◆聖夜の星に願い事

堕天しているルシファーのもとの姿を夢に見た私は、今のルシファーを見ていないようで何かいけない気分になってしまう。罪悪感はつのるばかりだ。
「私は一体ルシファーになにを求めているんだろう……」
ルシファーは私に何でもくれるけれど、私はルシファーに何をしてあげられているのかわからない。こんなだからまともなプレゼントも用意できないのだと寒空の下、ベンチでへちょんとヘタレている今。購買で買った「悪魔の甘い囁きラテ」はとっくの昔に冷えきっていた。
「あれ?こんなところでどうしたの?」
「え……あ、シメオン」
聴き慣れた声が私を呼び止めたと思えば、そこにいたのは本物の天使だ。タイミングがいいんだか悪いんだかと苦笑してしまう。
「君が一人でいるなんて珍しいこともあるものだね。ここ、いいかな?」
「ん、もちろん」
シメオンが持っていた分厚い本をなんとなしに見ていると、気になる?と手渡してくれた。それは人間界で有名な恋愛小説と、それから心理学の専門書だった。意外な組み合わせのそれをマジマジ眺める私を「君はわかりやすいなぁ」と笑うシメオン。
「今度また新しい長編を書こうと思ってね。その前知識」
「へぇ!どんな?七王みたいなファンタジー?」
「うん、ファンタジーはファンタジーだけど、冒険じゃなくて恋愛ものにしようと思って」
「シメオンの書く恋愛のお話……!めちゃめちゃ気になる!」
「ふふっ!そう言ってもらえて嬉しいけどプレッシャーがかかっちゃうな」
「またまたぁ」
「本当だよ?事前情報も漏らしちゃったし、対価として君の恋愛経験聞かせてもらおうっと」
「ええ!?わ、わたし、恋愛経験なんて」
「まさに今、してるでしょ?フレッシュな情報を教えてほしいなぁ」
自分の膝に肘をついて顎の下で手を組んだシメオンは、私の少し下から視線を寄越す。私がうっと喉を詰まらせると、クスクスと笑うシメオン。彼のおねだり顔に勝てるものなどこの世にいないんじゃないかな。
「ほらそれ」
「へ?」
「君は俺を見て、そうやって頬を染めて恥ずかしがってくれるのに、君が選んだのはルシファーだったわけでしょ?」
「あ……そ、それは」
「どうして?どうして他の兄弟でも天使でも魔王でも執事でもなく、ルシファーだったの?」
「え、と、」
「それとも、今俺が君にキスしたら、俺に靡いてくれるのかな」
「!?」
シメオンの指が徐に私の方に伸びて。私は魔法にでもかかったようにそこから動けない。その指が唇に触れそうになる、まさにその瞬間だった。
「そこまでだ」
「!」
「……なぁんだ、いたの」
私の鼻から下を一思いに覆ったのは、真っ黒なグローブだった。言うまでもなく、その手はルシファーのものだ。
「シメオン、俺を怒らせたいのか?」
「やだなぁ。ただの実験だよ」
「実験?」
「そう。……天使でも、キス一つで誰かの王子様になりうるかの実験」
「っ、」
シメオンの声に含まれる悪戯な色とは相反して、寄越された視線は真剣そのもので。それは小説に対する姿勢なのか、理解したくないシメオンの本心だったのか。私には判断できなかった。
「……仕方ない、じゃあ今日はこのカフェラテで我慢しようかなっ。またね!」
「ん、」
口を塞がれたままでは返事もままならず、小さく手を振るのみに止まった別れはあっさりとしていたが、飲みかけのラテに躊躇いもなく口付けたシメオンは、たぶん確信犯だ。

他のみんなとルシファーと、何が違うのか

その一言で、少しだけハッキリしたのは、私の感情。やっぱり天使とは「導く」存在なのだと思った。
そっと離れていったグローブ。
それと同時にルシファーに向き直される。眉の間に皺を寄せてなんと咎めたらいいのかと必死で考えているのか、ルシファーは苦虫を噛み潰したような微妙な表情をしていたが、暫くして発された言葉は至極短く、そして優しかった。
「……少しは…警戒しろ」
「…ごめん……」
「はぁ……いや、いいんだ…いや、よくないが……はぁ…これでは子供みたいだな……俺が狭量なのかもしれん。すまない」
「そんなことないよ。ありがとう。私のこと大切にしてくれて」
「そんなことは当たり前だろう。おまえはあまりわかっていないようだが、俺は、」
じっと見つめられて、その先の言葉を待つけれど、なかなかいい表現が見つからないようでルシファーは困ったように笑った。
そんなルシファーの手を取ってギュッと握ると、私もルシファーを見返して、たった今確認したばかりの気持ちを告げる。
「私は……ルシファーに永遠を約束することはできないけど、命がつきるまで一緒にいると誓える。誓う相手はルシファーじゃないと、だめ。ルシファーがいい。ルシファーだから好きなんだよ。他の誰かじゃ、嫌。最期に魂をあげてもいいと思えるのは、ルシファーだけ」
「、おまえ」
「だから、心配しないで?」
「っ……はぁ……敵わないな…」
繋いだ手を引かれた先は、ルシファーの腕の中。
普段公共の場ではこんな風にしてくれないから、この温もりはとてもとても嬉しかった。
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