ココロ・コネクト/Joshua・Lieben
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「当社の恋愛型ヒューマノイドにはご満足いただけたでしょうか」
スーツに身を包んだ、どこぞの会社の男が、両手をもんでペコペコと頭を下げた。
俺は無言だった。
満足とか不満足とか、俺にとってはこれほど不適切な言い方はなく、答えようもなかった。
男は、細長いケースを寝室の床に置いて、二箇所のロックを手早くあける。
俺が不機嫌に見えたのか、男は、俺のもとから少しでも早く退散したそうで落ち着かない。
「ヒューマノイド3号を回収いたしますので」と足早にベッドに近づく男を、俺は片手で制した。
「待て。Princessは俺が車まで運ぶ。その箱には入れるな」
男が携えてきた等身大のケースは、黒く、まるで棺 を思わせた。
こんなものの中に彼女を入れるな。
Princessはただ、次の出会いのときまで眠っているだけなのだから。
俺がPrincessを抱き上げると、男は首をかしげた。
「貴方さまもですか」
いえ、実は、とためらいをみせたあと、男は続ける。
「そのヒューマイド3号は、製造されてはじめての貸し出し以来、このケースに入れられて当社に戻ったことがありません。
みなさん、箱に入れるなとおっしゃって、お客様ご自身が直接、車まで運ぶのです」
男の話では、同型のヒューマノイドは他にも5体あり、顔以外の作りはほぼ一緒なのだが、Princessだけが借り主から特に別れを惜しまれ、しばしば買取の依頼があるという。
首をしきりにかしげる男に対して、俺は、その話になんの疑問ももたなかった。
「コイツは誠実だからな……だれからも好かれるのだろう」
俺の腕に抱かれ、胸に顔をうずめるPrincessの寝顔を見つめる。
「……」
Princessは、自らをただの機械だと言った。
だがPrincessは人として生きることを願ううちに、人よりも人らしくなったのだと俺は思う。
「Princess……お前の願いはとっくに叶っているぞ?」
車は、城の中でも一番小さな出入り口につけられていた。
早朝の城はまだ限られた使用人しか行き来していない。
誰にも知られないためにはやむを得ないとはいえ、
あれほど城の人間に好かれ、まさしく城の華だったPrincessが城を去るには、あまりにも寂しい場所と時間だった。
ジャンが、車の後部座席のドアをあける。
俺はPrincessをそっと座席に座らせ、くたりとなった両手をとって、絵本『PINOCCHIO』を握らせた。
「お気に入りの本だろう? 持っていけ」
俺はPrincessの薄紅の頬をなでた。
愛したPrincessは、次に彼女を求める、誰かのために眠り続ける。
車のドアを閉める乾いた音が、俺たちの日々の終わりだった。
「彼女に、涙を流させてやってほしい。できるか?」
傍らに控える男に尋ねた。
「そうですね。喜びや悲しみ、楽しさのレベルが一定以上になったときに流れるようにはできるかと」
「では、すぐにそのようにしてくれ」
男がうなずいて深く腰を折る。
涙はPrincessのために与えられる、最初で最後の贈り物だった。
Princessを乗せた車は、ゆるやかに速度をあげて、街に向かう一本道を遠ざかる。
俺が愛した、俺を愛したPrincessは去る。
Princess……幸せに……
だんだんと力強く照りだした夏の日差しの中、俺は、車が消えてもなおPrincessのおもかげを追って、立ち尽くしていた。
Princessのいない季節をいくつ越えただろう。
今年もまた、Princessと出会った初夏を迎えた。
エアコンをいれるよりは緑を含む風のほうが心地よく、車の窓はほんの数センチ開いている。
ジャンが運転する公用車は、交差点の黄色を確認すると停止線でぴたりと止まった。
窓の外を眺めながら、城に戻った後の公務の段取りを考えていると、ふと聞き覚えのある声がした気がして歩道に顔を向けた。
「ああ、おもしろい! 冗談ばっかり。笑いすぎて涙がでちゃう」
「Princessは、喜んで泣いて、感動して泣いて、笑って泣いて、ホント忙しいよな」
吸った息が戻ってこない。
……見まがうはずもなかった。
見知らぬ男に甘えるように腕を組み、笑顔で目をこすりながら歩いているのは――Princessだ。
「おいおい、この道って……またオニギリショップ?」
「うん! なぜかわからないんだけど、オニギリ大好きなの。すっごく優しい味がするんだもん」
「そうか。きっとお前にとっていい思い出があるんだろうな」
「かもしれない。ね、早く行こっ」
Princessは男の腕を引いて、跳ねるように人の波に消える。
「……」
記憶は、強く印象に残った部分だけ残ることがあるのだとPrincessは言った。
「……俺との思い出は、オニギリ……か?」
ふっと、苦笑いが漏れる。
まあ、いい。それがお前に残った、俺のカケラだ。
優しく、お前を温めるものであるならば……
「ジョシュア様? いかがなさいました? 車を停めましょうか」
いつの間にか、俺の視線を追っていたジャンが言った。
「いや、かまわない。出してくれ」
俺はシートの背にもたれて、きつく目を閉じた。
Princessの記憶に、俺はもういない。
でもきっと俺たちは、記憶の奥底でココロを繋げている。
頬を伝う、Princessの笑顔の涙が思い出された。
明るい光を受けて、Princessの涙はきらきらと輝いていた。
……お前の涙……美しかったぞ。
Princessは、笑い、泣き、人と同じ感情をいだきながら、永遠の時を生きていく。
Princessに、幸、多かれ。
俺はウィンドーボタンに指を延ばして、もう数センチガラスを下げた。
躍りこむ風が、緑に薫る。
