決戦はハロウィン・ナイト/Robert・Button
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不思議なくらいに音がない夜だった。
自分の心臓の鼓動だけが身体 の中で反響して、内側から耳に響いてくる。
今夜のザニーニ伯爵の館は、館自身がその呼吸を抑えているかのような静けさを保っていた。
妙だな……
予告状は確かに届いているはずだ。
いつもなら、仁王立ちのアルを頂点に三角形に陣取った警官隊が、屋敷なり美術館なりに待機しているのに、今日はそもそも、主 肝心なアルの姿が見えなかった。
俺よりも何十倍も根気強くて、用意周到で、生真面目なアルが、まさか俺の逮捕をあきらめたとは思えない。
今夜はきっと、これまでとは違う何かがある。
館の地下の保管庫までたどり着いた俺は、扉の指紋認証装置にポケットから取り出した人工指をかざした。
ザニーニ伯爵がパーティーで使ったグラスの残留指紋をゼラチンに写し取って作った、複製の指だ。
小さな電子音がしたのち、カチャッと扉の開く音がする。
……ん? あいた?
普通なら指紋認証と暗証番号が組み合わされてドアの開閉に使われるのに、この扉は番号の設定が解除されている。
スムーズすぎて、ますます怪しい。
俺は腕時計に口を近づけた。
腕時計は、小型の通信機になっている。
「こちらロベルト。指紋だけでドアが開いた。例の番号は要らないみたい」
「えっ、そうなの? 変だね。気をつけて」
「了解」
イヤホンからの声の主 は、俺の“仕事”の相棒でもあり、この国のプリンセスでもあり、何より俺の最愛の女性……Princessだ。
彼女もまた、なんの障害もない今夜の様子をいぶかしんでいる声音だった。
俺は、あいた扉の先に慎重に歩を進めた。
暗めの部屋は、だだっ広く、大理石の床の中央にたった一つの展示台が立つ。
ターゲットを探す手間は必要なかった。
それどころか、品物を覆うケースすらない始末だった。
まるで、盗んでくれとでもいうみたいな扱いに俺はさらに警戒しながら、今夜のターゲット……母さんのブローチに手を伸ばし、懐へと収めた。
そのときだった。
「覚悟だ、ロベルトォォォ!」
叫び声とともに何かをブチ破った音が響いて、俺は頭上からの衝撃を受け、床に打ち付けられた。
なんと、天井からアルが降ってきたのだ。
アルは、ブローチの真上の天井に細工をして身をひそめ、俺を待ち構えていた。
警備の手薄さも、この一瞬に賭 けたものだというのなら合点がいった。
これまで俺は、アルが仕掛けるありとあらゆるワナをかいくぐってきた。
それこそ、48回も、だ。
ワナのほとんどがアルが得意とする“メカもの”だったのだけれど、俺を甘くみてもらっちゃあ困る。
なにしろ俺は、アルが執事になってから何年も、何年も、アルお手製の機械に追いかけられている。
どうすれば、追尾の手から逃れられるか、なんて、俺にとっては朝飯前だった。
でも、今回はさすがに意表を突かれた。
49回目の仕掛けは、アルらしからぬ、なんとも原始的な方法。
落ちて来たアルは、俺の肩にがっしりとつかまって、振りほどこうとする俺ともみ合いになった。
「観念しなさい、怪盗ロベルト!盗人 のくせに、我が主 の名を名乗った罪は重い!」
おおっ! なんという忠誠心。さすがアル。
なんて、今は感心してる場合じゃなかった。
思わず口に出して褒めちゃいそうになって、俺はぎゅっと唇を噛む。
間違いなくバレるから、何があろうと、俺はアルに声だけは聞かせたことがない。
アルは、本気の執念をみせている。
俺たちは、上になり、下になり、床を転がりまわってはお互いを組み伏せようと格闘した。
「明かりをつけろ! 捕まえたぞ!」
アルの腕が首に絡まって、まさに、俺の意識が朦朧 としてきた瞬間。
ごめん、アルっ!
