◆聖夜の星に願い事

ルシファーときちんと話をした翌日、私は体調を崩していた。全然そんな予兆はなかったのに午前の授業が終わったあたりでふらついて倒れてしまったので皆に驚かれたほどだった。ただ、倒れたことよりもルシファーにお姫様抱っこされて医務室まで連れてこられたことで注目を浴びてしまったことはここに記しておこう。恥ずかしいったらない。
「あ、あは……知恵熱かなぁ?全然大丈夫なんだよ、ほんとに、そ、あっ!」
そう言い訳してる間に、突然グローブを外したルシファーの手がそっと髪を避けて額に触れてきたので思わず「ひゃっ」と声をあげて目を閉じてしまった。少しだけひんやりとした指先が気持ちいい。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
「だ、だって、」
「ん……熱はないようだな」
「熱?あっ、熱ね!?うん、ないと思うよ!」
「何を焦っているんだか。疲れが溜まって来る頃なんだろう。今日はこのままここで休んでいろ。授業が終わったら迎えに来るから」
そんな風に言われては従う他なく大人しくしていたら、何から何までお世話されて(もちろんお風呂までいれられた)もうどうにでもなれと思った、さらにその翌日。
すっかり良くなったというのに、念のため病院に行ってこいと言われ今度はRADを休まされた。
今日は雨が降っている。雨が降っているなら外に出たくない。これが雨ではなく雪で、外が白銀の世界だったらどれだけ良かっただろうと頭からシーツをすっぽりかぶってくるまる。
動いても大丈夫なのに。良くなったのに。それでも休めというのなら、もう少し眠ればきっと絶対治る。人間界にいた時だって滅多に病院にかかったことはなかった。てか魔界の病院ってなに?人間も診てくれるのかな?大丈夫かな!?なんて余計な心配が先行する。
うだうだ考えているうちに皆がRADへ登校したのか、部屋の目の前のキッチンからも音が消えてシンと静まる嘆きの館。
これなら、行った、と言っておけば誰にも気づかれないんじゃないか、と邪な気持ちが頭をよぎる。そう、このまま一人でーー。そこまで考えたとき、思いがけず部屋の扉がコンコンと叩かれてベッドの上で飛び起きてしまった。あまりに驚いて返事をできないでいたけどノックの主の気配はいなくはならない。どうやら部屋の前で突っ立っているようだ。
マモンにしては行儀が良すぎるし、アスモだったら声をかけてくるだろう。レヴィやベルフェならそっと入ってきそうだし……と考えて、じゃあ誰?と怖くなる。シーツをぎゅっと胸の前で握りしめて固唾を飲んだ。
すると、もう一度コンコンとノックがあり、その後かかった声は。
「おい、起きているんだろう。開けるぞ」
「!?」
思いもよらずそれはルシファーの声で、次の瞬間には私は転がるようにして起き上がり部屋の扉を抑えた。
「ちょっちょちょちょちょちょ待って何でルシファーが!?」
「迎えに来た。どうせこんなことだろうと思ってな。ん?開かないな」
「いや!だめ!今ほんと酷いカッコしてるから!」
「何を今更。おまえのことは全部知ってる。心配するな」
「それとこれとは話が別!!」
「……そうか。なら諦めようか」
「、え」
「だが病院だけは行ってくれ。頼んだぞ」
それだけ告げると、ルシファーは本当に諦めたようで、扉の前から人の気配がなくなった。
ただ心配して来てくれたのかと今度は逆に申し訳ない気持ちが湧き起こってきて、うぬぅ、と唇を噛む。
仕方ない。ルシファーに免じて病院だけは行こうじゃないか。でももうちょっとしてからだ。私にだって覚悟する時間は必要なんだから。先に少しだけ腹ごしらえでも……、そう思いながら薄らと扉を開いて、そして私は声を失った。
そこにあったのはRADの制服。
機械仕掛けの人形のようにギギギと顔の角度を調整すれば、真っ赤な双眸と視線がかちあい、見つめあうこと数秒。その赤はにこりと三日月型にしなった。
「…………は、はは、あは……」
「逃げようとしたってそうはいかないさ」
「に、にげ、ようとなんて、」
「さぁ、病院へ行くぞ」
「違うの!話を聞いっ、いやぁあああ!!!!」
部屋に戻され、簡単に着替えさせられるとガッチリホールドされて館を連れ出されたのは簡単に想像できる未来の姿である。
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