2年Z組銀八先生
ヒロインの名前
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Love is a game in which one always cheats.(バルザック)
恋愛は、必ずどちらか一方がズルをするゲームだ。
これも駆け引きのひとつだと、まだ気づいていない。
*
今日は学校行事の中でも特に盛り上がる日。文化祭だ。
銀魂高校もそこは普通の高校と変わりなく、朝からイベントや模擬店で活気に沸いている。
そのクオリティは意外と高く、なまえの心も浮ついていた。
「わぁ…すごい…」
上京したての学生のように周囲をキョロキョロと見回していると、どこかのクラスの生徒がチラシを渡してきた。
「みょうじ先生、11時からイベントありまーす!」
「あ、ありがとう」
チラシの内容はミスコンらしい。ああ、自分の学生時代もあったなと思う。
「実はこれ、ただのミスコンじゃないんですよ!」
「そうなの?」
「男装・女装コンテストなんです!先生もどうですか?きっと似合いますよ!」
「え!?わ、私はちょっとムリかな…あはは」
授業ならまだしも、こんな煌びやかな感じの人前に出るのは恥ずかしい。
しかも男装なんて自分がやったら滑稽にしか見えないだろう。
生徒は残念そうだったが、また呼び込みの仕事に戻っていった。
「オイマダオ。もっとまけろヨ」
「い、いやこれ以上は無理だから!」
模擬店が立ち並ぶ一角を覗くと、何やら不穏な話し声が聴こえてきた。
まさか問題でもあったのかと思い、なまえはその店に近づく。
「ちょっと、何かあったの?」
会話の主は神楽と長谷川だった。
「あ、なまえ先生」
「なまえ先生~助けてくれよ~」
「二人とも落ち着いて。何かあったの?」
神楽は何事もなさそうだが、対する長谷川のほうは涙目だ。
だいたいの予想はつくけれども一応なまえは話を聞くことにした。
「このチャイナ娘、さっきから散々俺の店で飲み食いしてんだよ…しかももっとまけろってさァ」
「売り上げに貢献してやってるアル」
「金払えよ!!」
「まぁまぁ…」
それにしても、となまえは周囲を見渡す。
この辺り一帯に建っている屋台は長谷川のものなのだろうか。
焼きそば、かき氷、お好み焼き…祭りでありがちな食べ物屋台が並んでいる。
そして…売り子は一人もいない。
「…長谷川君、これ一人でやってるの?」
「あぁ…材料とか準備するのに全部カネ使っちまってさァ…」
「そんな滅茶苦茶な」
稼ぎたいあまりに人件費を削ったのか。
というか、文化祭の屋台程度でどれほど儲かると思っているのだろうか。
なまえは苦笑したが、さすがにそれを言うのは可哀想なので止めておいた。
「神楽ちゃん、お金はちゃんと払いなさい」
「…しょうがないアルな」
さすがに教師に注意されたのでは神楽も聞き入れざるを得ない。
観念したように制服のポケットからウサギの刺繍が入った可愛らしい財布を取り出した。
「ほらヨ」
神楽はそう言ってぺいっと紙幣を取り出した。
なんとかもめ事は回避できた…
なまえは安堵の溜め息をつき、その場を後にした。
「何だよ金もってるじゃないか…ってコレ『こども銀行券』じゃねーかァァ!!」
「これしか持ってないアル」
「ふざけんなァァ!!」
…なにやら悲鳴が聴こえてくるが、無視することにした。
それから校内の回っていると、前方に風紀委員がいるのが見えた。
「…ったく、文化祭だからってどいつもこいつも浮ついてやがる…」
「まぁいいさトシ。少しくらい大目に見てやれ」
「そうですぜ土方さんまったくアンタは頭がカタくていけねぇや」
