると、愛する人の髪と同じ、金色の液体がささやかにさえずりながらグラスへと流れ込む。

「乾杯」とグラスを目線の位置に掲げあって、一口シャンパンを含めば、二人だけのパーティーの始まりだ。

シャンデリアもなく、華やかな飾り付けも、優雅な音楽もない。

けれど、ソファにウィルと寄り添って座り、小さなツリーを前に笑いあえるなら、それだけで最高のクリスマスだ。

大切な日に、大切な人に、会える贅沢。

ウィルもまた、私と同じ想いでいてくれることをただ、願う。

ふたりで、シャンパンをつぎあい、とりとめもない話をしながら手作りの料理を楽しんだあとは、おまちかねのデザートだ。

手作りのクリスマスプディングに、ウィルがブランデーをかけて火をつけ、フランベする。

明かりを消した闇のなか、青い炎が立ちのぼり、ウィルのビスクドールのような横顔が照らしだされた。

白磁の肌。

澄みきったサファイアの瞳。

高い鼻筋には、アシンメトリーの黄金の前髪がかかる。


「きれい……」


思わず口をついて出た称賛は、蒼炎でなく、むしろ、最愛の人へのものだ。

彼の美しい容姿は、神の祝福を、一身に受けている証なのだろう。

こんな高貴な人が私を想ってくれているなんて、全部が夢なのではないかと、何度思ったかわからない。

彼を失うくらいなら、永遠に覚めない夢であってほしい。


プディングの上を揺れる炎が燃え尽きるのを見届け、私は再び部屋の電気のスイッチを押した。

ところが。

「ん? あれ?」

おかしい。

パチン、パチンと何度押したところで、明かりが点かない。

「え、もしかして、停電? すみません、このアパート古くて。もうっ、こんなときにどうして……」


焦って連続でスイッチを押す私を、闇に慣れてきた視界の向こう、窓際のウィルが手招きした。


「いや。停電はここだけじゃなさそうだ。……見て?」

ウィルの傍に寄って、指し示す先を見れば、確かにシャルルの街一帯の明かりが消えている。

すぐには復旧しそうもない大停電であることは、簡単に予想ができた。

家々は黒いシルエットになって沈黙し、ビロードの空からは白くきらめく花びらが舞いだした。

「冷えると思ったら……雪か」

ウィルが、窓越しに空を見上げる。

今夜のあかりは、どの家も、雪が頼りになるのだろう。

ふたりで窓の外を眺めている間にも、雪片が次々に舞い落ちて、家の屋根を、道を、白く塗りこめていく。

「こんな夜は、肌を合わせるに限るな」

「……!!」

さらりと放たれた言葉に、私の心臓が跳ね上がった。

ウィルは、窓の向こうを眺めていた顔をゆっくりと私に向けて、反応を楽しむように、いたずらな視線を投げかけてくる。

「いえいえ、まだ食事が途中ですから!」

私は慌てて、両手を振ってみせた。

「明かりもつかないのに?」

ウィルは、小さく笑うと、私の手首をつかんで引き寄せた。

こんなとき、彼はいつも、紳士然としながら強引なのだ。

「デザートは……キミがいい」

耳元の至近の距離でささやかれれば、私には、もう抗うすべはない。
ウィルの繊細な指先が私の顎をすくい、唇が重ねられた。

シャンパンのほのかな甘みが吐息から送り込まれて、
ウィル自身の魅力のせいなのか、アルコールのせいなのか、くらくらと一気に酔いがまわる。

ウィルの唇は濡れた私の唇をみ、離れてはまた、塞ぐ。

自然にひらいてしまった唇の間に、彼の舌が差し入れられ丁寧に口腔をなぞるころには、
腰をウィルに支えてもらっていなければ、甘美なしびれに立っていられなくなった。

もっと触れて欲しい。
熱を帯びる場所に彼の刻印を残して欲しい。

やがて、唇が離された。

「……キスだけで感じすぎ」

ウィルはくすっと息で笑い、すぐさま私の膝の後ろに腕を差し入れると私を横抱きに抱き上げた。

「ちょっ……ウィル?」

「もっと欲しいってカオ、してるよ」

「……!」

否定できるはずもなかった。
ウィルはいつも、その透き通ったガラスの瞳で、私の全部を見とおしてしまう。

私はウィルの首筋に顔をうずめた。
火照った顔を見られたくない。

彼は私をベッドルームに運ぶと、雪あかりに白く浮かび上がるシーツへと、そっと下ろした。

ベッドの端に膝をのせてから、ウィルが、ゆっくりと、倒れ込むように私と胸を合わせる。


そのとき、遠く、鐘の音が0時を告げた。

ウィルは、ブルーの瞳の中に私だけを映し、触れるか触れないかの距離の唇を優しくほころばせた。

「メリークリスマス。心からキミを愛している」

「私もです。ウィル……」

ウィルの頬を両手で包んだ。

どちらからともなく再び唇を求めあい、深まるにつれ、彼の熱を帯びた手のひらが私の腰を滑っていく。

抱き合うほどに恋におちる恋に身を焦がし、私は、どこまでウィルを愛するのだろう。

互いに想いあう熱が、心と身体を溶かす、聖なる夜。

欲しいのは、ただ――貴方。

甘やかな腕にとらわれて、私は静かに、まぶたを閉じた。
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