緑柱石の眠り
まだ幼かったあの日。
そう…私は十五になったばかりの頃だったと思う。
あの日私が見聞きした一連の出来事は、
今でも鮮明に思い出すことができる。
§
既に皇位継承の資質の証である
魔導の力を発現させていた私は、
正式に皇太子として名乗りを上げるべく
【聲継ぎの儀】を受ける為、
育て親アヴェリー卿に連れられて6年振りに
エスタードの皇城に戻ってきた。
父皇と対面した私はその再会を喜ぶ間も無く、
控えていた最高魔導師達に
抱えられる様にして大広間へと連れて行かれ、
そこで【聲継ぎの儀】を受けて
エスタードの正当な皇位継承者となった。
∽緑柱石の眠り∽
城の最上階、父皇と導師達の見守る中、
神獣グランレーゼの祭壇の前で
寝物語に聞いたそのままの
神獣との魔力の対話を終えた私は、
強烈な魔力の奔流の名残にふらつきながら
恐る恐る顔を上げた。
目の前には父が居て、
片膝をつく姿勢で私を見下ろしていた。
私よりも遥かに疲れきったような、
けれど安堵した顔で。
「良く…耐えた、リュシアス。…いや…セリン。
お前が…この国の次期国皇だ」
「…は、い…父上」
父は頷いた。
そして、いまだ荒い息をつく私の肩に手を伸ばそうとする。
「陛下!!」
私の背後でアヴェリー卿が切羽詰まった様に声を上げた。
その声に父の手は止まり、
何故か思い止まったように引かれていった。
(……?)
父はそのまま立ち上がり背を向けると、
先程とはうって変わった固い声で私に呼びかける。
「ではセリン、もう…行くがよい」
「…父上?」
何かの強い違和感と、あまりに急な展開についてゆけず、
父の傍に行こうとする私の腕を
アヴェリー卿が強く掴んで控えめに声を掛けてくる。
「殿下、参りましょう」
腕を締めつける力と、
普段の彼からは想像も出来ない沈欝な声。
「でもっ」
「いいから!」
アヴェリー卿は焦れた様に一気に声を荒げると、
掴んだ腕ごと背後から抱きかかえるようにして
私を扉の方へと連れて行こうとする。
「アルっ!?…放せ!」
教育係に抵抗しつつ父の方を見ると、
背を向けたまま再び膝をついて屈み込んだ父の周りを、
杖をかざした最高魔導師達が
取り囲むようにして立っている。
「父上っ!?」
…そうして、
もがく私はそのまま引き摺られる様にして広間を後にした。
この瞬間が
健在だった父を見た最後になった。
§
「セリン、支度は出来たのか」
「ん…」
窓際に腰かけ、物思いに耽っていた私は、
従者の声に小声で振り返る。
「では、学長に話して来るから外で待っていろ」
「あぁ...」
従者への返事とも取れる溜め息のような掠れた声が出た。
彼はアヴェリー卿
(アルフレド・W・グランゼ・アヴェリー)
私の育ての親であり教師、
そして父の王佐だった男だ。
今は従者として常に私の傍にいる。
今の私の肩書きは、
エスタード皇国・皇太子ということになっている。
だがエスタードは…国皇の乱心と、
それに巻き込まれた多くの貴族達による内乱の末、
事実上滅びてしまった。
滅びた、といっても
勿論国が無くなってしまったわけではない。
あの騒乱から80年近く経つ今も、故国で暮らす民は数多い。
最高魔導師たちによって
魔導障壁で城の中心部は封印されたが、
城下町とや王太子直轄領を含むその広大な国土を囲む
境界石の魔力や元老院、貴族院の力は今も健在で、
国皇不在のまま、隣国との国交も
変わらず行われているのだった。
今私達は、エスタードの隣国トゥールの西に位置する
シセルの学塔に身を寄せている。
私に同行して故国を出奔したアヴェリー卿、
そして…妹のリナと共に。
…妹。そう、私は
自分に妹がいる、ということを
【聲継ぎの儀】のあの日まで、