土方を諫める近藤と沖田の両手には風船に綿あめ、頭にはお面(文化祭にそんなものあるのか?)とやたらファンシーに仕上がっている。
「……俺は主にお前らに言っているつもりなんだが」
もはやツッコむ気力もないのか、土方は力なく呟いた。
(土方君も大変だな…)
彼の苦労人具合になまえは少しだけ同情した。
それからなまえはさらに校内外を歩き回っていた。
写真部や書道部の作品はとてもよく出来ていたし、吹奏楽部の演奏や演劇部の公演には心躍った。
例のミスコンも盛り上がっていたそうだし、外の模擬店はどこも賑わっていた。
…長谷川の店がどうなったのかは知らないが。
(それにしても、本当に会わないな)
周囲を注意して見ても、今日ずっと見えない姿があった。
(本当に視聴覚室に引きこもってるのかな)
以前の宣言通りなら、銀八は視聴覚室かもしれない。
流石に学校でポルノ映画など流せるわけない…そう信じつつ、なまえは視聴覚室を尋ねることにした。
要項を見ると、視聴覚室では映像研究会の展示がされているようで、実際入口はそのように飾り付けられている。
なまえはドキドキしながらもドアに手をかけ、少しだけ開いてみた。
「もっと迫力ある画録ってこいよな~…もっとドカンと爆発する感じの」
「…高校生がそんな映像録れるわけないじゃないですか…」
室内最後列のど真ん中。室内を見渡せるその位置に銀八はドカリと座っていた。
散々文句ばかり垂れていたのであろう、映研の生徒はうんざりした様子でパソコンをいじっている。
扉がガラリと音を立て、なまえは室内に入り込んだ。
「坂田先生」
「…あり?なまえ先生?」
なまえの呼び声に気付いた銀八は驚いていた。
なまえがここに来るとは思っていなかったらしい。
すると、映研の男子生徒が泣きそうな顔でなまえに近寄ってきた。
「みょうじ先生~、坂田先生何とかしてください~。この人朝からずっとここにいるんですぅ~…」
余程銀八のうるささに耐えかねているのだろう、半泣き顔になっている。
「坂田先生、もう出ましょう?彼も可哀想ですし」
「えー。文化祭なんかつまんねーしィ。なまえ先生がパフェ『あーん♡』で食わしてくれるんなら考えてもいいけどォ」
「え…そ、それは…」
さすがのなまえも銀八の言い草に押し黙ってしまう。
というか学校で何を言い出すんだこの人は。
「どうする?嫌ならこのままだけど?」
考えあぐねているなまえを銀八はニヤけた顔で見つめている。
そんなカップルのようなやりとりなどできるわけがない。
というか、恥ずかしい。
当然、断りたいのだが、背後では生徒が「みょうじ先生ぇ…」なんて弱々しい声で半泣きになっている。
ここで銀八を放置しておけばずっとここで彼らの邪魔をし続けるだろう。
腹をくくるしかない。
「わかりました!あーんでも何でもしますから、邪魔はやめてあげてください!」
叫ぶように声をひり出した。
すると、銀八は一瞬だけ驚いたようだったがすぐににやけた面に戻っていた。
「よーし言ったな。じゃ、早速やってもらいまーすっ」
「……………」
わかりやすく上機嫌になった銀八はすぐさま立ち上がり、視聴覚室を飛び出していった。
なんだか一気に疲れた気がする。
なまえがやつれた顔で振り向くと、背後では生徒たちが「みょうじ先生、ありがとうございます…ッ」と感激のあまり泣いていた。
これからどんな目に遭わされると思っているんだ…。
苦々しい表情でなまえは視聴覚室をあとにした。
「お待たせしました………」
喫茶店を運営している3年A組の生徒がパフェを運んできた。
キラキラした営業スマイルは今はなく、眼前の光景に戸惑いを隠せないでいる。
