小噺色々

何度話しても堂々巡りだったあの頃とは違い、今はこの手の中に遠慮なくメイドを抱ける。そんな些細なことが何よりも嬉しくて、尊い。
ジェイドは日々に感謝しながら今日も今日とて番のメイドを可愛がり、床に入った。が、珍しくメイドが「坊ちゃん」と小さな声で呼ぶ。すぐに反応するのが勿体ないと狸寝入りでかわせば、ジェイドが本格的に眠りについたとでも思ったのか、サラリと髪を撫でてきて驚いた。ジェイドは気づいた。思春期はまた完勃ちです、と。

「坊ちゃんは本当に私なんかを好いてくれているんですね…いい加減に私も腹を括らなきゃいけませんかね」
(今更なにを…?)
「したいこと、していいこと、できること…全部が同じならいいのですが、やはり家柄ってついてまわるんですよ。…私はこんな日々すらも事実の前には歯が立たないと思っています」
(すぐに否定したいところですが…もう少し聞いていましょうか)

ポツポツと降ってくる本音は、自分が起きていたら聞けないだろうからと、ジェイドは寝たふりを続ける。

「困ったことに、嫌じゃないんです。坊ちゃんに求められて嬉しい自分がいる。坊ちゃんのこと、全部知っていても好きなんですよ。なんででしょうね…そうじゃなかったらよかったのに」

思えば小さな頃から全部全部見せてきた。
着替えに慣れず全裸で歩き回るところも、トイレも使い方を聞くために付き添ってもらったし、最初はシャワーも手伝いが必要で……

(……おかしくないですか?昔は今よりよい環境だったようですが?)

思い出した過去のことにジェイドは驚愕する。どうして今は何もできないんだ?シャワーですら一緒に入ることを許されない。
なぜ?

「なぜです」
「!?」
「今よりもよい環境でしたね、昔は」
「っ坊ちゃん、聞いてたんですか!?」
「ええ、また思春期が元気になりました」
「は、…え!?今のでどうしてっきゃ!!」

流れるようにメイドの身体を抱き上げて自分の上に。互いに裸のままだったので、素肌が触れ合い気持ちが良い。つまり思春期はもっと大きく成長した。恐るべし十七才男子高校生。思春期はいつでも元気だ。けれどメイドの方はと言えば、項垂れてため息を吐いている。

「貴女は、ここまできてまだ迷っているのですか?」
「…だって坊ちゃん…御両親は納得なさっていませんよ。今でこそまだメイド契約を破棄されていませんが、私のレポートは今後一切いらないと言われましたし、坊ちゃんへのお手紙は来るたびに長くなっています。きっとタイミングを見て」
「両親のことは関係ありません。そもそも人魚の子供が生まれないといけない、というまやかしに囚われているのは向こうです」
「でも、」
「だいたいほとんどのものは陸の人間のために売り出しているんですから、ヒトの形の子供が産まれたらそれはそれで利益になるでしょう…不本意ですが。家業だって、経営のみなら二足の草鞋でも問題ありません。そのための双子ですからね」
「そ、そんな、フロイドさんが聞いたら怒っちゃいますよ…」

ジェイドの気持ちを聞いて、驚きや喜びや笑いなんかがごちゃ混ぜになった複雑な感情を露わにしたメイドは、ジェイドの胸にぽすりと身体を預ける。

「リーチの名からは逃れられないんですよ?それでも坊ちゃんは私が良いって言うんですか?私の…私なんか、」
「貴女だから好きだと、何度も言った気がしますが、まだまだ足りないようなので、今日もこれから伝えさせていただこうかと」
「へ!?」

そう言いつつ、ジェイドの手は怪しくメイドの腰を撫でて、ンッと艶めかしい声が小さく落ちた。

「早めに既成事実を作ってしまうのも一つの手ですから」
「は?」
「これ、もういらないですかね」

ピッと二本の指に挟まれて差し出されたそれは、薄くて小さな四角のそれ。
【BIG THIN LOVER】
ご丁寧にそんな表記がされたパッケージはジェイド愛用の特大サイズだ。

「い!?いいいります!そんな!坊ちゃんはまだ学生なんですよ!?だめですったら!!」
「…そうですか?作って仕舞えば許されるしか道はないと思うのですが…」
「っだめ!まだ!だめです!」
「まだ…そうですか、ではいつならいいのかまた話し合いましょうね。今は…貴女につけてもらいましょうか」
「わかりま……っ!?つけ!?は!?い、いやですよ!!むり、無理っ!!」
「ではこのまま、」
「ああもう!嘘!つけますから!」

にっこり。
それはそれは、空に浮かぶ三日月よりも綺麗な弧を描くジェイドの唇は、それからキュッと結ばれたメイドの唇に合わさった。

「っんも…坊ちゃんにはかないません…産まれるなら、坊ちゃんに似た可愛い男の子がいいなぁ…」
「僕は貴女に似た子がいいです」

そんな小さな声も聞かれていて、メイドは笑ってしまった。
いつになってもメイドという立場が抜ける事はないと思っていたのだが、この調子で心すらもうまく誘導されてしまうのだろうなと、密かに喜んだことすら、激しく揺さぶられて闇に溶けて。

今宵、もっと近くで心と身体を絡めあう。
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