◆聖夜の星に願い事

彼女の様子がおかしいことには気づいていた。あの裏路地に迷い込んだ日からだ。だからこそミュージックルームで待ち伏せしたり、できるだけともに時間を過ごすようにしていた。それでも心に刺さった棘は抜けないようだった。当たり障りのないことを口にすれば、ありがとうと微笑まれるだけ。無理矢理聞き出しても良かったが本当のことを言うつもりはなさそうに見える。それならそっとしておく他に対応方法がない。俺がどれだけ愛情を注いだところで、それが伝わらなければ何もしていないのと同じことだ。
(全く……愛する者をこの手で守りたいと思うことに、どんな理由もいらないだろうに…何を躊躇っているんだ俺は)
考えれば考えるほどイライラは増すばかりだったが妙案も浮かばない。仕事をする手も止まる始末で、こんなことでは今日中にこの量をこなすことは困難だ。気持ちを切り替えるためにコーヒーを淹れようと部屋を出たがしかし、キッチンへ向かう途中、階段の中央あたりから声が聞こえたので足を止めてしまった。どうやら声の主はレヴィと、彼女らしい。
「おまえさ、何かびびってることでもあんの?」
「え?」
「なんていうか……ここ数日、僕みたいな顔してるから」
「えー?うふふ!レヴィみたいな顔って、何?」
「いや、それはまぁ、例えだよ、例え!そりゃあ僕に似てるなんて言われたら嫌だろうけどさぁっ」
「……冗談だよ。気にしてくれてありがとう。……レヴィはさ、死ぬのが怖い感覚って、わかる?」
「は?死ぬ?」
「……ううん、なんでもない。ごめん。悪魔は長生きだって知ってるんだけど、レヴィなら漫画とかで推しがそういうことになるシーンも見てるかなって勝手に思っちゃってた」
「え!?別に謝る必要なんてないけどさ……でも、なるほどね、そういうことなのか」
「ん。そういうこと」
どうやら二人の会話はそこまでのようで、影に隠れている自分がバカらしくなった。それ以上に、少ないワードだけで分かり合える二人を恨めしくさえ思った自分を嘲笑う。
(傲慢が聞いて呆れるな)
その後二言三言会話して別れた彼女が何も知らず俺のいる方に近づいて来たので、こっちもやっとのことで足を踏み出せば、俺がいたことに大層驚いた様子で目を見開いて固まった。
「な、なんでこんなところに、る、しふぁ、が、」
「どうした?俺がいたら不味かったか」
「え、い、いや、そんなことは、」
「じゃあどうして俺を見てそんなに怯えるんだ」
「怯え……!?そんなことな、」
「っ…そんな顔をするなっ……頼むから」
俺に隠し事をしないでくれ、とは、情けないことに彼女をこの腕に抱きしめた上で、耳元で呟くことしかできなかった。
俺に言えない何か。俺から離れたくでもなったか?おまえが俺から離れていくなんて、そんな。でもわからない。前に俺が言った「おまえの世界は人間界だ。それは変わらない」の言葉がおまえを苦しめてしまったのか?そんなの嘘に決まってるだろう、本当は、俺が一番おまえを人間界に返したくないんだから。
ぐるぐると脳内を巡る本心を吐き出すことができればどれだけ楽になれる?おまえを引き留められるか?
「ルシファー」
「っ……」
「ごめん、私、知らないうちにルシファーを不安にさせてたんだね」
「……そんな、ことは、」
「大丈夫。私は、ルシファーが私を拒まない限り、ルシファーから離れたりしない」
俺の背に回された手が、きゅっと上着を握り締めたのがわかった。
「ルシファー、話すよ。私が思ってること、私の怖いこと、全部話す。だから大丈夫、信じて」
彼女が俺のマスターだからかなんなのか理由はわからないが命令口調で話されると落ち着いてくるのが不思議だ。
ルシファーのお部屋に連れて行って、なんて嬉しい願いはもちろん叶えるに決まっている。
「わかった。続きは俺の部屋で」
「わ!」
そのまま抱き上げると百八十度方向転換。もう迷いなどするものかと、俺は来た道を一直線に戻った。
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