片側にはいつになく上機嫌の銀八、そして反対側には死んだ目をしているなまえ。
こんな異様な光景に何も感じない人間はいないだろう。
店員の生徒だけでなく、周囲のテーブルで客として楽しんでいた生徒たちも二人を見ている。
「なまえせんせーい?」
「うぅ…」
「ほれほれ。教師が約束破りたァいけねェな」
「ううう……」
なまえは震える手でスプーンを掴み、パフェの一番上にのった生クリームを掬った。
そして銀八に向けようとした。
「オイ。忘れもん」
「…へ?」
銀八の方へスプーンを差し出した手を掴まれ、制止される。
「『あーん♡』忘れてんぞ」
「………それ、やらなきゃ駄目ですか」
「ダメ」
しぶとくも言っていたことを忘れてはいなかったらしい。
こうなったら、やってしまうしかない。
「あ…あーん♡」
ぎこちなくも精一杯の笑顔を浮かべて見せる。
銀八は不満そうだったが、これ以上は無理と悟ったのか今度は文句を言わなかった。
なまえは少し身を乗り出してスプーンを差し出す。
姿勢と緊張のせいでブルブルと震える手を銀八がガシリと掴んで自分の口元へ運ばせた。
(………っ)
なまえの手を掴む銀八の手の温度、スプーンから伝わる感触、その両方にドキドキしてしまう。
気づけば目の前の男は腹立つほどにニヤけた表情でなまえを見つめていた。
「ごっそーさん」
これ以上ないほど憎たらしい笑みを浮かべて銀八は口端についたクリームをペロリと舐め取った。
そんな仕草からも目が離せない。
「もういいですか……」
なんとか声を絞り出す。
心なしか涙目になっているなまえが面白かったのか、銀八はまた笑った。
なまえからスプーンを受け取りパフェを自分の方に寄せた。
「…まァ、これくらいで勘弁してやるよ」
「…はぁ………」
ようやくこの状況から解放される、そう思うとなまえは大きく息をついた。
きっと顔が真っ赤になっていることだろう。
そんななまえを尻目に銀八は目の前のパフェを食べようとした。
そのとき。
「銀八先生ェェェェ!!」
「ぉわァァァ!?」
「きゃあッ!?」
突然、テーブルの上に何かが突っ込んできた。
コップが床に落ち、クロスは派手に捲れあがる。
そしてその上に滑り込んできた何かがムクリと身体を起こした。
「銀八先生!!あーん♡なら私がいくらでもしてあげるのに!!」
外れた眼鏡を直し、鼻息荒く叫んでいるのはさっちゃんだった。
「コレを食べるのね!ついでに納豆も混ぜてあげるわ!」
「オイイイィィ!!てめー何しやがんだ!俺のパフェが!!」
「あぁん、どうせなら私を食べても…」
「いるかァァァ!!」
「ア゛ア゛ア゛ーーーッ!!」
納豆まみれで迫るさっちゃんを渾身の蹴りで吹っ飛ばす銀八。
さっちゃんは飛び込んできた時にも負けないほどの悲鳴を上げて屋外へ吹っ飛んでいった。
「…はぁ…」
けたたましいやりとりに呆気に取られていたなまえは小さく息を吐いた。
しかし、さっちゃんの乱入は悪くなかったかもしれない。
あのままの状況だったらきっと恥ずかしくて死んでしまっていたかもしれない。
「ったく…性懲りもねェヤツ」
ゼェゼェと肩で息をする銀八はイスに座り直し、店員の生徒を呼んだ。
何かを言いつけると、生徒はすぐさま走り去っていく。
「…?あの、何を仰っていたんですか?」
「仕切り直し」
「は?」
「あのバカのせいで色々ブチ壊されたから、も一個パフェ頼んだ」
ああ、パフェこぼれちゃったもんね。
そう納得していると、すぐさま追加のパフェが運ばれてきた。
「つーわけでェ」
パフェと一緒に運ばれてきたスプーンを手に取り、銀八は持ち手をなまえに差し出した。
