【完結】恋とはどんな音かしら

『ライブなど何度もやってきたんだし慣れたものでしょう』と、そんなことを言う奴はまだまだ二流だ。
この感覚は誰にわかるものでもないだろう。
自分で作り上げた舞台。ひとつだって同じものはない。せり上がるこの台に立つたびに、何度でも背筋に冷や汗が伝う。
受け入れられなかったら?
失敗したら?
罵声を浴びたら?
僕は、ここから堕ちたらどうしたらいいのだろう。
けれどそんな恐怖は、舞台上からその景色を見た瞬間、泡となって弾ける。
僕はここにいて。
皆がそこにいる。
煌めくペンライトの光に、地を震わすような大歓声。
キラキラ、チカチカとこの瞳を焦がす。
僕らの世界を皆が求めてここに集まってくれる。
だから僕は、僕たちは、今日も歌う。
倒れても、この足で立ちあがって。
息ができないくらい苦しくても、声を出して。
そうして、歌うのだ。

「本日も、ライブに来ていただいたこと、心から感謝します」
「僕らは稚魚の皆さんがたくさん跳ねてくださることが何より嬉しいですから」
「稚魚ちゃんたちの声、たーくさん届いてるからねぇ〜!」

アンコールに突入してしまえば、この時間の終わりが近づく。
がむしゃらに走ることだけが取り柄だったはじめの頃と比べて、ペース配分もできるようになった。そうすると周りがひとつひとつ見えて来る。
夢ではなく、全ては現実。この景色を、一つ一つ網膜に焼き付けるように見つめるけれど、残せないからこそ心を揺さぶられるのだろう。
OCTは、こんなにも世界に愛されている。

「名残惜しいですが、最後の曲ですよ」
「一緒に歌ってねー!」
「Like a magic. 次はファンミーティングで会いましょう!」

イントロが流れ始めた。
持ちうるだけの力を持って、会場中を走り回るフロイド。
悠々とトロッコに乗り込み皆に手を振るジェイド。
それからカメラに向かって歌い続ける僕。
三者三様、最後の時間を楽しむ。

挨拶をして壇上を降りるまでがアイドルだ。それまでは一部の揺れも見せられないが、会場が見えなくなる頃には僕らはフラフラ。
覚束無い足取りでスタッフの花道を抜けていく。
鳴り止まない会場の拍手に混じって、パチパチとライブの成功を祝う仲間たちからの拍手も耳をくすぐる。
稚魚たちに楽んでもらうためのライブでこうして熱いコールをもらえるのは、儲けることと同等に心を満たしてくれることを知った。
そんな言い知れぬ満足感に浸りながら花道を抜けて着いた先。
楽屋の手前にいたのはマネージャーと、彼女だった。

(なぜ、今、ここに?いや、スタッフなら居るのは当たり前だが、なにもマネージャーの隣にいなくても…普通に他のスタッフの間に並ぶとか…)

そこまで考えて、ふと、先日のやらかし案件を思い出す。
それはあの手紙のことだった。
ジェイドが絵本作家との距離を詰めた結果、避けられてしまったことを受けて、マネージャーが提案した『手紙を送る』という方法。それが僕たちにも伝播した結果、最悪な展開を招いた。
いや、最悪とは言い方がよくない。便箋セットやシール、万年筆など新たなグッズ展開も増え、郵便業界とのコネクションもできた。金銭面では潤いが増すばかりなのだから。

悪化したのは僕と彼女の関係だけだった。

手紙と言われて最初に思いついた形式ーそれが報告書だったのだがー名ばかりの手紙を送ることで誤解を招き『アズールさんは私と言葉を交わすことが嫌だったんですね、わかりました、今後はなるべく近寄らないようにします』と死刑宣告を受けたのだ。
もちろんそんなつもりは毛頭なかったが、その形式が酷いものだったのは事実だし、一度渡した手紙はなかったことにはならない。記憶を消すことは容易いが、彼女に対してそんな不誠実なことはしたくなかった。

最近になって漸く自覚した恋心だったのに。
僕はアイドルだけれど、アイドルの前に一人のヒト…いや、人魚なのだから、別に恋するくらい許されるだろうと、僕なら誰にでも受け入れられるだろうとタカを括っていた矢先にこんなこと。
そんなことが一気に思い起こされて、つい大きな溜息が出てしまう。

