決戦はハロウィン・ナイト/Robert・Button
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「ベラルド大臣のもとに、怪盗ロベルトから予告状が届いたそうです」
アルが一枚の紙を、俺の執務机に滑らせるようにして差し出した。
“10月31日、ハロウィンナイト午前2時、ベラルド記念美術館に『王妃のオルゴール』をいただきに参ります。怪盗ロベルト”
俺は文章にさらっと目を通してから「わかった」とうなずき、Princessは淡々と傍らのソファで読書を続けていた。
俺たちの落ち着きとは対極に、アルは、握った拳を振るわせる。
「なんとしても……なんとしても、次こそ、必ずや怪盗ロベルトを捕まえてみせます。
自ら怪盗ロベルトの逮捕を望んで、国家警察
不覚以上のなんでもありません」
俺は、怪盗ロベルトの……正確には俺の予告状を、うちわ代わりにアルに向かってひらひらとあおいで、興奮気味の彼をなだめた。
「そんなにリキいれなくてもいいんじゃないの、アル。
怪盗ロベルトは、王妃の遺品しか盗まない、誰も傷つけないってことで、世の中的には義賊の扱いでしょ。実際、盗んだものは城に送ってくれるんだし。俺としては助かっちゃてるよ?」
「ロベルト様、何をおっしゃっているのです!」
のんきな俺の答えに、アルは、両手を勢いよく執務机についた。
今日のアルは迫力満点だ。
この間、俺をあと一歩のところで逃がしたことがよほど悔しいらしい。
「あの者は、貴方様の名前をかたって盗みを働いているのですよ?
しかも、仲間の女はPrincessと名乗っているとか。
次期国王夫妻の名前がコソ泥なんかに
「コソ泥って……そんなにひどいかなあ、けっこう華麗にキメてるつもりなんだけどなあ」
ぼそっと言ったところで、テンションMAXのアルには聞こえていない。
アルは身を乗り出すようにして、さらに俺に訴えた。
「それに、いちいちヘタクソな字で予告状を出すなんて。あの男、恥というものを知らない」
うっ……
俺は心の中で言葉に詰まった。
だけどまだなんとか、気持ちは立て直せた。
負けじと言い返す。
「字はさ、左手で書けばああなるよ。筆跡鑑定されないためなんだよ、きっと。
予告状のことだって、ほら、いちおう、あらかじめ言っといたほうがいいと思ってるんじゃないの。もしかしたら盗まれる前に、返してくれるかもしれないから」
俺の言葉をまるで怪盗ロベルトからのもののように扱って、アルはフンと鼻を鳴らした。
「どうでしょうか。
私にはただの目立ちたがり屋にしか思えませんが。一番気に食わないのはあのベタ過ぎる怪盗きどりの格好です。
黒いシルクハット、黒で、裏が真っ赤のマント、赤いスカーフ、きわめつけは、役にもたたない片めがねときたものです。
機動性を考えたらあのセレクトは真っ先に“なし”でしょう。
おちゃらけているか、相当オツムが弱いとしか思えませんね」
人差し指で自らのこめかみをトントンと叩くアルに、俺はついに返す言葉がない。
ひどい言われようだ。
本を読んでいるはずのPrincessの肩が、細かく震えている。
ちょっと、Princess。
笑っていないで助けてよ。
「とにかく」とアルはぴりっと姿勢を正した。
「怪盗ロベルトを捕らえるチャンスは、おそらくあと一回です。
王妃様の50点目のコレクションがそろえば、ロベルトは盗みから足を洗う可能性が高い。
私は、なんとしてもヤツを生け捕りにして、素顔を見、声を聞き、王妃様の遺品にこだわった理由を聞きたいのです。
ベラルド大臣は、オルゴールは自らのもの、オルゴールを守るためであれば、怪盗の射殺もいとわないと言っています。
でも、ロベルトを殺されるのは私の本意ではありません」
大臣ベラルドが、今までとは違い一筋縄ではいかない相手だろうということはすでに承知していた。
穏やかでない話に、Princessが本から視線を上げて不安げに俺を見ている。
おそらく、母さんのコレクションを盗むように裏で指示を出していたのは……彼だ。
思い返せば、3年前。
あれはちょうど、Princessと結婚して数か月が過ぎたころだった。
城に保管してあった母さんの宝飾品50点が盗まれた。