「え?」
戸惑うなまえに、銀八はニヤリと笑って見せた。
この表情には見覚えがある。
嫌な予感しかない。
「リテイク頼むわ」
恋愛は、必ずどちらか一方がズルをするゲームだ。
これも駆け引きのひとつだと、まだ気づいていない。
*
今日は学校行事の中でも特に盛り上がる日。文化祭だ。
銀魂高校もそこは普通の高校と変わりなく、朝からイベントや模擬店で活気に沸いている。
そのクオリティは意外と高く、なまえの心も浮ついていた。
「わぁ…すごい…」
上京したての学生のように周囲をキョロキョロと見回していると、どこかのクラスの生徒がチラシを渡してきた。
「みょうじ先生、11時からイベントありまーす!」
「あ、ありがとう」
チラシの内容はミスコンらしい。ああ、自分の学生時代もあったなと思う。
「実はこれ、ただのミスコンじゃないんですよ!」
「そうなの?」
「男装・女装コンテストなんです!先生もどうですか?きっと似合いますよ!」
「え!?わ、私はちょっとムリかな…あはは」
授業ならまだしも、こんな煌びやかな感じの人前に出るのは恥ずかしい。
しかも男装なんて自分がやったら滑稽にしか見えないだろう。
生徒は残念そうだったが、また呼び込みの仕事に戻っていった。
「オイマダオ。もっとまけろヨ」
「い、いやこれ以上は無理だから!」
模擬店が立ち並ぶ一角を覗くと、何やら不穏な話し声が聴こえてきた。
まさか問題でもあったのかと思い、なまえはその店に近づく。
「ちょっと、何かあったの?」
会話の主は神楽と長谷川だった。
「あ、なまえ先生」
「なまえ先生~助けてくれよ~」
「二人とも落ち着いて。何かあったの?」
神楽は何事もなさそうだが、対する長谷川のほうは涙目だ。
だいたいの予想はつくけれども一応なまえは話を聞くことにした。
「このチャイナ娘、さっきから散々俺の店で飲み食いしてんだよ…しかももっとまけろってさァ」
「売り上げに貢献してやってるアル」
「金払えよ!!」
「まぁまぁ…」
それにしても、となまえは周囲を見渡す。
この辺り一帯に建っている屋台は長谷川のものなのだろうか。
焼きそば、かき氷、お好み焼き…祭りでありがちな食べ物屋台が並んでいる。
そして…売り子は一人もいない。
「…長谷川君、これ一人でやってるの?」
「あぁ…材料とか準備するのに全部カネ使っちまってさァ…」
「そんな滅茶苦茶な」
稼ぎたいあまりに人件費を削ったのか。
というか、文化祭の屋台程度でどれほど儲かると思っているのだろうか。
なまえは苦笑したが、さすがにそれを言うのは可哀想なので止めておいた。
「神楽ちゃん、お金はちゃんと払いなさい」
「…しょうがないアルな」
さすがに教師に注意されたのでは神楽も聞き入れざるを得ない。
観念したように制服のポケットからウサギの刺繍が入った可愛らしい財布を取り出した。
「ほらヨ」
神楽はそう言ってぺいっと紙幣を取り出した。
なんとかもめ事は回避できた…
なまえは安堵の溜め息をつき、その場を後にした。
「何だよ金もってるじゃないか…ってコレ『こども銀行券』じゃねーかァァ!!」
「これしか持ってないアル」
「ふざけんなァァ!!」
…なにやら悲鳴が聴こえてくるが、無視することにした。
それから校内の回っていると、前方に風紀委員がいるのが見えた。
「…ったく、文化祭だからってどいつもこいつも浮ついてやがる…」
「まぁいいさトシ。少しくらい大目に見てやれ」
「そうですぜ土方さんまったくアンタは頭がカタくていけねぇや」
土方を諫める近藤と沖田の両手には風船に綿あめ、頭にはお面(文化祭にそんなものあるのか?)とやたらファンシーに仕上がっている。
