決戦はハロウィン・ナイト/Robert・Button
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ロビーから地上20階までの高い吹き抜けは、円筒状になった周囲を白い棒状のオブジェの組み合わせで支えられている。
俺にとって、そこは、美しいというより、体腔と白骨を思わせる……つまり、人の身体を内側から眺めているような薄気味悪さを感じるような空間だった。
正直なところ、デザインの趣味を疑う。
ベラルド大臣が側近を従えて進み出て、俺とPrincessに頭を下げた。
大臣は、細い躯体を黒一色のスーツでかため、神経質そうな細い目を俺たちに向ける。
「ロベルト様、Princess様、ようこそ、我がベラルド記念美術館にお越しくださいました」
「ベラルド大臣、開館おめでとうございます」
あくまで冷静に王子の顔を保って、俺はベラルド大臣のあいさつにうなずいてみせた。
所蔵品のいったいどれだけが非合法に集められたのだろうと考えると、男の面の皮の厚さには呆れるばかりだ。
しかし、当の本人はといえば、得意げに顎をあげた。
「ここには、私の生涯をかけて集めた美術品を展示してございます。
そろえたすべてが値をつけられない高級品。
目の肥えたどんなお方にもご満足いただけるものと自負しております。
……でも、まあ……」
俺の一歩後ろに控えるPrincessに、大臣がちらりと視線を送った。
嫌味な口角が上がる。
「庶民ご出身のプリンセスにどれだけ私のコレクションの価値がわかっていただけるか、疑問ではございますが」
「……!」
俺の顔色は、きっと瞬時に変わっただろう。
含み笑いを浮かべる大臣を前に、Princessは視線を伏せた。
プリンセスとなったPrincessを、身分が、生まれがとさげすむ輩 はベラルド派を中心に、いまだに多い。
城に戻ってからPrincessをねぎらえばいつも、「気にしてないよ」と笑う彼女の笑顔がかえって痛々しくて、そのたびに俺は、自分の無力さに腹が立っている。
俺は、Princessの手首を引いて、背中にかばった。
「ベラルド大臣、Princessはアルタリア王家に正式に認められたプリンセスです。
今後一切、妻を侮辱する発言はやめていただきたい」
きっぱりと言い切った俺の責めにも、ベラルド大臣はうすら笑いを保ったまま「相変わらず、仲がおよろしいようで」と謝罪はなかった。
こんな人間がアルタリアの重鎮とは情けない。
本当だったらこのまま、不愉快な視察をやめてしまいたいところだったが、今日は、母さんのオルゴールを盗み出すにあたっての下見も兼ねている。
俺たちは、ベラルド大臣の案内に付いて、館内を周った
警備室の位置、廊下のつくり、セキュリティシステム、身を隠せる場所。
美術品に大げさな感嘆の声を上げながらも情報収集は抜かりなく、俺とPrincessは時おり目配せをしながら計画のシミュレーションをした。
次にここを訪れるときには、闇夜にまぎれた午前2時、王子の俺じゃない。
20階までのすべての展示室の見学を終えると、ベラルド大臣が「実は」と声をひそめた。
「ロベルト様もご存知かもしれませんが、当美術館には10月31日ハロウィンナイトの深夜に盗みに入ると怪盗ロベルトから予告状が届いております。
賊は、オルゴールを盗むといってきていて、それが亡き王妃様の遺品であると言いがかりをつけていますが……まさか。
ですが、美しい品であることにかわりはありません。ご覧になりますか」
俺とPrincessは、思わぬ申し出に顔を見合わせた。
オルゴールは、美術館をひとまわりしても見当たらず、いまだ公開されてはいないようだった。
母さんのオルゴールが広い美術館のどこかにあるという情報だけは確かだったから、
保管場所はこれから探らなければと思っていた矢先、なんと、敵の側から教えてくれるというのだ。
俺は、はやる気持ちを抑えて平静をよそおい、ベラルド大臣にうなずいた。
展示を待つ品々は、最上階の保管室に収められていた。
適温適湿に保たれた部屋に整然と並べられた棚には、アルファベットと整理番号が付された美術品が置かれ、
それらのあるものは厳重に梱包され、あるものは明日にでも展示するのだろうか、磨かれ抜いて、鎮座している。
「こちらでございます」
ベラルド大臣が示した一番奥の棚の中央に、母さんのオルゴールは、あった。
思わず駆け寄りたい衝動を無理やり押さえ込む。
オルゴールは、500以上もの木片を使って表現されたバラの象嵌 細工が蓋を飾る、落ち着いた色合いのものだ。
見かけの華やかさこそ少ないけれど、アルタリアの腕利きの職人が作ったオルゴールは、深い音色が優しく、唯一無二の品といえる。
城から持ち出されて3年。
どの遺品よりも思い出深いオルゴールが当時のままであることに、俺は密かに胸をなでおろした。
「なるほど。慎ましさが、またいっそうの品を感じさせるオルゴールですね。これを、怪盗ロベルトが盗むと?」
「はい。でも、心配はしていません。警備は万全ですし、いざとなったら、あんなコソ泥は蜂の巣にしてやりますよ」
ベラルド大臣が、ジャケットの腰をポンポンと得意げに叩いた。隠された部分には拳銃が吊られているのだろう。
大臣にとっては、次の盗みを許せば、自らの指示で奪った王妃の宝飾品50点すべてを失うことになる。
怪盗ロベルトは、憎んでも憎みきれない相手であり、引き金を引くにためらう理由はない。
彼の本気の銃弾が、俺の身体を貫くのが先か、俺がオルゴールをかかえ、逃げ切るのが先か。
