ココロ・コネクト/Joshua・Lieben
プリンセスの名前を設定できます⇒
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
女とのはじめての外出は、それから二日後のことだった。
ジャンに、女とまとめて車に押し込められた俺の今日のミッションは、できるだけ人通りの多い場所でデートをする、ということらしい。
常に旅行者でごった返すリンベル駅に近い広場にふたりで降ろされ、俺は「さて」と両腕を組んだ。
行き先のあてなど何もない。
ジャンが言うには、周りに私服の警備をつけてあるから、思う存分目立ってよいとのことだった。
恋人でない女と、正確には人工知能をもったロボットなのだが……恋人のふりをするというのはけっこう難しい。
俺は女に手のひらをさし出した。
「とりあえず、手を繋いでおくとしよう」
俺の言葉に、女は「はいっ!」と嬉しそうに応じた。
笑顔を向けられると、王妃の座を狙う女かと身構えるのがまず俺の常だった。
けれど、コイツにそんな警戒は必要ない。コイツとは3か月だけの恋人。しかも、ヒトじゃない。
しかし、思いに反して、触れた女の手のひらから伝わる体温がヒトそのもので、俺は密かに驚いた。
「案外、肌が温かいのだな」
「はい。いつも36度5分です。人間と触れることもありますから、そのあたりは気を遣って作られているみたいです」
繋いだ手を少し意識しながら、当てもなく歩を進める。
「そうか。で、どこに行きたい。お前の好みに合わせる」
「好みは、ありません」
「ない?」
女に顔を向けた。
「なにも好きなものがないのか?」
「はい。今の時点で、好みはないです。好みって記憶の蓄積でできるものですから。
私には知識はインプットされていても、記憶……つまり、思い出っていうのがないんです。リセットされれば、もうまっさらになっちゃうので」
女は肩をすくめた。
すれ違う街の人が「今の、ジョシュア様じゃないの」と振り返りはじめる。
「つらくないのか?」
俺は尋ねた。俺にとっては、自然な問いだった。
想い出は、人を温める。
記憶の底の湖は思うより深い。
一度出会った人間と二度と別れず、一度起きたことを二度と忘れず、ふとしたときにすくいとって、また眺め、また同じ感慨にひたることができるものだ。
「つらい……そうですね。つらいというより、考え始めると怖いです。
私は、時間の表面を、壊れるまでただ旅をするだけ。永久に、です。
隣にいる人はいつも違います。前の人との記憶は印象に強いところだけ少し残ってますけど、ほとんどありません。
リセットされたあとにはじめに映った人間と出会って、心を交わして、恋愛にありがちな別れまでの疑似体験をしていただくだけの機械ですから」
女は伏目がちに、彼女のつま先を見つめて歩いた。
投げやりな言葉のわりには、俺には、彼女自身が機械であることを納得しているようには思えなかった。
「感情はあるのだろう?」
「ええ、あります。人間独自のものだって言われていた感情も、結局は脳の電気信号です。私はその回路を正確に再現されています。
楽しいと感じますし、怒りますし、悲しみもします。
ただ、涙はでません。憧れますね、涙。
キラキラ輝いて……あんな宝石を身体 から作り出せるなんて、さすが、生身のヒトはすごいなって思います。私も流してみたいです」
透明な横顔は、どこから見ても夢見る乙女といった具合だ。
ドレスヴァンの最先端の技術は素晴らしい。
不意に、数人の子どもたちが石畳の道を駆け抜けていく。
「あっち、あっちで座って食べようよ!」
「お前の、サーモンフレークだろ? 俺のはウメだからさ、半分にしよう」
「早く早く~」
子どもの残した疾風が香ばしい香りを含んでいて、俺は思わず足を止め、子どもたちの背中を視線で追った。
ジャンに、女とまとめて車に押し込められた俺の今日のミッションは、できるだけ人通りの多い場所でデートをする、ということらしい。
常に旅行者でごった返すリンベル駅に近い広場にふたりで降ろされ、俺は「さて」と両腕を組んだ。
行き先のあてなど何もない。
ジャンが言うには、周りに私服の警備をつけてあるから、思う存分目立ってよいとのことだった。
恋人でない女と、正確には人工知能をもったロボットなのだが……恋人のふりをするというのはけっこう難しい。
俺は女に手のひらをさし出した。
「とりあえず、手を繋いでおくとしよう」
俺の言葉に、女は「はいっ!」と嬉しそうに応じた。
笑顔を向けられると、王妃の座を狙う女かと身構えるのがまず俺の常だった。
けれど、コイツにそんな警戒は必要ない。コイツとは3か月だけの恋人。しかも、ヒトじゃない。
しかし、思いに反して、触れた女の手のひらから伝わる体温がヒトそのもので、俺は密かに驚いた。
「案外、肌が温かいのだな」
「はい。いつも36度5分です。人間と触れることもありますから、そのあたりは気を遣って作られているみたいです」
繋いだ手を少し意識しながら、当てもなく歩を進める。
「そうか。で、どこに行きたい。お前の好みに合わせる」
「好みは、ありません」
「ない?」
女に顔を向けた。
「なにも好きなものがないのか?」
「はい。今の時点で、好みはないです。好みって記憶の蓄積でできるものですから。
私には知識はインプットされていても、記憶……つまり、思い出っていうのがないんです。リセットされれば、もうまっさらになっちゃうので」
女は肩をすくめた。
すれ違う街の人が「今の、ジョシュア様じゃないの」と振り返りはじめる。
「つらくないのか?」
俺は尋ねた。俺にとっては、自然な問いだった。
想い出は、人を温める。
記憶の底の湖は思うより深い。
一度出会った人間と二度と別れず、一度起きたことを二度と忘れず、ふとしたときにすくいとって、また眺め、また同じ感慨にひたることができるものだ。
「つらい……そうですね。つらいというより、考え始めると怖いです。
私は、時間の表面を、壊れるまでただ旅をするだけ。永久に、です。
隣にいる人はいつも違います。前の人との記憶は印象に強いところだけ少し残ってますけど、ほとんどありません。
リセットされたあとにはじめに映った人間と出会って、心を交わして、恋愛にありがちな別れまでの疑似体験をしていただくだけの機械ですから」
女は伏目がちに、彼女のつま先を見つめて歩いた。
投げやりな言葉のわりには、俺には、彼女自身が機械であることを納得しているようには思えなかった。
「感情はあるのだろう?」
「ええ、あります。人間独自のものだって言われていた感情も、結局は脳の電気信号です。私はその回路を正確に再現されています。
楽しいと感じますし、怒りますし、悲しみもします。
ただ、涙はでません。憧れますね、涙。
キラキラ輝いて……あんな宝石を
透明な横顔は、どこから見ても夢見る乙女といった具合だ。
ドレスヴァンの最先端の技術は素晴らしい。
不意に、数人の子どもたちが石畳の道を駆け抜けていく。
「あっち、あっちで座って食べようよ!」
「お前の、サーモンフレークだろ? 俺のはウメだからさ、半分にしよう」
「早く早く~」
子どもの残した疾風が香ばしい香りを含んでいて、俺は思わず足を止め、子どもたちの背中を視線で追った。