■2022/5〜の読み切りログ(ルシファー)

 今年もまた誕生日が近づいてきた。誰のって?それはもちろんルシファーのだ。他の誰よりも盛大にお祝いしたいし、させてほしい。ルシファーとはたくさんの節目をお祝いしてきたので、もはや「お祝いされない」可能性を考えるのが無理だと思う。だからサプライズじゃなくてもいいんだけど、何かひとつは思いもよらなかったとびっくりはさせたい。いや、びっくりさせたいんじゃなくて、喜んでもらうというか、生まれてきて、生きていて、出会えてよかったと伝えられればそれだけでいいのだけど。
「でもなー……そういうこと口にするとすぐ泣いちゃうんだよね〜……涙腺が緩いからそういう雰囲気にしたくないんだよなぁ」
 誰もいない教室で一人机に突っ伏して項垂れる。現実世界でどうあれ、RADにいる間は学生なので課題にはしっかり取り組まなければならず、居残り勉強中。とはいえ考えていることは全く別のことなのだから、居残りの意味は皆無だが。
「ああ〜っ……何もまとまらないし何も進まないよおおお」
 無意味にD.D.D.を開くのは悪い癖だとは思うも、考えがうまくまとまらないと漫然と眺めてしまうのは写真の山。ルシファーと過ごした宝物みたいな日々がここにはたくさん詰まっている。ついこの間、二人きりで人間界視察に行ったときなんかは、新婚旅行みたいだなんてはしゃいだっけ。あのときはルシファーの全部を独り占めしたなぁ。あの味をしめてしまうと、もっともっとルシファーを独り占めしたいなぁ、と思わずにはいられない。ただ、誕生日の時間全てを私がほしいって言ってしまうと、それは私がプレゼントをもらうみたいだから避けなければならない。
「そうだなぁ……時間は……前日の夜から朝なら、いい、かな……?」
 口にしながら、それはつまり、なんというか、そういうことになるのが前提の流れで、知らずカァッと身体が熱くなってぱたぱた顔を仰ぐ。
「まぁでも、ね、夜が一番いいよね、うん。なら、暗いから……なんかロマンティックなことしたいなぁ……思い出になるような……思い出……あっ!ムービー作ろうかな!?」
 結婚式でもよくある出会いから今までの写真とか動画を使った短編みたいな。いいかも!部屋を暗くして、天井に写して。観るだけならモノとして残さなくてもいいし。っていうかルシファー、割とそういうの見返してるタイプだし。そのくらいならD.D.D.のアプリでどうにでもできる気がする。
「うん、いいかも……!そうと決まれば早速準備だ!」
 そう決めてからは怒涛の速さで準備をした。ムービーの出来栄えは日を重ねるごとによくなり、しかし誰かにチェックしてもらうわけにもいかず、ドキドキはつのるばかりだ。
 そして来る誕生日前日。
 前々からルシファーに約束を取り付けていた私は、準備したものを手にルシファーの部屋に向かう。この部屋に来るときはいつも緊張する。好きな人の部屋なんだから当然だ。
「持ち物よし、身だしなみよし、それから、」
「何してる」
「ヒェ!?」
「早く入れ」
 部屋の前でチェックをしていたら扉が開いてルシファーが声をかけてきた。びっくりして仰け反ったところ、腕を引っ張られて部屋に引き込まれる。パタンと静かに扉が閉まる頃には私はルシファーの腕の中にいた。何度収まったって、この場所に自分がいるのは理解が及ばないし、それ以上にここにいるときは心臓が煩くてしかたない。
「るし、ふぁ」
 しばらくして絞り出したのは彼の名前で、それはルシファーの耳に届いたはずなのだけど、返ってきたのは強められた腕だけだった。ぎゅぅっといつもより強く抱きしめられてはできることもないので、こちらからもそろりと背中に腕を回してみると、そこでやっと、フッとルシファーの口から安心したような空気が漏れたのを感じる。
「ど、どうしたの?だいじょぶ?」
「いや……」
「疲れてるなら出直そうか?明日は一日中パーティーの予定だしきっとたいへンッ!?」
「んっ、はぁ、」
「っ、!?」
 一瞬の隙をついて塞がれた唇を半開きにしたままで驚いていると、ルシファーの指がちょんと私の口を突いた。
「そんなことを言うのはこの口か?」
「!ま、まって、」
 また近づいてくる唇を柔らかく遮ったのは理由を聞くのが先決だったからだ。ルシファーはその意図を汲み取ったのか、ククッと笑った。
「待ち遠しかっただけだ」
「へ?」
「祝ってくれるんだろう、俺の誕生日。今年は何をしてくれるのかあれこれ考えていてな。落ち着かなかった」