決戦はハロウィン・ナイト。
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。
俺にとって、そこは、美しいというより、体腔と白骨を思わせる……つまり、人の身体を内側から眺めているような薄気味悪さを感じるような空間だった。
正直なところ、デザインの趣味を疑う。
ベラルド大臣が側近を従えて進み出て、俺とPrincessに頭を下げた。
大臣は、細い躯体を黒一色のスーツでかため、神経質そうな細い目を俺たちに向ける。
「ロベルト様、Princess様、ようこそ、我がベラルド記念美術館にお越しくださいました」
「ベラルド大臣、開館おめでとうございます」
あくまで冷静に王子の顔を保って、俺はベラルド大臣のあいさつにうなずいてみせた。
所蔵品のいったいどれだけが非合法に集められたのだろうと考えると、男の面の皮の厚さには呆れるばかりだ。
しかし、当の本人はといえば、得意げに顎をあげた。
「ここには、私の生涯をかけて集めた美術品を展示してございます。
そろえたすべてが値をつけられない高級品。
目の肥えたどんなお方にもご満足いただけるものと自負しております。
……でも、まあ……」
俺の一歩後ろに控えるPrincessに、大臣がちらりと視線を送った。
嫌味な口角が上がる。
「庶民ご出身のプリンセスにどれだけ私のコレクションの価値がわかっていただけるか、疑問ではございますが」
「……!」
俺の顔色は、きっと瞬時に変わっただろう。
含み笑いを浮かべる大臣を前に、Princessは視線を伏せた。
プリンセスとなったPrincessを、身分が、生まれがとさげすむ
城に戻ってからPrincessをねぎらえばいつも、「気にしてないよ」と笑う彼女の笑顔がかえって痛々しくて、そのたびに俺は、自分の無力さに腹が立っている。
俺は、Princessの手首を引いて、背中にかばった。
「ベラルド大臣、Princessはアルタリア王家に正式に認められたプリンセスです。
今後一切、妻を侮辱する発言はやめていただきたい」
きっぱりと言い切った俺の責めにも、ベラルド大臣はうすら笑いを保ったまま「相変わらず、仲がおよろしいようで」と謝罪はなかった。
こんな人間がアルタリアの重鎮とは情けない。
本当だったらこのまま、不愉快な視察をやめてしまいたいところだったが、今日は、母さんのオルゴールを盗み出すにあたっての下見も兼ねている。
俺たちは、ベラルド大臣の案内に付いて、館内を周った
警備室の位置、廊下のつくり、セキュリティシステム、身を隠せる場所。
美術品に大げさな感嘆の声を上げながらも情報収集は抜かりなく、俺とPrincessは時おり目配せをしながら計画のシミュレーションをした。
次にここを訪れるときには、闇夜にまぎれた午前2時、王子の俺じゃない。
20階までのすべての展示室の見学を終えると、ベラルド大臣が「実は」と声をひそめた。
「ロベルト様もご存知かもしれませんが、当美術館には10月31日ハロウィンナイトの深夜に盗みに入ると怪盗ロベルトから予告状が届いております。
賊は、オルゴールを盗むといってきていて、それが亡き王妃様の遺品であると言いがかりをつけていますが……まさか。
ですが、美しい品であることにかわりはありません。ご覧になりますか」
俺とPrincessは、思わぬ申し出に顔を見合わせた。
オルゴールは、美術館をひとまわりしても見当たらず、いまだ公開されてはいないようだった。
母さんのオルゴールが広い美術館のどこかにあるという情報だけは確かだったから、
保管場所はこれから探らなければと思っていた矢先、なんと、敵の側から教えてくれるというのだ。
俺は、はやる気持ちを抑えて平静をよそおい、ベラルド大臣にうなずいた。
展示を待つ品々は、最上階の保管室に収められていた。
適温適湿に保たれた部屋に整然と並べられた棚には、アルファベットと整理番号が付された美術品が置かれ、
それらのあるものは厳重に梱包され、あるものは明日にでも展示するのだろうか、磨かれ抜いて、鎮座している。
「こちらでございます」
ベラルド大臣が示した一番奥の棚の中央に、母さんのオルゴールは、あった。
思わず駆け寄りたい衝動を無理やり押さえ込む。
オルゴールは、500以上もの木片を使って表現されたバラの
見かけの華やかさこそ少ないけれど、アルタリアの腕利きの職人が作ったオルゴールは、深い音色が優しく、唯一無二の品といえる。
城から持ち出されて3年。
どの遺品よりも思い出深いオルゴールが当時のままであることに、俺は密かに胸をなでおろした。
「なるほど。慎ましさが、またいっそうの品を感じさせるオルゴールですね。これを、怪盗ロベルトが盗むと?」
「はい。でも、心配はしていません。警備は万全ですし、いざとなったら、あんなコソ泥は蜂の巣にしてやりますよ」
ベラルド大臣が、ジャケットの腰をポンポンと得意げに叩いた。隠された部分には拳銃が吊られているのだろう。
大臣にとっては、次の盗みを許せば、自らの指示で奪った王妃の宝飾品50点すべてを失うことになる。
怪盗ロベルトは、憎んでも憎みきれない相手であり、引き金を引くにためらう理由はない。
彼の本気の銃弾が、俺の身体を貫くのが先か、俺がオルゴールをかかえ、逃げ切るのが先か。
決戦はハロウィン・ナイト。
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。
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