まったく知らずに過ごしてきた。
あの儀式の後、
広間を退出した私は、儀式の後遺症のせいで
一人では歩くことも出来なくなっていて、
アヴェリー卿に抱えられる様にして
もつれる足どりでテラス廊下を歩いていた。
§
「揺れが酷くなってきた…殿下、急ぎましょう」
「え…、ゆれて…?」
どうやら揺られているのは私だけではなかったようだ。
確かめようと顔を上げた瞬間、前方で硬いものが
砕けたような破壊的な音が轟く。
「ぐっ!?」
「捉まって!!」
アヴェリー卿が素早く私を抱き上げ、
テラスから飛び降りる。
「ぇ…?!…ぅわぁぁッ!!!」
頭を抱きかかえていたアヴェリー卿の手が
私の髪を鷲掴んで頭を引き寄せ、叫ぶ。
「舌を噛まないよう口を閉じていなさい!」
城の配置については朧げな記憶しかなかったが、
テラス廊下の5階下には
池のある庭園が広がっているはずだった。
魔導で衝突を防げるとはいえ、
もはや必死で彼の胸にしがみついているしかない。
やがてアヴェリー卿が衝撃を和らげる為の
視界魔術を編む気配がして…
そこで、一度記憶は途切れている。
私がようやく気付いたのは、
先程の落下地点とは大分離れた城の北端部、
皇族が跳馬を発着させる空の門と呼ばれる
大きなテラスだった。
「気が付きましたかセリン」
すぐ傍で、教育係の気遣わし気な声がする。
「……アル…? ……!!」
【セリン】(皇太子)と呼ばれたことで
一気に記憶が戻ってきて、頭の血の気が引きながらも
ベンチに横になっていた身体を無理やりに起こす。
僅かに身体がぐらついたが、
一瞬で自分の場所を把握した私は、城の中心部、
儀式の間の方を振り仰ぐと、いまだ埃に霞んでいるのか
ぼやけた視界の中に尖塔の一部は倒壊し
城壁も所々崩れてしまっている様が見えた。
「…今、跳馬を呼びました。セリン、気分は」
「い、いいわけ無いだろ?!一体何が起こっ…!」
急に怒鳴ったせいか、激しい咳の発作が私を襲った。
身体を折って咳き込んでいると、背中を擦る手を感じた。
「セリン、前にもお話しした事がありましたね、
今の陛下の状態について…」
「…知ってる。父上は…、ご病気だって…」
ようやくしっかりと身体を起した私を見下ろし、
アヴェリー卿は僅かに顔を曇らせる。
「…いいえ…、正しくはご病気ではありません」
「違うの?」
...つづく
そう…私は十五になったばかりの頃だったと思う。
あの日私が見聞きした一連の出来事は、
今でも鮮明に思い出すことができる。
§
既に皇位継承の資質の証である
魔導の力を発現させていた私は、
正式に皇太子として名乗りを上げるべく
【聲継ぎの儀】を受ける為、
育て親アヴェリー卿に連れられて6年振りに
エスタードの皇城に戻ってきた。
父皇と対面した私はその再会を喜ぶ間も無く、
控えていた最高魔導師達に
抱えられる様にして大広間へと連れて行かれ、
そこで【聲継ぎの儀】を受けて
エスタードの正当な皇位継承者となった。
∽緑柱石の眠り∽
城の最上階、父皇と導師達の見守る中、
神獣グランレーゼの祭壇の前で
寝物語に聞いたそのままの
神獣との魔力の対話を終えた私は、
強烈な魔力の奔流の名残にふらつきながら
恐る恐る顔を上げた。
目の前には父が居て、
片膝をつく姿勢で私を見下ろしていた。
私よりも遥かに疲れきったような、
けれど安堵した顔で。
「良く…耐えた、リュシアス。…いや…セリン。
お前が…この国の次期国皇だ」
「…は、い…父上」
父は頷いた。
そして、いまだ荒い息をつく私の肩に手を伸ばそうとする。
「陛下!!」
私の背後でアヴェリー卿が切羽詰まった様に声を上げた。
その声に父の手は止まり、
何故か思い止まったように引かれていった。
(……?)