アウトバーンにのった車は速度を増して、夏に近い空の下をすべるように駆けた。
スーツに身を包んだ、どこぞの会社の男が、両手をもんでペコペコと頭を下げた。
俺は無言だった。
満足とか不満足とか、俺にとってはこれほど不適切な言い方はなく、答えようもなかった。
男は、細長いケースを寝室の床に置いて、二箇所のロックを手早くあける。
俺が不機嫌に見えたのか、男は、俺のもとから少しでも早く退散したそうで落ち着かない。
「ヒューマノイド3号を回収いたしますので」と足早にベッドに近づく男を、俺は片手で制した。
「待て。Princessは俺が車まで運ぶ。その箱には入れるな」
男が携えてきた等身大のケースは、黒く、まるで
こんなものの中に彼女を入れるな。
Princessはただ、次の出会いのときまで眠っているだけなのだから。
俺がPrincessを抱き上げると、男は首をかしげた。
「貴方さまもですか」
いえ、実は、とためらいをみせたあと、男は続ける。
「そのヒューマイド3号は、製造されてはじめての貸し出し以来、このケースに入れられて当社に戻ったことがありません。
みなさん、箱に入れるなとおっしゃって、お客様ご自身が直接、車まで運ぶのです」
男の話では、同型のヒューマノイドは他にも5体あり、顔以外の作りはほぼ一緒なのだが、Princessだけが借り主から特に別れを惜しまれ、しばしば買取の依頼があるという。
首をしきりにかしげる男に対して、俺は、その話になんの疑問ももたなかった。
「コイツは誠実だからな……だれからも好かれるのだろう」
俺の腕に抱かれ、胸に顔をうずめるPrincessの寝顔を見つめる。
「……」
Princessは、自らをただの機械だと言った。
だがPrincessは人として生きることを願ううちに、人よりも人らしくなったのだと俺は思う。
「Princess……お前の願いはとっくに叶っているぞ?」
車は、城の中でも一番小さな出入り口につけられていた。
早朝の城はまだ限られた使用人しか行き来していない。
誰にも知られないためにはやむを得ないとはいえ、
あれほど城の人間に好かれ、まさしく城の華だったPrincessが城を去るには、あまりにも寂しい場所と時間だった。
ジャンが、車の後部座席のドアをあける。
俺はPrincessをそっと座席に座らせ、くたりとなった両手をとって、絵本『PINOCCHIO』を握らせた。
「お気に入りの本だろう? 持っていけ」
俺はPrincessの薄紅の頬をなでた。
愛したPrincessは、次に彼女を求める、誰かのために眠り続ける。
車のドアを閉める乾いた音が、俺たちの日々の終わりだった。
「彼女に、涙を流させてやってほしい。できるか?」
傍らに控える男に尋ねた。
「そうですね。喜びや悲しみ、楽しさのレベルが一定以上になったときに流れるようにはできるかと」
「では、すぐにそのようにしてくれ」
男がうなずいて深く腰を折る。
涙はPrincessのために与えられる、最初で最後の贈り物だった。
Princessを乗せた車は、ゆるやかに速度をあげて、街に向かう一本道を遠ざかる。
俺が愛した、俺を愛したPrincessは去る。
Princess……幸せに……
だんだんと力強く照りだした夏の日差しの中、俺は、車が消えてもなおPrincessのおもかげを追って、立ち尽くしていた。
Princessのいない季節をいくつ越えただろう。
今年もまた、Princessと出会った初夏を迎えた。
エアコンをいれるよりは緑を含む風のほうが心地よく、車の窓はほんの数センチ開いている。
ジャンが運転する公用車は、交差点の黄色を確認すると停止線でぴたりと止まった。
窓の外を眺めながら、城に戻った後の公務の段取りを考えていると、ふと聞き覚えのある声がした気がして歩道に顔を向けた。
「ああ、おもしろい! 冗談ばっかり。笑いすぎて涙がでちゃう」
「Princessは、喜んで泣いて、感動して泣いて、笑って泣いて、ホント忙しいよな」
吸った息が戻ってこない。
……見まがうはずもなかった。
見知らぬ男に甘えるように腕を組み、笑顔で目をこすりながら歩いているのは――Princessだ。
「おいおい、この道って……またオニギリショップ?」
「うん! なぜかわからないんだけど、オニギリ大好きなの。すっごく優しい味がするんだもん」
「そうか。きっとお前にとっていい思い出があるんだろうな」
「かもしれない。ね、早く行こっ」
Princessは男の腕を引いて、跳ねるように人の波に消える。
「……」
記憶は、強く印象に残った部分だけ残ることがあるのだとPrincessは言った。
「……俺との思い出は、オニギリ……か?」
ふっと、苦笑いが漏れる。
まあ、いい。それがお前に残った、俺のカケラだ。
優しく、お前を温めるものであるならば……
「ジョシュア様? いかがなさいました? 車を停めましょうか」
いつの間にか、俺の視線を追っていたジャンが言った。
「いや、かまわない。出してくれ」
俺はシートの背にもたれて、きつく目を閉じた。
Princessの記憶に、俺はもういない。
でもきっと俺たちは、記憶の奥底でココロを繋げている。
頬を伝う、Princessの笑顔の涙が思い出された。
明るい光を受けて、Princessの涙はきらきらと輝いていた。
……お前の涙……美しかったぞ。
Princessは、笑い、泣き、人と同じ感情をいだきながら、永遠の時を生きていく。
Princessに、幸、多かれ。
俺はウィンドーボタンに指を延ばして、もう数センチガラスを下げた。
躍りこむ風が、緑に薫る。
アウトバーンにのった車は速度を増して、夏に近い空の下をすべるように駆けた。
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