ココロ・コネクト/Joshua・Lieben
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ジャンによれば、Princessには自己修復機能があって、しばらく眠らせれば数日で回路がつながり、目覚めるとのことだった。
回復の具合は故障の程度によるそうだから、いまだに眠り続けているところをみるとかなりの損傷のようだ。
今夜、23時59分にPrincessと俺の日々は終止符を打つ。
このまま一言も交わさないままPrincessとの別れを迎えるのではないかと思うと、焦りは熱をもって俺の胸を乱した。
こんなことになるなら、もっと早く想いをPrincessに告げるべきだった。
どんなに帝王学を極めようが、伝えるべき人間に伝えることをしなかった俺は、愚かといわざるをえない。
……目を開けてくれ。
ほんの1分だけでもいい。
愛していると――
抱きしめて、お前に告げる時間が欲しい。
にわか雨のはずだったあの日から降り続いた雨は止んで、窓越しに見上げた空には、洗われたみたいに澄んだ月がのぼっていた。
夜は音もなく更け、あと2時間足らずで日付けは変わる。
ふと、寝室の扉が小さく叩かれたように感じた。
願うあまりの幻聴か思いつつ、ドアに顔を向ける。
再びなされた控えめなノックは確かに聞こえる。
ゆっくりとドアのレバーが下りて、わずかにあいた隙間からPrincessが顔をのぞかせた。
「ジョシュア様……」
「Princessっ!」
扉に駆け寄った。Princessの腰を引いて、一気に彼女の身体を胸に収める。
「すまなかった。俺のために」
「いいんです。ジョシュア様にお怪我がなかっただけで、私……」
Princessが首を振った。
俺のために、狂った刃を背で受けるPrincessの姿が脳裏に焼きついている。
「愛する人間が傷つくのは、俺自身が傷つくのと同じことだ。お前が傷つくくらいなら、俺が刺されればよかった」
俺はPrincessを抱きしめる腕の力を強めた。
「ジョシュア様、私も同じ気持ちです。ジョシュア様が傷つくなら、私が壊れたほうがいいと……でも、本当によかった。ジョシュア様に怪我がなくて」
俺の胸を押してPrincessは俺を見上げた。
その黒い瞳が、ふと、テーブルの上の本をとらえて驚きに見開かれる。
彼女は俺の腕を抜け出ると、絵本をとって、両手で抱えた。
街で買った『PINOCCHIO』は、雨を含んだまま乾いたせいで、表紙が少し波うっている。
「これ……よかった……持ってきてくださったんですね、私の恥ずかしい本」
Princessは小さく笑った。
「ピノキオは、はじめはただの操り人形だったのに、最後は本当に人間の子どもになれるんですよね。
うらやましくて、うらやましくて……私にもこんな奇跡がおこればいいのにって。
笑っちゃいますよね。変ですよね。そんなのありっこないのに。こんな妄想をしていることが、私、恥ずかしくて」
「それはお前の純粋な願いなのだろう? 恥ずかしがることなどない」
Princessは、絵本をさらに強く胸に抱きしめてうつむいた。
指先が細かく震えている。
「壊してください。私を、壊してください、ジョシュア様」
切羽詰まった声音の彼女は、俺との間合いを詰めた。
「何を言う、Princess」
彼女は、顔を上げた。悲痛なまでに歪んだ顔のこめかみを指で示すと、Princessは俺を強いまなざしで見つめてくる。
「ここに、チップがあります。いくら私が機械でも、チップを壊してしまえばもう再生はできません。だから……壊してください。契約された期間が過ぎれば記憶がゼロになって、目覚めたらまた違う人のそばにいて……永久にその繰り返し。私は、あと何回生きて、あと何回死ねばいいの?」
黒い瞳が、俺の視線の中に答えを探して切なげにゆらめいていた。
「Princess……」
たまらず俺はPrincessを抱きしめた。
「お前は、生き続けろ。俺はお前に、たくさんの幸せをもらった。まだ出会っていない、お前を求める人間のためにお前は必要な人間だ。目覚めたときに、目の前にいる存在のために、全力を尽くせ。わかったな?」
「わからないです。そんなの、わからないっ」
Princessが、俺の胸を拳でたたく。
「忘れるのがつらいんです。怖いんです。ジョシュア様をこんなにも愛した気持ちを覚えていたいのに、それすらもできないなんて……」
「お前が忘れても、俺は覚えている。お前の分まで、覚えている。忘れない。決して。お前は俺の中で、永遠に生き続ける。……俺が愛した女として」
