◆聖夜の星に願い事

一緒に出掛けよう、なんて誘われることは稀で舞い上がっている今日は、ルシファーとクリスマスマーケットへデートの日。
魔界でクリスマスをすると言い始めたときには乗り気でなかったルシファーも、実際にその日が近づいてくるとなんだか落ち着かないようで、相変わらず可愛いなぁと思ったことは秘密だ。
人間界とはまた違った魔界のマーケットは、どのお店も気になってしまってついふらふらとしがちだ。もとより楽しいことやものが好きな私は、ちょっと気になるものがあるとすぐに横道にそれていくものだから、おまえは子供か?と苦笑された。
「だってこんなに面白いお店がいっぱいなんだもん!目移りしちゃう!」
「あまりこういう場所におまえを連れてくることもないとは言え、そこまで喜んでもらえるとは思いもよらなかった」
「ええ!?楽しいに決まってるじゃん!見たことないものを見るのも、知らないことを知るのも、とっても好きだよ。それにルシファーと一緒だから!」
「そうか。それならよかった。だがあまり動き回らないでくれ。本当に見失ったらどうする」
「ルシファーは遠目でも目立つし、大丈夫だよ。迷子になってもすぐ見つけられるから心配しないで!」
……と、そう言っていた数十分前が懐かしい、と記せば意図は伝わるだろう。
お察しの通り。ルシファーに秘密で何かプレゼントを買おうと露店を覗いていたら、その間にはぐれてしまったのが現在だ。
私の手にはさっき買ったばかりのルシファーのヘルコーヒーが。そしてルシファーの手には、私が食べるはずだったコールドモンスターのダブルアイスクリームが握られているはずである。
「うそだぁ……」
だってついさっきまで、恋人ポジションを見せびらかすかのようにこんな風に話していたのだ。
「荷物は俺が持つ」
「たくさんあるから半分くらいは持つよ?今時そんな、荷物は男とかそういうのな」
「違う」
「え?」
「おまえが抱えていたら両手がふさがるだろう。そうすると手を繋げないからな」
「は、」
「なんだ?おまえは恋人の俺と手も繋ぎたくないとでも?」
軽口を叩きながら束の間のデートを楽しんでいたというのに。隣で私に笑いかけてくれていたルシファーがいない。それだけでキラキラワクワクの空間から何かがすっぽりなくなってしまったように感じる。
ルシファーに着せられたコートの力で、道行く悪魔たちには私が人間であることには気づかれてはいないはずだが、それでも心細いには違いない。もしどこかでボロが出てしまったら、私は今ここで四肢を引きちぎられて食べられてしまうのかもしれないし、はたまた魂を取られてしまうかもしれない。
「ルシファー……どこぉ……」
心細さでなんだか寒くなってきて、暖を取るためにヘルコーヒーに口をつける。途端まろやかな味が口の中に広まった。いつか、ヘルコーヒーは好意をもつ相手に淹れると苦くなるのだと教えてもらったな、と思い出すだけでまた辛くなる。コーヒーとともに涙も飲み下してしまえとコクリコクリとさらにそれを流し込む。
「はぁ……どうしよう……」
「おい」
「ルシファーに会えるかなぁ……」
「おい、俺を奔走させておいてよくそんな態度をとれたものだな」
「幻聴まで聞こえて来た……」
「全く。だから言っただろう、迷子になるなと」
「えっ!?」
落としていた視線を上に向けると、そこにはルシファーがいた。えっ、なんで、どうして、と返事する間もなくルシファーはヘルコーヒーを取り上げ、持ち上げた感覚で残り少ないことを悟ったのか『人のものを勝手に飲み干すなんていい度胸だ』と苦笑する。
「魔界のマーケットは危険だ。入る度に入り口も出口も、なんなら店の配置も、入った者に合わせて変化する。だから離れるなと言ったのに」
「えーっ!?なんでそんな大事なこと黙ってたの!?知ってたらさすがに私だってっ」
「言うことを聞いたか?」
ルシファーが飲み干したカップを近くのゴミ箱に投げ入れれば、それは乾いた音を立てた。私はウッと喉を詰まらせる。
「理由があるにせよ、だ。溶けそうなダブルアイスクリームを一人で食べ切った俺の身にもなれ」
「っ……ご、ごめんなさい……」
「俺に黙ってプレゼントを探そうなんて千年早い」
「そ、そうだよね……ってえっ!?気づいてたの!?」
「当たり前だ。あんなに堂々とこそこそされれば誰でも気づくだろう」
「そんなぁ……」
「直接聞けばいいじゃないか」
必死で色々装っていた自分が恥ずかしいと手で顔を覆ったら、その上からポツリと独り言が降って来て思わず目を見開く。
「残るものは、ほしくないんだ。……残されたものを見るたびに、辛くなるだろう?」
その言葉に胸が詰まってしまう。そういえば、嘆きの館にはリリスの持ち物はあの部屋以外に何も残されていなかったな、と。
「っ……でも、じゃあ……じゃあルシファーはなにがほしい?私にあげられるものならなんでもっ、」
「わからないのか?俺がほしいものなんて一つしかない」
「え……」
「おまえだ。おまえ以外は、なにもいらないよ」
ストレートな言葉に、私は声を失った。その言葉の意味はじわじわと胸に広まって、そうして脳に到達した瞬間、ボッと顔から火が噴き出る。
「る、るしふぁ……は、また、そういうこと、言う……」
「本心を言って何が悪い」
少し顔を赤らめて私を見つめるルシファーは、決して寒いわけではないだろう。
「っ……か、考えておきます……」
「そうか、期待してる」
ほら、と差し出された手を取れば、繋がれた手はもう解けることはなかった。今後は迷子にもならないはずだ。
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