俺は、ガブリとアルの手首に噛み付いた。
「ああああ!!」
アルが叫んでひるんだその隙に、俺は腕をするりと抜け、外へと続く非常階段に向かって駆け出した。
今のうちに逃げ切らないと、警官たちが怒涛の勢いでやってくる。
ところが、やっと逃げた庭には、何頭ものドーベルマンが待ち構えていた。
彼らは獲物を見つけるやいなや、唸り声をあげて地を蹴った。
一難去って、また一難。
アルに首を締め付けられて酸素不足の俺の脳だというのに、俊足の犬たちが、容赦なく俺に向かって突進してくる。
足が絡まって、上手く走れない。
はやく、はやく。
だけど、目の前には有刺鉄線が張られた高い壁。
「Princessっ、東の塀に車をつけて! 急いで!」
腕時計に向かって言うと同時に、俺は背負っていたロケットブースターのスイッチを押した。
ブォンと体が宙に浮いて、軽々と高い塀を越え……たと思ったら、失速した。
堕ちる身体。
ああ、まただよ。
俺もメカにはずいぶん強くなったはずだけど、詰めの甘さが災いして肝心なところでいっつも故障するんだ。
壁沿いに落ちて、路上に叩きつけられると思ったその刹那、俺は急ブレーキをかけた車の助手席にストンとおさまった。
「キャーッチ! 間に合ってよかった。大丈夫? ロベルト」
「Princess~! 危なかったよ~」
ナイスなタイミングで駆けつけたPrincessの車に拾われて、俺はホッと胸をなでおろした。
“怪盗ロベルト、塀から落ちて病院搬送”って情けない記事が新聞の一面を飾ることは、なんとか避けられたみたいだ。
車は、闇夜を疾走しながらオープンだった屋根を閉じた。
ザニーニ伯爵の館はぐんぐんと遠ざかり、悔しがる犬たちの遠吠えが聞こえる。
「それで、王妃様のブローチは?」
アウトストラーダ・デルソーレを走る車のアクセルをさらに踏み込んで、Princessが横目で俺を見た。
「ほら、このとおり。返してもらったよ。このブローチ、父さんが母さんにはじめて贈ったプレゼントだって聞いたことがある」
俺は、胸の内ポケットから取り出したブローチを月の光にかざした。
手のひらにおさまる大きめのゴールドの台に、鮮やかなレッドコーラルのカメオ。
モチーフは今でも人気の高いエンジェルだ。
ナポリ湾で採れるレッドコーラルは品質がよく、古くからアルタリア国内で愛され続けている海の宝石だった。
特に若い女性の舞踏会用の白いドレスによく映えるといわれているから、愛する女性へのファーストプレゼントとしてはぴったりのものだったに違いない。
「これで49個。あとひとつで……全部だ」
ひとり言をつぶやいて、俺は、母さんのカメオを握り締めた。
裏切りにあって散逸した母さんの遺品、50点。
それを取り戻すために、3年前、俺はある決意をした。
昼はアルタリア王国の王子、そして、真夜中は――
自分の心臓の鼓動だけが
今夜のザニーニ伯爵の館は、館自身がその呼吸を抑えているかのような静けさを保っていた。
妙だな……
予告状は確かに届いているはずだ。
いつもなら、仁王立ちのアルを頂点に三角形に陣取った警官隊が、屋敷なり美術館なりに待機しているのに、今日はそもそも、
俺よりも何十倍も根気強くて、用意周到で、生真面目なアルが、まさか俺の逮捕をあきらめたとは思えない。
今夜はきっと、これまでとは違う何かがある。
館の地下の保管庫までたどり着いた俺は、扉の指紋認証装置にポケットから取り出した人工指をかざした。
ザニーニ伯爵がパーティーで使ったグラスの残留指紋をゼラチンに写し取って作った、複製の指だ。
小さな電子音がしたのち、カチャッと扉の開く音がする。
……ん? あいた?
普通なら指紋認証と暗証番号が組み合わされてドアの開閉に使われるのに、この扉は番号の設定が解除されている。
スムーズすぎて、ますます怪しい。
俺は腕時計に口を近づけた。
腕時計は、小型の通信機になっている。
「こちらロベルト。指紋だけでドアが開いた。例の番号は要らないみたい」
「えっ、そうなの? 変だね。気をつけて」
「了解」
イヤホンからの声の
彼女もまた、なんの障害もない今夜の様子をいぶかしんでいる声音だった。
俺は、あいた扉の先に慎重に歩を進めた。
暗めの部屋は、だだっ広く、大理石の床の中央にたった一つの展示台が立つ。
ターゲットを探す手間は必要なかった。
それどころか、品物を覆うケースすらない始末だった。
まるで、盗んでくれとでもいうみたいな扱いに俺はさらに警戒しながら、今夜のターゲット……母さんのブローチに手を伸ばし、懐へと収めた。
そのときだった。
「覚悟だ、ロベルトォォォ!」
叫び声とともに何かをブチ破った音が響いて、俺は頭上からの衝撃を受け、床に打ち付けられた。
なんと、天井からアルが降ってきたのだ。
アルは、ブローチの真上の天井に細工をして身をひそめ、俺を待ち構えていた。
警備の手薄さも、この一瞬に
これまで俺は、アルが仕掛けるありとあらゆるワナをかいくぐってきた。
それこそ、48回も、だ。
ワナのほとんどがアルが得意とする“メカもの”だったのだけれど、俺を甘くみてもらっちゃあ困る。
なにしろ俺は、アルが執事になってから何年も、何年も、アルお手製の機械に追いかけられている。
どうすれば、追尾の手から逃れられるか、なんて、俺にとっては朝飯前だった。
でも、今回はさすがに意表を突かれた。
49回目の仕掛けは、アルらしからぬ、なんとも原始的な方法。
落ちて来たアルは、俺の肩にがっしりとつかまって、振りほどこうとする俺ともみ合いになった。
「観念しなさい、怪盗ロベルト!