「ジョシュア様……」
俺は、無言でPrincessを横抱きにかかえあげるとベッドに静かに横たえた。
照明を消せば、月あかりが部屋を鮮やかに満たす。
「愛してる……Princess」
「私も……ジョシュア様を愛しています」
別れのときが迫っていた。
俺たちは、幾度となく唇を求め合った。
呼吸のために、ほんの数ミリ唇が離れることすらもどかしかった。
この先の一秒が、一年の長さだったらどんなにいいだろう。
お互いをきつく抱きしめあってベッドを転がり、キスを交わし、俺たちは純白のシーツを乱した。
「泣きたい……ジョシュア様が好きで、好きで、こんなに胸が苦しいのに、私は涙でそれを伝えることができません」
俺は、Princessの頬に、親指をそっと沿わせた。
「俺には、お前の涙が見えるぞ」
Princessへのなぐさめなどではなかった。
俺には本当に、Princessの涙が見えた。
俺を想って流すPrincessの涙は、俺の知るどんな宝石よりもきらめいている。
Princessは、俺の首に両の腕をからませた。
「抱きしめていて。放さないで、ジョシュア様。せめて次に目覚めるまでは、ジョシュア様と、人間になった私で……ずっと一緒にいられる夢をみていたい」
夜は、なめらかに藍の色を深めて更ける。
俺はいだくPrincessの肩越しに、窓に浮かぶ月を見つめた。
あの月に祈れば、絵本の結末のように、妖精がPrincessに人間になれる魔法をかけるのだろうか。
Princessを抱きしめる腕を強めた。
……頼む。Princessを人間にしてくれ。他には、なにも望まない。
そのとき、遠く、街の教会の鐘が午前0時を告げた。
「Princess……」
俺は、耳元に唇をよせて彼女の名を呼んだ。
もしかしたら魔法がかかって、彼女が瞳をあけるのではないか。
一縷の望みをかけて、俺は彼女の名前を呼び続ける。
しかし、Princessの長いまつ毛は閉じられたままだ。
俺は深く息を吸い、そして吐いた。
たったひとつの奇跡を願った俺たちに、
たったひとつの奇跡はおきなかった。
――ジョシュアさまっ!
はじける笑顔で俺を呼ぶ、Princessの声が耳に残る。
けれどPrincessの瞳が俺のためにひらかれることは二度とない。
「Princess……ゆっくり眠れ」
俺はPrincessの頬にかかった黒髪をそっと肩に落とし、もう一度しっかり彼女を抱きしめた。
回復の具合は故障の程度によるそうだから、いまだに眠り続けているところをみるとかなりの損傷のようだ。
今夜、23時59分にPrincessと俺の日々は終止符を打つ。
このまま一言も交わさないままPrincessとの別れを迎えるのではないかと思うと、焦りは熱をもって俺の胸を乱した。
こんなことになるなら、もっと早く想いをPrincessに告げるべきだった。
どんなに帝王学を極めようが、伝えるべき人間に伝えることをしなかった俺は、愚かといわざるをえない。
……目を開けてくれ。
ほんの1分だけでもいい。
愛していると――
抱きしめて、お前に告げる時間が欲しい。
にわか雨のはずだったあの日から降り続いた雨は止んで、窓越しに見上げた空には、洗われたみたいに澄んだ月がのぼっていた。
夜は音もなく更け、あと2時間足らずで日付けは変わる。
ふと、寝室の扉が小さく叩かれたように感じた。
願うあまりの幻聴か思いつつ、ドアに顔を向ける。
再びなされた控えめなノックは確かに聞こえる。
ゆっくりとドアのレバーが下りて、わずかにあいた隙間からPrincessが顔をのぞかせた。
「ジョシュア様……」
「Princessっ!」
扉に駆け寄った。Princessの腰を引いて、一気に彼女の身体を胸に収める。
「すまなかった。俺のために」
「いいんです。ジョシュア様にお怪我がなかっただけで、私……」
Princessが首を振った。
俺のために、狂った刃を背で受けるPrincessの姿が脳裏に焼きついている。
「愛する人間が傷つくのは、俺自身が傷つくのと同じことだ。お前が傷つくくらいなら、俺が刺されればよかった」
俺はPrincessを抱きしめる腕の力を強めた。
「ジョシュア様、私も同じ気持ちです。ジョシュア様が傷つくなら、私が壊れたほうがいいと……でも、本当によかった。ジョシュア様に怪我がなくて」
俺の胸を押してPrincessは俺を見上げた。
その黒い瞳が、ふと、テーブルの上の本をとらえて驚きに見開かれる。
彼女は俺の腕を抜け出ると、絵本をとって、両手で抱えた。
