◆悪魔とメリークリスマス

魔王城からの帰り道、チラチラと視界を横切るものがあったので空を見上げたら、なんと雪が降っていた。
「あれっ!?雪降ってる!えっ、えっ!?」
「ああ、道理で冷えると思いました」
「魔界って雪降るの!?っていうか冷えるって、バルバトス、寒いならこのマフラー使って!?」
あたふたと自分のしていたマフラーを取る私の手をやんわり押さえながら、バルバトスは『ふふっ』と笑った。
「あなたは忙しいですね。それを取ったらあなたが風邪を引いてしまいます。大丈夫ですよ、お気持ちだけ頂戴します」
「ぶふっ、んん……、」
綺麗に巻き戻されたマフラーは私が自分でやってもそうはならないのに、可愛らしくちょうちょ結びされて私の首を暖めてくれる。バルバトスは『冷える』とは言ったものの、いつもと変わらない表情でいるのだから、何らかの魔法具でも持っているのかもしれない。ネズミ退治用のあれこれもある世界なんだし。いらないことをしたと少し反省。
「いらないことだなんてそんな。私のことを気にかけていただけるだけで光栄です」
「読心術!?」
「読心術ではないですよ。あなたとも長く一緒におりますからね、だいたい何を考えているのかは予測がつく、それだけのことです」
控え目に言ってはいるが、それだけのこと、とは言い難いのでは?と思いつつ、なんだかそれすらも嬉しくなって、それを誤魔化すように『もぉ……』と一つ息を吐き出す。それは白く空気に浮かんで、それからすぐに闇に溶けていった。
会話が途切れると、その瞬間から自分の息の音がやけに鼓膜に響いた。
コツ、コツ、と歩く二人の靴音も徐々に聞こえなくなってくる。
「……雪が降ると、音が全部消えちゃうね」
「そうですね……とても静かです」
周りが静かなので、つい自分も声を潜めてしまったけど、私の声はちゃんとバルバトスに届いたようで安心した。
「これだけ音がなくなると、時間が止まっちゃったみたい……」
「止まった時間のなか、私とあなたの二人だけが動いている……なかなかにロマンチックなことを仰る」
「えっ!?あ、な、なんか恥ずかしいこと言っちゃったかも……ごめんなさい、」
「いえ、そんなことは全く」
「そ、そうかな……へへ……」
「ですが、その場合、時が止まっている中で動いている私たちは、どうなってしまうのでしょうね」
「え……?」
思いもよらない言葉が返ってきて、返答に詰まってしまった。そんな私を横ざまに捉えたバルバトスは、ふっと息を吐いて、それから言った。
「人間の命はなんと短いんでしょうね」
「!」
「永遠に変わらないものはないですが、私たち悪魔は永遠と称しても差し支えないほどに長い時を生きています」
「う、ん……」
「クリスマスの準備をしていて思ったのです。色とりどりに輝くイルミネーション、煌びやかな装飾を施されたツリー、そして蝋燭を灯したケーキに暖かな食卓……人間は、そうして刹那性を求める。それは、あまりにも私たちには理解し難い世界なのかもしれないと」
そう呟いたバルバトスの横顔がなぜか寂しそうに見え、知らずその頬に手を伸ばす。ツ、と触れたバルバトスの頬は思った以上に冷たく、ピクッと指先が震えてしまった。その感触で我に戻ったのかバルバトスは私の方を向いた。完全にこちらに向き直ったときには普段と寸分違わない笑顔がそこにあった。
「……未来も過去も知ることができる悪魔の私には、一生かかってもわかりませんね」
「そんな、」
「さぁ、遅くなってしまう前に、嘆きの館へ急ぎましょう。兄弟たちに怒られてしまいますからね」
「あ……うん、」
そこでその話は流れてしまったけれど、なんとなく。私は、バルバトスの言った「一生かかってもわからない」という言葉が頭から離れなかった。
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