「る、るしふぁーが?おちつかない?うそぉ……」
「俺を何だと思ってるんだ。人並みに楽しむ心は持ってる。それなのに出直すなんて。許すわけないだろう」
 告げられたのは子どもみたいな理由。ルシファーはこういうギャップをたまに見せるが、それは私の最大の弱点とバレているのかもしれない。視線を逸らそうにも顔が近すぎてできず、ギブアップ、と苦笑する以外になかった。
「バレバレだから言うけど、その通りです。明日は一日中みんなに祝われて時間ないかなって思ったから、今夜一番におめでとうって言おうとしてました」
「じゃあ出直すなんてことは言わないな?」
「うん!」
 素直な返事に満足そうに微笑み、ソファーへ座るよう私を促した。自分はミニバーに向かい、見慣れたビンを取り出して言う。
「おまえも少しデモナスを飲まないか?」
「そだね、せっかくだしいただこうかな」
「酔わなくても味わえないことはないだろう」
「味は好きだよ、デモナス」
「酔ってくれたらそれ以上のことはないんだが……多くは望まないさ」
「っ……あの……あれはタイミングも悪かったって言うかぁ……私だって酔ってもすぐ泣いたりわがまま言うわけじゃないんだよ……」
 ルシファーが言っているのは昔話だ。前に人間界に遊びにきてもらった時、ルシファーが魔界に帰っちゃうのが辛くて酔った挙句に泣いて困らせたことが、私の黒歴史。ルシファーはいつでもそのくらい甘えてほしいみたいだけど、こちらにしてみたら恥ずかしいことこの上ない。けれど、意地悪を口端に浮かべながらもどことなく嬉しそうにしているルシファーを見るとどうにもこれ以上小言も言えなくなる。惚れた弱みというのは厄介だ。
「もぉ……!それならさ、飲みながら見てほしいものがあるんだけといい?」
「もちろんだ」
「じゃあ少しライト暗くするね」
「ほぅ?何が始まるんだ。楽しみだな」
「楽しんでもらえるといいけど……」
 不安と期待をはらみながらも、暗くなった部屋、隣に座るルシファーの体温を感じて映像を流し始める。こくり、デモナスを飲み下したルシファーが息を呑んだ音がした。
『ハッピーバースデー ルシファー!』
 映像の中で一人、パァンとクラッカーを鳴らす私は自分で見ても楽しそうだ。そこからキュルキュルと日を遡るようなエフェクトを挟み、出会った日から今までのフォトやムービーをコラージュした映像がゆるやかな音楽とともに流れていく。こだわって作り上げただけあってなかなか見応えがあると自負している。ちらりとルシファーを盗み見ると、デモナスを飲むことも忘れて見入ってくれているようで人知れずホッと息を吐き出した。それから、編集しながら何度も何度も見た映像だけど、本人の前で見ると感じ方が違うなぁともボンヤリ思った。
 そして終わりにまた私からのメッセージが挟まる。
『どうだった?ルシファーと出会ってからあっという間の時間だったけど、こんなにたくさんの思い出があったよ!でもまだまだ足りないの!もっともっと思い出作りしたいから、これからもよろしくね!ルシファー、ハッピーバースデー!』
 そこで映像は途切れた。今までは良かったが、ラストを本人と見るとじわじわと恥ずかしくなってくる。良い大人か青春してしまったというかなんというか。
 注いでもらったデモナスはとうの昔に飲み干してしまっているので間を繋ぐこともできない。あの、としどろもどろ声をかけると、それに被さるようにルシファーが言葉を紡いだ。
「おまえは、祝い事のたびに俺を驚かせてくれるな」
「えっ、」
「本当に……なんというか……いや、これしか言葉がないよ。ありがとう」
「!」
「おまえから何かをもらうたびに、これ以上ないプレゼントだと思う。今回もこれ以上ない嬉しいものだった」
「よかったぁ……!」
「本当に、俺の中に残るものばかりだよ」
 ふわりふわりと頭を撫でられて、柔和に細められた瞳には喜びに混じって切なさが浮かんでいて胸が締め付けられた。思わず私までキュウと鳴いた心臓に泣きそうにされて俯くも、言うべきことを伝えなければと振り絞る。
「あの、ルシファー、私ね、毎日毎日、ううん、一秒ごとにルシファーのことが好きになってるよ。ルシファーへの気持ちが溢れて大洪水になりそう。ルシファーのことお祝いできてとても幸せ。本当におめでとう」
「ありがとう。だが、それならついでにその溢れた気持ちの濁流で俺を攫ってくれないか」