おおっ! なんという忠誠心。さすがアル。
なんて、今は感心してる場合じゃなかった。
思わず口に出して褒めちゃいそうになって、俺はぎゅっと唇を噛む。
間違いなくバレるから、何があろうと、俺はアルに声だけは聞かせたことがない。
アルは、本気の執念をみせている。
俺たちは、上になり、下になり、床を転がりまわってはお互いを組み伏せようと格闘した。
「明かりをつけろ! 捕まえたぞ!」
アルの腕が首に絡まって、まさに、俺の意識が
ごめん、アルっ!
俺は、ガブリとアルの手首に噛み付いた。
「ああああ!!」
アルが叫んでひるんだその隙に、俺は腕をするりと抜け、外へと続く非常階段に向かって駆け出した。
今のうちに逃げ切らないと、警官たちが怒涛の勢いでやってくる。
ところが、やっと逃げた庭には、何頭ものドーベルマンが待ち構えていた。
彼らは獲物を見つけるやいなや、唸り声をあげて地を蹴った。
一難去って、また一難。
アルに首を締め付けられて酸素不足の俺の脳だというのに、俊足の犬たちが、容赦なく俺に向かって突進してくる。
足が絡まって、上手く走れない。
はやく、はやく。
だけど、目の前には有刺鉄線が張られた高い壁。
「Princessっ、東の塀に車をつけて! 急いで!」
腕時計に向かって言うと同時に、俺は背負っていたロケットブースターのスイッチを押した。
ブォンと体が宙に浮いて、軽々と高い塀を越え……たと思ったら、失速した。
堕ちる身体。
ああ、まただよ。
俺もメカにはずいぶん強くなったはずだけど、詰めの甘さが災いして肝心なところでいっつも故障するんだ。
壁沿いに落ちて、路上に叩きつけられると思ったその刹那、俺は急ブレーキをかけた車の助手席にストンとおさまった。
「キャーッチ! 間に合ってよかった。大丈夫? ロベルト」
「Princess~! 危なかったよ~」
ナイスなタイミングで駆けつけたPrincessの車に拾われて、俺はホッと胸をなでおろした。
“怪盗ロベルト、塀から落ちて病院搬送”って情けない記事が新聞の一面を飾ることは、なんとか避けられたみたいだ。
車は、闇夜を疾走しながらオープンだった屋根を閉じた。
ザニーニ伯爵の館はぐんぐんと遠ざかり、悔しがる犬たちの遠吠えが聞こえる。
「それで、王妃様のブローチは?」
アウトストラーダ・デルソーレを走る車のアクセルをさらに踏み込んで、Princessが横目で俺を見た。
「ほら、このとおり。返してもらったよ。このブローチ、父さんが母さんにはじめて贈ったプレゼントだって聞いたことがある」
俺は、胸の内ポケットから取り出したブローチを月の光にかざした。
手のひらにおさまる大きめのゴールドの台に、鮮やかなレッドコーラルのカメオ。
モチーフは今でも人気の高いエンジェルだ。
ナポリ湾で採れるレッドコーラルは品質がよく、古くからアルタリア国内で愛され続けている海の宝石だった。
特に若い女性の舞踏会用の白いドレスによく映えるといわれているから、愛する女性へのファーストプレゼントとしてはぴったりのものだったに違いない。
「これで49個。あとひとつで……全部だ」
ひとり言をつぶやいて、俺は、母さんのカメオを握り締めた。
裏切りにあって散逸した母さんの遺品、50点。
それを取り戻すために、3年前、俺はある決意をした。
昼はアルタリア王国の王子、そして、真夜中は――
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