父はそのまま立ち上がり背を向けると、
先程とはうって変わった固い声で私に呼びかける。
「ではセリン、もう…行くがよい」
「…父上?」
何かの強い違和感と、あまりに急な展開についてゆけず、
父の傍に行こうとする私の腕を
アヴェリー卿が強く掴んで控えめに声を掛けてくる。
「殿下、参りましょう」
腕を締めつける力と、
普段の彼からは想像も出来ない沈欝な声。
「でもっ」
「いいから!」
アヴェリー卿は焦れた様に一気に声を荒げると、
掴んだ腕ごと背後から抱きかかえるようにして
私を扉の方へと連れて行こうとする。
「アルっ!?…放せ!」
教育係に抵抗しつつ父の方を見ると、
背を向けたまま再び膝をついて屈み込んだ父の周りを、
杖をかざした最高魔導師達が
取り囲むようにして立っている。
「父上っ!?」
…そうして、
もがく私はそのまま引き摺られる様にして広間を後にした。
この瞬間が
健在だった父を見た最後になった。
§
「セリン、支度は出来たのか」
「ん…」
窓際に腰かけ、物思いに耽っていた私は、
従者の声に小声で振り返る。
「では、学長に話して来るから外で待っていろ」
「あぁ...」
従者への返事とも取れる溜め息のような掠れた声が出た。
彼はアヴェリー卿
(アルフレド・W・グランゼ・アヴェリー)
私の育ての親であり教師、
そして父の王佐だった男だ。
今は従者として常に私の傍にいる。
今の私の肩書きは、
エスタード皇国・皇太子ということになっている。
だがエスタードは…国皇の乱心と、
それに巻き込まれた多くの貴族達による内乱の末、
事実上滅びてしまった。
滅びた、といっても
勿論国が無くなってしまったわけではない。
あの騒乱から80年近く経つ今も、故国で暮らす民は数多い。
最高魔導師たちによって
魔導障壁で城の中心部は封印されたが、
城下町とや王太子直轄領を含むその広大な国土を囲む
境界石の魔力や元老院、貴族院の力は今も健在で、
国皇不在のまま、隣国との国交も
変わらず行われているのだった。
今私達は、エスタードの隣国トゥールの西に位置する
シセルの学塔に身を寄せている。
私に同行して故国を出奔したアヴェリー卿、
そして…妹のリナと共に。
…妹。そう、私は
自分に妹がいる、ということを
【聲継ぎの儀】のあの日まで、
まったく知らずに過ごしてきた。
あの儀式の後、
広間を退出した私は、儀式の後遺症のせいで
一人では歩くことも出来なくなっていて、
アヴェリー卿に抱えられる様にして
もつれる足どりでテラス廊下を歩いていた。
§
「揺れが酷くなってきた…殿下、急ぎましょう」
「え…、ゆれて…?」
どうやら揺られているのは私だけではなかったようだ。
確かめようと顔を上げた瞬間、前方で硬いものが
砕けたような破壊的な音が轟く。
「ぐっ!?」
「捉まって!!」
アヴェリー卿が素早く私を抱き上げ、
テラスから飛び降りる。
「ぇ…?!…ぅわぁぁッ!!!」
頭を抱きかかえていたアヴェリー卿の手が
私の髪を鷲掴んで頭を引き寄せ、叫ぶ。
「舌を噛まないよう口を閉じていなさい!」
城の配置については朧げな記憶しかなかったが、
テラス廊下の5階下には
池のある庭園が広がっているはずだった。
魔導で衝突を防げるとはいえ、
もはや必死で彼の胸にしがみついているしかない。
やがてアヴェリー卿が衝撃を和らげる為の
視界魔術を編む気配がして…
そこで、一度記憶は途切れている。
私がようやく気付いたのは、
先程の落下地点とは大分離れた城の北端部、
皇族が跳馬を発着させる空の門と呼ばれる
大きなテラスだった。
「気が付きましたかセリン」
すぐ傍で、教育係の気遣わし気な声がする。
「……アル…? ……!!」
【セリン】(皇太子)と呼ばれたことで
一気に記憶が戻ってきて、頭の血の気が引きながらも
ベンチに横になっていた身体を無理やりに起こす。
僅かに身体がぐらついたが、
一瞬で自分の場所を把握した私は、城の中心部、
儀式の間の方を振り仰ぐと、いまだ埃に霞んでいるのか
ぼやけた視界の中に尖塔の一部は倒壊し
城壁も所々崩れてしまっている様が見えた。
「…今、跳馬を呼びました。セリン、気分は」
「い、いいわけ無いだろ?!一体何が起こっ…!」
急に怒鳴ったせいか、激しい咳の発作が私を襲った。
身体を折って咳き込んでいると、背中を擦る手を感じた。
「セリン、前にもお話しした事がありましたね、
今の陛下の状態について…」
「…知ってる。父上は…、ご病気だって…」
ようやくしっかりと身体を起した私を見下ろし、
アヴェリー卿は僅かに顔を曇らせる。
「…いいえ…、正しくはご病気ではありません」
「違うの?」
...つづく
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