「はぁ…もうだめだ…」
「っ?!アズールさん!」
「は、」
「ダメってどうしたんですか?!大丈夫ですか?!どこか痛めたんですか?」

その言葉が疲労や怪我からの台詞だとでも思ったのか、駆け寄ってきたのはマネージャーではなく彼女だった。
自分より頭ひとつ分大きな僕を、ライブ後で汗だくな僕を、そんなこと何一つ関係ないとでもいいたげに。
僕の目の前に立ちはだかり、手を取って心配そうな視線を向ける。

「っ!?」
「あ、いいなーあずーる」
「一人だけ抜け駆けでしょうか」
「はーい二人は先に楽屋いきましょーね!アズさん、本当はごゆっくりって言いたいですが、会場退出時間も迫ってるんで、なるはやで!」

パタン、としまった楽屋の扉は三人を飲み込み、残された僕と彼女は、すでにシンとしていた廊下に立ち尽くす。
これはライブの余韻なのか?心音がどうにも煩かった。

「あ、あの…特に怪我などしたわけではないので、その、手を、離して、いただけませんか…?」
「あっ…すみません…!」
「い、いえ…誤解がないなら、それで…」

どう切り出したものか。
ここ数日の地獄のような静のやりとりを考えるとこのまま逃げてしまいたいのだが、そういうところで思い通りにいかないのが数奇な人生というものである。

「っ…すみませんでしたっ!」
「へ?」
「あの!私、勘違いしててっ」
「あ、いえ…別にその、わかっていただければ…」
「違います!手紙のこと!ごめんなさい!」
「て?!」

素っ頓狂な声を出してしまったが、使い果たした体力ではさほど大きな声も出なかった。

「あのあとオクラの配信で見ましたっ…マネさんの手紙講座でみなさん奮闘してらして…。なのに私ったら大人気なく怒ってしまって…男性は手紙なんか書くこと、あまりないですよね…」
「え、と…」
「なのに頭ごなしに、報告書だからきっと私と話すのも嫌だったんだなんて勝手に解釈して。ごめんなさい。ちゃんとアズールさんのお話を聞くべきでした。その…褒めて、下さっただけなんですよね、きっと」

少しの希望と恐怖が入り混じる視線が、僕を、僕だけを映す。
わかって、もらえたのか?僕の気持ちが?

「これからは…また、他愛ないお話で話しかけても、いい、ですよね?」
「も、ちろんですよっ!!貴女は僕の専属メイクなんですから!!どんなことでも僕に報告してください!!」
「ふ…っ…あははっ…!報告っ…そうですねっ、報告します、私もっ」
「ッ、」
「アズールさんも、ちょっとしたことでもいいので…例えばこの色のメイクがしてみたいとか、ヘアスタイルちょっと気に食わないとか、そう言うことは、もしあったらすぐ言ってくださいね?報告書は、もう嫌ですよ?」
「はいっ」
「よろしいです!それと…お忙しいのに、手紙、書いてくださってありがとうございました。個人的にお返しすることは、ただのイチスタッフとしてできませんが、大切にしますから。今度からは口頭で伝えてくださいね」
「は、はい…気をつけますね…」
「せっかく、ほとんど一緒にいるんですから。思ったことは、言ってください」

どうやら真の意図は伝わっていないようだが、とりあえず誤解は解けた。
安心したようにほわほわと笑う彼女の周りに花が舞っている、なんて、口が裂けても言えないけれど、それはいつか、伝えられればいい。

「…そうだ…次に作る新曲、」
「新曲の作業始まってるんですか?」
「はい。それで、その新曲、僕のソロなんですが、ラブソングになりました」
「へぇ…!それは、稚魚ちゃんたちが喜びますね、きっと!」
「えぇ、喜んでもらえるように…伝わるように、全身全霊をかけて作ろうと思います」
「ふふっ、私もスタッフも、みんなで楽しみにしてますね」

今はまだ。
そう思われていてもいい。
けれどその時が来たら、その余裕、崩して差し上げます。

楽屋の扉から覗く六つの目がニヤニヤと歪んだのを見て、僕らがそさくさと会場を後にしたのは、夜も0時を回る頃だった。

* * *

※用語解説※
オクラ・・・OCT live(オクタヴィネルライブ)の略。KーPOPで言うV Liveです。


アズさんからメイクさんへの手紙
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※注意※
アズさんからの手紙(と見せかけた報告書)ですが、
これはアイドルの世界線で妄想したからこうなっただけで、
原作の世界線ではちゃんと手紙かける男だと思っています。
悪しからず。
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