「……俺は主にお前らに言っているつもりなんだが」
もはやツッコむ気力もないのか、土方は力なく呟いた。
(土方君も大変だな…)
彼の苦労人具合になまえは少しだけ同情した。
それからなまえはさらに校内外を歩き回っていた。
写真部や書道部の作品はとてもよく出来ていたし、吹奏楽部の演奏や演劇部の公演には心躍った。
例のミスコンも盛り上がっていたそうだし、外の模擬店はどこも賑わっていた。
…長谷川の店がどうなったのかは知らないが。
(それにしても、本当に会わないな)
周囲を注意して見ても、今日ずっと見えない姿があった。
(本当に視聴覚室に引きこもってるのかな)
以前の宣言通りなら、銀八は視聴覚室かもしれない。
流石に学校でポルノ映画など流せるわけない…そう信じつつ、なまえは視聴覚室を尋ねることにした。
要項を見ると、視聴覚室では映像研究会の展示がされているようで、実際入口はそのように飾り付けられている。
なまえはドキドキしながらもドアに手をかけ、少しだけ開いてみた。
「もっと迫力ある画録ってこいよな~…もっとドカンと爆発する感じの」
「…高校生がそんな映像録れるわけないじゃないですか…」
室内最後列のど真ん中。室内を見渡せるその位置に銀八はドカリと座っていた。
散々文句ばかり垂れていたのであろう、映研の生徒はうんざりした様子でパソコンをいじっている。
扉がガラリと音を立て、なまえは室内に入り込んだ。
「坂田先生」
「…あり?なまえ先生?」
なまえの呼び声に気付いた銀八は驚いていた。
なまえがここに来るとは思っていなかったらしい。
すると、映研の男子生徒が泣きそうな顔でなまえに近寄ってきた。
「みょうじ先生~、坂田先生何とかしてください~。この人朝からずっとここにいるんですぅ~…」
余程銀八のうるささに耐えかねているのだろう、半泣き顔になっている。
「坂田先生、もう出ましょう?彼も可哀想ですし」
「えー。文化祭なんかつまんねーしィ。なまえ先生がパフェ『あーん♡』で食わしてくれるんなら考えてもいいけどォ」
「え…そ、それは…」
さすがのなまえも銀八の言い草に押し黙ってしまう。
というか学校で何を言い出すんだこの人は。
「どうする?嫌ならこのままだけど?」
考えあぐねているなまえを銀八はニヤけた顔で見つめている。
そんなカップルのようなやりとりなどできるわけがない。
というか、恥ずかしい。
当然、断りたいのだが、背後では生徒が「みょうじ先生ぇ…」なんて弱々しい声で半泣きになっている。
ここで銀八を放置しておけばずっとここで彼らの邪魔をし続けるだろう。
腹をくくるしかない。
「わかりました!あーんでも何でもしますから、邪魔はやめてあげてください!」
叫ぶように声をひり出した。
すると、銀八は一瞬だけ驚いたようだったがすぐににやけた面に戻っていた。
「よーし言ったな。じゃ、早速やってもらいまーすっ」
「……………」
わかりやすく上機嫌になった銀八はすぐさま立ち上がり、視聴覚室を飛び出していった。
なんだか一気に疲れた気がする。
なまえがやつれた顔で振り向くと、背後では生徒たちが「みょうじ先生、ありがとうございます…ッ」と感激のあまり泣いていた。
これからどんな目に遭わされると思っているんだ…。
苦々しい表情でなまえは視聴覚室をあとにした。
「お待たせしました………」
喫茶店を運営している3年A組の生徒がパフェを運んできた。
キラキラした営業スマイルは今はなく、眼前の光景に戸惑いを隠せないでいる。
片側にはいつになく上機嫌の銀八、そして反対側には死んだ目をしているなまえ。
こんな異様な光景に何も感じない人間はいないだろう。