 小っ恥ずかしいセリフをさらりと口にするものだから、一瞬反応が遅れてポカンとなった。しかし私を見つめる紅は至極優しくて、じわじわと頬が熱くなる。
「っあー!もう!だめ!こういうのはだめなの!」
「ははっ!悪かった」
「んもー!わかってるならやらないで!」
「仕方ないだろう?お前のそういうところも含めて好きなんだ」
「っ〜〜〜ッばかぁ!恥ずかしい!」
 肩を引き寄せられるままにルシファーにもたれかかってぐりぐりと顔を押し付けた。
「私は……ずっとルシファーを見てるから」
「ん?」
「ルシファーも、ずっと見ていてね」
「……」
 その言葉が暗に「自分が死んだ後」のことを踏まえていたのを悟ったのか、ルシファーは「ああ」と小さく呟いて約束してくれた。髪を撫でる手がとても優しくて、やっぱりちょっと泣いた。今、ここにいる私は、死んで消えてしまったら二度と戻ってこない。例え魂が赤ちゃんからやり直す形で復活したとしても、それは私であって私でない。そして多分ルシファーもそんな形での再開を求めたりはしないだろう。この人は、"わたし"の面影を探し続けるんじゃないかという妙な確信がある。
 だから、ルシファーと何度も出会いたくない。ルシファーが好きでいてくれる私は今の私だけでいい。
「……いつか悪魔になれないかな」
「ははっ!いつか聞いたが、おまえはクリスチャンなんだろう?背徳も背徳になことを言うな」
「それはそうだけど、そんなに敬虔じゃないし。ねぇ、地獄に堕ちたら悪魔になれるのかな」
「なれない。悪魔はそういうものじゃないからな」
「じゃあやっぱりルシファーに魂を食べてもらう以外にないのかぁ……一緒にいる方法」
「そうだな。おまえは俺の中で生き続けるんだ。ほとんど悠久のような月日をな」
「ルシファーと話したりできる?」
「さぁな……俺もこれまで誰かの魂を喰ったことなんてないからわからないが……おまえとの繋がりが強ければ、あるいは」
「つながり?」
 繰り返す私にルシファーが意味深にニヤリと笑いかける。距離を取ろうとした私の腰を流れるように取って、押し倒されたと気づく頃には私の視界はルシファーでいっぱいだ。カァッと瞬時に体温が上がった。
「な、なっ、うそ、」
「その様子だと言わなくてもわかるか」
「つながりって、えっ!?気持ちとか精神論じゃなくて!?」
「……なるほど、それも一理あるか」
「ええっ!?一理あるかって、じゃあこれは」
 一夜をともにしたいと提案したのは私なんだから、こういう状況になることを予想しなかったわけじゃないし、むしろ期待はしていたけれど、心の準備というかなんというか!!
「これは、そうだな、誕生日祝い、かな」
「!」
「俺の誕生日を祝いに来たお前は、俺の言うことを聴かなきゃならない。そうだろう?」
 少年のような論理に無理矢理傲慢を滲ませて、楽しそうに私を見つめる二つの紅。私の返答などわかりきっているだろうに、それでもルシファーは私の口から言われることを望むのだ。それならば、と、私は小さく笑う。
「降参っ!ルシファーの好きにして?」
「ふっ……素直なのはいいことだ」
「本当は、もう一つプレゼントがあるんだけど、それは明日渡すね」
「あいつらの前でか?悪くないな。俺がおまえにいかに想われているのか思い知らせるいい機会だ」
「ふふ、言わなくてももうバレバレだけどね」
「それでもだ。どれだけでも知らしめるのがいいんだからな。さぁもう黙れ」
「待てができないルシファーだ」
「何と言われようが結構だ。俺は据え膳を喰うタイプじゃない」
「……お誕生日、おめでとう。全部もらってね。残しちゃやだよ?」
「当たり前だ」
 それからあとはお察しの通りなので秘密にさせてもらおうかな。いつもよりくすぐったい夜だった、とだけ添えておこう。

 そういえば、次の日の盛大なパーティーの席でルシファーに渡す予定のものは、またかと思われるかもしれないけど、香水にした。ルシファーは私ので私はルシファーのってわかるようにつけていてねって言う気持ちを込めて贈る。
 だってルシファーが言ったんだ。香りは記憶を鮮明に呼び起こすって。忘れられなくするものだって。だからさ、私が逝くときはこの香りを纏って逝くよ。そこに辿り着くまでに記憶が曖昧になっても、ルシファーのことだけは、必ず覚えていられるように。思い出せるように。

 それは、

誰も知らない永遠の約束
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