◆悪魔とメリークリスマス

あの後嘆きの館に戻るとルシファーから連絡を受けたバルバトスからも心配で連絡した旨のメッセージが入っており、一言だけ「心配かけてごめんね」とメッセージを返したら、電話がかかってきて大変だった。それに対して、バルバトスも過保護だな、なんて苦笑したという事実は私だけの秘密。
そして本日。
今日は飾り付けは良いので少し私に付き合ってください、とバルバトスに頼まれてやってきたのは魔界のマーケット……と言っても連れてこられたのは、いつも来るマーケットとは別の、大きな倉庫のような建物だった。意味ありげな笑みに背中を押されて扉を開け、足を踏み入れるとそこにあったのは所狭しと並んだお店の数々。輝いたのは私の瞳で、緩んだのはバルバトスの目尻。

「うわぁ……すごい!屋内にこんなマーケットがあるなんて!」
「ふふっ、あなたならきっと喜んで下さると思っていましたが、その反応を見られてほっとしました」
「えっ、あっ、」
「なかなか二人きりの時間も取れませんから、たまには、ですよ」

悪戯に笑ったその顔に、私は釘付け。ボンっと火が出てしまって何を言い返すこともできない。

「業務ついでで申し訳ないのですが、私とデートしていただけますか?」
「っ、も、もちろん……!よろしくお願いしますっ」
「ありがとうございます。それではお手をどうぞ」
「ふぁ!?」

絡められた指先は暖かく、隣を歩くバルバトスをそっと見つめればいつも以上にご機嫌の様子。それが自分と一緒にいるからなのだと思うと、今日という日が終わらなければいいのになぁと願わずにはいられなかった。
まさかそれが、本当にかなってしまうなんて、考えもよらなかったから。



マーケットには野菜や果物のような食品のみならず、小物や衣類を扱うお店や、ジャムや燻製といった加工食品、茶葉などを売るお店もあって大繁盛していた。
大半が魔界文字で書かれていたから咄嗟に読めるものは少なかったけれど、見た目から、これはこういうものっぽい、この食べ物の中にはこれが入ってるような気がする、なんてバルバトスとクイズ形式の会話が弾むのが逆に楽しい。
あらかたの買い物を終えた頃にはおやつの時間を回っており、時間も忘れて楽しんでいたねとブランチを摂ることにする。が、違和感を覚え始めたのは、出てきたスープをいただいていたときだった。

「……?」
「どうかしましたか」
「あ、ううん……その、なんていうか……ここにくるのは初めてなのに、この味どこかで…」
「……なかなか鋭くなりましたね」
「へ?」

そう言って、ちょいちょいと私を呼んだバルバトス。そちらの方に少し乗り出すと、内緒話でもするように耳に手をあて、こしょこしょとウィスパーボイスが奏でられた。

「私たち、この数時間を何度か繰り返しているようです」
「ほんとに!?」
「ええ、私は時を操る悪魔なので、一般の悪魔よりそのような事態に敏感です。間違い無いかと」
「な、なんでそんなことに……」
「原因、ですか……それは……いえ、それは一旦傍に置きましょう。それよりも先に、ループから抜け出した方が良いかと」
「あっ、それもそうだよね!?」

私の耳の辺りからバルバトスが離れていくと、キョロ、と視線を泳がせた彼はとあるものに目をつけた。

「あなたはもうブランチを食べ終えましたか?」
「うん、もう食べ終わるよ」
「わかりました。では食べ終わったら、次はあの店に寄らせていただいても?」
「あの店……」

バルバトスが指したのは、魔界では珍しい人間界のクリスマス用品を専門に扱うテナントだった。

「うわぁ!可愛いっ!行こう行こう!ツリーだけじゃなくってリースとか他にもいろいろ作りたいものがあったんだよね!」
「そうでしょう?それで、」
「なぁに?」
「あの店の縁に、円形のオーナメントが飾られているのが見えますか?」
「えっと……ああ、うん、見える、けど」

視線で促された先には、小さな二つのレコード盤を合わせたようなオーナメントがあった。それは風も吹いていないのに無造作にクルクルと回転し、絶妙な虹色を醸し出している。

「そう、それをじっと見つめて」
「ん……わか、った…………」

言われた通りにそれを見つめた私だったけれど、だんだんとそのオーナメントから目が離せなくなって……ふっと意識が途絶えると、次に目を開けた瞬間には、私はバルバトスにお姫様抱っこされた状態でマーケットの外にいて驚く。

「あれ……?」
「気が付きましたか。よかったです」

バルバトスと視線がバチっと合わさったことで我に返り、ぽかんと開けたままだった口をキュッと結んだ私。阿保面を晒してしまって恥ずかしい。

「わ、わわわわたしっ、ごめんなさい!お、おろしてっ、あの、」
「それほど焦らずとも。あなた一人を抱えるくらいなんてことないので気にされなくていいのですよ。これも役得というものです」
「っ、も、もぅ!バルバトス!?」
「ふふっ、すみません、あまりにも可愛らしいもので」

チュッと額に一つ可愛らしいキスが落とされてから地面に降ろされても、くらくらしてしまうのは避けられない。腰を支えてもらいながらも、はい、と掌の上に乗せられたのは、先日手に入れたオルゴールだった。

「え……これ、どうしてバルバトスが、」
「どうやらこれが原因のようでした」
「?なにが?」
「ここから出られなくなった原因です」
「え!?」
「あなた、もしかしなくとも『今日という日が終わらなければいいのに』と願ったのでは?」

自分の思考を振り返るとたしかにその記憶があり、どうしてわかるのとバルバトスを見返せば、曰く、その願いをこのオルゴールが聞き入れたのではないかということだった。

「そ、そんな……私のせいだったなんて……」
「いえ、あなたが悪いわけではありません。たまたま、悪魔の悪戯に遊ばれただけですよ。ただ、この類の呪いを解くには、呪いの発動者自身が時の流れに逆らっていると気づくこと、一種の催眠状態から抜け出すことが第一条件になることが多いので、ある店のオーナメントを利用して催眠の上書きを行わせていただきました」
「なるほど…?」
「それから呪いを解除しようとしたのですが、私の力でどうにかなるものではなかったので緊急事態と判断し、過去に戻ってループから抜け出した、というわけです」
「あ、ありがとう……それとバルバトスに迷惑ばかりかけてごめんね」
「何を仰いますか。私はあなたの彼氏、ですから。どんどん手をかけさせてもらえたらと思います」
「っ!?」

にこっと微笑むと、腰を引き寄せられてまた一つキスが降ってくる。

「さて、過去に戻ったので、実はまだ買い物をする前なのですが……もう一度デートしていただけますか?」
「!っ、もちろん!嬉しい!」
「それはよかった。そうですね、ではこことは別のマーケットに参りましょうか。いつもの場所ならさほど危険もないでしょうから」

ね、とウインクを一つもらって、きゅっと手を繋ぐ。
ガチガチに硬直した私は、寒空の下であるにもかかわらず身体をほてらせた。
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