店員の生徒だけでなく、周囲のテーブルで客として楽しんでいた生徒たちも二人を見ている。
「なまえせんせーい?」
「うぅ…」
「ほれほれ。教師が約束破りたァいけねェな」
「ううう……」
なまえは震える手でスプーンを掴み、パフェの一番上にのった生クリームを掬った。
そして銀八に向けようとした。
「オイ。忘れもん」
「…へ?」
銀八の方へスプーンを差し出した手を掴まれ、制止される。
「『あーん♡』忘れてんぞ」
「………それ、やらなきゃ駄目ですか」
「ダメ」
しぶとくも言っていたことを忘れてはいなかったらしい。
こうなったら、やってしまうしかない。
「あ…あーん♡」
ぎこちなくも精一杯の笑顔を浮かべて見せる。
銀八は不満そうだったが、これ以上は無理と悟ったのか今度は文句を言わなかった。
なまえは少し身を乗り出してスプーンを差し出す。
姿勢と緊張のせいでブルブルと震える手を銀八がガシリと掴んで自分の口元へ運ばせた。
(………っ)
なまえの手を掴む銀八の手の温度、スプーンから伝わる感触、その両方にドキドキしてしまう。
気づけば目の前の男は腹立つほどにニヤけた表情でなまえを見つめていた。
「ごっそーさん」
これ以上ないほど憎たらしい笑みを浮かべて銀八は口端についたクリームをペロリと舐め取った。
そんな仕草からも目が離せない。
「もういいですか……」
なんとか声を絞り出す。
心なしか涙目になっているなまえが面白かったのか、銀八はまた笑った。
なまえからスプーンを受け取りパフェを自分の方に寄せた。
「…まァ、これくらいで勘弁してやるよ」
「…はぁ………」
ようやくこの状況から解放される、そう思うとなまえは大きく息をついた。
きっと顔が真っ赤になっていることだろう。
そんななまえを尻目に銀八は目の前のパフェを食べようとした。
そのとき。
「銀八先生ェェェェ!!」
「ぉわァァァ!?」
「きゃあッ!?」
突然、テーブルの上に何かが突っ込んできた。
コップが床に落ち、クロスは派手に捲れあがる。
そしてその上に滑り込んできた何かがムクリと身体を起こした。
「銀八先生!!あーん♡なら私がいくらでもしてあげるのに!!」
外れた眼鏡を直し、鼻息荒く叫んでいるのはさっちゃんだった。
「コレを食べるのね!ついでに納豆も混ぜてあげるわ!」
「オイイイィィ!!てめー何しやがんだ!俺のパフェが!!」
「あぁん、どうせなら私を食べても…」
「いるかァァァ!!」
「ア゛ア゛ア゛ーーーッ!!」
納豆まみれで迫るさっちゃんを渾身の蹴りで吹っ飛ばす銀八。
さっちゃんは飛び込んできた時にも負けないほどの悲鳴を上げて屋外へ吹っ飛んでいった。
「…はぁ…」
けたたましいやりとりに呆気に取られていたなまえは小さく息を吐いた。
しかし、さっちゃんの乱入は悪くなかったかもしれない。
あのままの状況だったらきっと恥ずかしくて死んでしまっていたかもしれない。
「ったく…性懲りもねェヤツ」
ゼェゼェと肩で息をする銀八はイスに座り直し、店員の生徒を呼んだ。
何かを言いつけると、生徒はすぐさま走り去っていく。
「…?あの、何を仰っていたんですか?」
「仕切り直し」
「は?」
「あのバカのせいで色々ブチ壊されたから、も一個パフェ頼んだ」
ああ、パフェこぼれちゃったもんね。
そう納得していると、すぐさま追加のパフェが運ばれてきた。
「つーわけでェ」
パフェと一緒に運ばれてきたスプーンを手に取り、銀八は持ち手をなまえに差し出した。
「え?」
戸惑うなまえに、銀八はニヤリと笑って見せた。
この表情には見覚えがある。
嫌な予感しかない。
「リテイク頼むわ」