普通の貴族であっても1000点、2000点の貴金属は当たり前みたいに持っているから、王妃の地位にまである母さんがいかに質素にしていたかってことは、母さんに近い人間は知っていたはずだ。
でも、数は少ないとはいえ、どの品も品質は最高だった。
それこそ、一度目にしてしまえば、きらめきや鮮やかさを二度とまぶたの裏から消せないくらいに。
実際俺も幼いころ、母さんの膝でひとつひとつの思い出話を聞きながら見た記憶が、昨日のように鮮明だった。
ところが、遺品となった宝は、母さんの側近だったメイドが窃盗団を手引きしたせいで根こそぎ失われた。
もちろん、捜査は進んだけれど、相手もなかなか尻尾を出さなかった。
城の警備の詳細を知らせ、窃盗団を招きいれたメイドは数週間後に川に浮かび、ようやく遺品のありかにたどり着いても、所有者たちは「王妃の品物と似ているだけのもの」と言ってシラをきった。
みな、ベラルド派の貴族だった。
彼らが、俺を快く思っていないことはわかっていた。
アルタリアには、王子が26歳までに結婚しなければ、王位継承権は王家の別の人間に移るという法律がある。
まさに俺が滑り込みセーフで、生涯愛しぬける女性に出会って結婚したせいで、ベラルド大臣たちが次の王にと推していた者の継承権は繰り上がりのチャンスをなくした。
彼らにしてみれば、手に出来たはずの莫大な富と権力を失ったことになる。
ならば、少しでも財産になりそうなものを王家から奪ってしまおうとしたのだろう。
母さんのコレクションは、数は少ないものの価値は高く、しかも、あくまで私物で公開はされていなかったから、展示しようが売り飛ばそうが、盗品とは気づかれにくい。
さらに、母さんの遺品がゆえに、父さんと俺へのダメージも深くなる。
嫌がらせの要素だって含んでいるに違いない。
ベラルド大臣が考えそうなことだった。
俺は焦った。
決定的な証拠がないまま、母さんの思い出の品が散りぢりになるのを黙ってみているしかないのか。
地金が溶かされ、宝石が加工でもされようなものなら、遺品は永久に失われる。
母さん亡きあとも、俺の胸を温め続けた、宝以上に宝の品々が消滅する。
50点の品のありかは、おおよそわかっていた。
俺に迷いはなかった。
……盗みかえすしか、ない。
「ロベルト様。こんなときではございますが、本日のベラルド大臣の美術館への視察は予定通りでよろしいですか」
アルが、胸から出した手帳をパラパラとめくりながら言った。
「うん。王族が建てた新しい美術館は必ず視察してきたからね。
ベラルド大臣も、今は怪盗ロベルト対策で忙しいだろうけど……先方がかまわないというなら、予定通りにして」
「承知いたしました」
「……ねえ、アル。その傷、まだ痛む?」
静かに腰を折ったアルの手首に包帯がのぞいていることに気付いた俺は尋ねた。
俺がザニーニ邸から逃げるときに、アルに噛み付いてできた傷だ。
アルは「ああ、ここですか」とシャツの袖を引いて包帯を隠し、俺の気遣いにさらに気遣いを重ねる仕草をみせる。
「だいぶいいですよ。どうも、怪盗ロベルトは手加減をして噛み付いたらしいです。深い傷ではありません。それに……」
アルは、言葉を区切って、クスッと笑いを漏らした。
シャツの上から指で包帯をなぞるアルの横顔は、穏やかだ。
「なかなか良い歯並びです。案外、育ちがいいのかもしれませんね」
アル……
俺は視線を伏せた。
ごめんと、一言、言えないことがつらかった。
アルは、もう一度お辞儀をしてから、美術館行きの準備ができたらまた連絡しますと告げて扉に向かい、ドアノブに手を置いたまま再び振り向いた。
一転して、アルの顔つきが厳しい。
「そうでした。ザニーニ伯爵ですが、取調べをすることになりました。
ブローチは、ある者から王妃様のブローチだと言われて預かったと言っています。
黒幕はおそらく……いや、まだやめておきましょう」
アルがきゅっと口を引き結んだ。
これまで、取り戻した母さんの品について尋ねた貴族たちもみな、最後には「ある者から預かった」とだけ言って、それ以上の追及は拒んだ。
その名を吐けば、貴族としての地位はおろか、命すら危ういからだろう。
やはり、遺品を盗めと直接指示した大元にたどりつき、事件の真相を解明するしかなさそうだ。