街で買った『PINOCCHIO』は、雨を含んだまま乾いたせいで、表紙が少し波うっている。
「これ……よかった……持ってきてくださったんですね、私の恥ずかしい本」
Princessは小さく笑った。
「ピノキオは、はじめはただの操り人形だったのに、最後は本当に人間の子どもになれるんですよね。
うらやましくて、うらやましくて……私にもこんな奇跡がおこればいいのにって。
笑っちゃいますよね。変ですよね。そんなのありっこないのに。こんな妄想をしていることが、私、恥ずかしくて」
「それはお前の純粋な願いなのだろう? 恥ずかしがることなどない」
Princessは、絵本をさらに強く胸に抱きしめてうつむいた。
指先が細かく震えている。
「壊してください。私を、壊してください、ジョシュア様」
切羽詰まった声音の彼女は、俺との間合いを詰めた。
「何を言う、Princess」
彼女は、顔を上げた。悲痛なまでに歪んだ顔のこめかみを指で示すと、Princessは俺を強いまなざしで見つめてくる。
「ここに、チップがあります。いくら私が機械でも、チップを壊してしまえばもう再生はできません。だから……壊してください。契約された期間が過ぎれば記憶がゼロになって、目覚めたらまた違う人のそばにいて……永久にその繰り返し。私は、あと何回生きて、あと何回死ねばいいの?」
黒い瞳が、俺の視線の中に答えを探して切なげにゆらめいていた。
「Princess……」
たまらず俺はPrincessを抱きしめた。
「お前は、生き続けろ。俺はお前に、たくさんの幸せをもらった。まだ出会っていない、お前を求める人間のためにお前は必要な人間だ。目覚めたときに、目の前にいる存在のために、全力を尽くせ。わかったな?」
「わからないです。そんなの、わからないっ」
Princessが、俺の胸を拳でたたく。
「忘れるのがつらいんです。怖いんです。ジョシュア様をこんなにも愛した気持ちを覚えていたいのに、それすらもできないなんて……」
「お前が忘れても、俺は覚えている。お前の分まで、覚えている。忘れない。決して。お前は俺の中で、永遠に生き続ける。……俺が愛した女として」
「ジョシュア様……」
俺は、無言でPrincessを横抱きにかかえあげるとベッドに静かに横たえた。
照明を消せば、月あかりが部屋を鮮やかに満たす。
「愛してる……Princess」
「私も……ジョシュア様を愛しています」
別れのときが迫っていた。
俺たちは、幾度となく唇を求め合った。
呼吸のために、ほんの数ミリ唇が離れることすらもどかしかった。
この先の一秒が、一年の長さだったらどんなにいいだろう。
お互いをきつく抱きしめあってベッドを転がり、キスを交わし、俺たちは純白のシーツを乱した。
「泣きたい……ジョシュア様が好きで、好きで、こんなに胸が苦しいのに、私は涙でそれを伝えることができません」
俺は、Princessの頬に、親指をそっと沿わせた。
「俺には、お前の涙が見えるぞ」
Princessへのなぐさめなどではなかった。
俺には本当に、Princessの涙が見えた。
俺を想って流すPrincessの涙は、俺の知るどんな宝石よりもきらめいている。
Princessは、俺の首に両の腕をからませた。
「抱きしめていて。放さないで、ジョシュア様。せめて次に目覚めるまでは、ジョシュア様と、人間になった私で……ずっと一緒にいられる夢をみていたい」
夜は、なめらかに藍の色を深めて更ける。
俺はいだくPrincessの肩越しに、窓に浮かぶ月を見つめた。
あの月に祈れば、絵本の結末のように、妖精がPrincessに人間になれる魔法をかけるのだろうか。
Princessを抱きしめる腕を強めた。
……頼む。Princessを人間にしてくれ。他には、なにも望まない。
そのとき、遠く、街の教会の鐘が午前0時を告げた。
「Princess……」
俺は、耳元に唇をよせて彼女の名を呼んだ。
もしかしたら魔法がかかって、彼女が瞳をあけるのではないか。
一縷の望みをかけて、俺は彼女の名前を呼び続ける。
しかし、Princessの長いまつ毛は閉じられたままだ。
俺は深く息を吸い、そして吐いた。
たったひとつの奇跡を願った俺たちに、
たったひとつの奇跡はおきなかった。
――ジョシュアさまっ!
はじける笑顔で俺を呼ぶ、Princessの声が耳に残る。
けれどPrincessの瞳が俺のためにひらかれることは二度とない。
「Princess……ゆっくり眠れ」
俺はPrincessの頬にかかった黒髪をそっと肩に落とし、もう一度しっかり彼女を抱きしめた。