■読み切りログ(ルシファー以外)

【デート】
日時や場所を定めて好意を持った二人が会うこと。恋人同士の二人が連れ添ってどこかへ出かけることも指す。
逢い引き。

D.D.Dで辞書を引き、私は頭を悩ませていた。その項目に何度目を通したかわからない。
『一緒に出掛けましょう』
そうバルバトスに言われたのは週半ばの夕刻くらいだっただろうか。いつものように魔王城で殿下も含めてお茶会をしていた時の、いつもと違う提案に脳が止まったのも記憶に新しい。

魔界に来た当初からバルバトスに惹かれていた。まごうことなく一目惚れだった。美しい立ち振る舞いとか、皆から一歩引いているように見えて実はいろんなことを人一倍楽しんでいるところとか、お菓子や紅茶に目がないところとか。一つずつ増えていく彼の情報に心を躍らせるだけで十分で。彼は殿下のお付きの執事ということだったので、その想いは伝えずにおこうとも思ったのだけれど、いつでも見つめる先にバルバトスがいることなんて、兄弟にバレないわけがなかった。
周りにバレているのに隠しておく意味もなしと腹を括ったのはそれからすぐのこと。言うだけならタダよ!と、その日から、バルバトスに微塵も気にされなくたって何度も何度もアタックしてきた。別に返事を貰おうとか気持ちを返してもらおうなんて思ってもいなかったのだ。だから『あなたの私に対するその姿勢には感銘を受けました。私でよいのであれば、お付き合いさせていただいても?』なんて、喜んでいいのか悪いのかよくわからない感想とともに返事をもらってから逃げ回ってしまったことは許して欲しい。
そういうわけで、お付き合いの件に関しては殿下もすでに把握していたので、冒頭の提案は殿下にも秒で受け入れられた。ただ、私本人の意思は全く確認されなかった。
それもそのはず。
私は先日、晴れて「お付き合い」となった自分の立場を呑み込むためにバルバトスと一悶着あって知恵熱を出したくらいなのだ。
バルバトスはバルバトスで、私の気持ちを受け入れた途端、私が逃げ回るものだから、もうこれは私の意思を聞いている場合ではない、と判断した結果なのだろうけど、最近の強行突破具合は本当にえげつなかった。(バルバトスの能力のせいで部屋に忍び込まれたことも何度かあるし、自室の扉を開けたらバルバトスの部屋に繋がっていたこともある)
どうしてこう、悪魔という種族は、手中に収めたものへの寵愛が凄まじいのだろうか。普通の人間である私がなれるまでにはまだまだ時間を要するだろう。

刻々とその日が近づいて、けれど兄弟たちに黙って出掛けられるわけもなし。説明を遠まわしにするわけにもいかず「バルバトスとちょっと出掛けてくる」と濁せば、返ってきた言葉は「やっとそこまでいったのか」だ。デリカシーがない!と泣きわめいて部屋に閉じこもったのが昨日のことで、それを無理矢理引っ張り出して見送られたのが本日の朝。
「いってきまぁ……」
「そんなに嫌ならやめればいいのに。僕と一緒にゲームする?」
「ううん……嫌っていうかなんていうか」
「俺も一緒にいってやろうか」
「マモンが来たらそれこそどうしろって感じじゃん……でもありがと。気持が嬉しい」
「本当に無理になったら戻ってきたらいいよ。バルバトスもそこまで酷いことしないでしょ」
「悪魔だけどな!!」
「マモンはそういうとこ。言わなくてもいいことは言うなったら。こいつ、びびっちゃうでしょ」
「二人とも見送りありがとね。がんばってくる」
「デートでがんばるってどうなのwリア充わからんw」
そんな感じで待ち合わせ場所……といっても嘆きの館の前までお迎えに来てくれるらしいので目と鼻の先に向かったのだけど、私はその場でめまい。人間界に行くときの様相ともまた違った私服のバルバトスとご対面ではそうなるのも仕方なかった。
激しい動悸を抑えつつ近づいていくと、ゆるりと顔を上げたバルバトスは「おや」と口を薄く開いた後、ほわりと微笑んだ。
「おはようございます」
「ば、ばる、ばとす、あの、」
「その服、とても似合っていますよ。おしゃれしてきてくださったのですか?嬉しいです」
「っ!?」
「私も普段とは違ってラフな服装にしてみたのですが、どうでしょうか」
「あ、ぇ、と、に、にあって、る、よ!」
「そうですか?あなたにそう言われて安心しました。あなたの隣を歩くのにおかしな格好はできませんから」
そうして、サラッと私の手を取ったバルバトスは、『リクエストがなければ本日は魔界の動物園にでもと思うのですが、いかがですか?』と問うので、全力で頷き返した。
「ふふ、それほど緊張せずともいつも通りで構いませんよ」
「だ、だって!」
「先日坊ちゃまに、彼女が堅牢な城になってしまったとお話したら、今日一日かけてゆっくり絆しておいでと言われてしまいました」
「なあ!?」
「ですので覚悟なさってくださいね?」
ちょん、と唇をなぞったバルバトスの指に、真っ赤に頬を染め上げた私は、はわわと倒れそうになったのだった。

それはそれとして、ついた先の魔界の動物園。そこは言葉通りちょっと変わった場所で、キィキィと鳴き喚くカラフルなコウモリの巣窟、鳴かないマンドラゴラ展、ドラゴンの子育て観察ブース、小型の使い魔を飼育する小獣館など、人間界の動物園とはまた違った楽しさがあり、悩みもすっかり忘れた私はそれはそれは楽しい時間を過ごした。
が、問題はその後である。
連れて行かれたホテルは、殿下御用達なのだろうか気が遠くなりそうな煌びやかなホテルで、通された部屋は間違いなくこのホテルで最高級のスイートルームだろう。部屋にシャンデリアがついているとはどういうことなのだ。
「あなたとの初めてで下手なお部屋は選べませんから」
「どんな!?すごすぎて腰が抜けちゃったよ!?ていうか泊まりなんて聞いてない!」
「というのは冗談で」
「冗談!?」
「ふふ、やはりあなたは面白いですね」
「ふぁ!?」
流れるように私の着ていたジャケットを脱がせて、バルバトスはそれをクローゼットに収めた。
「二人きりになってしまいましたね?」
「!」
楽しそうに首を傾けて微笑むバルバトス。彼は私がその顔に反抗できないことをお見通しのようだ。
一歩、また一歩と近づいてくるバルバトスから、同じように一歩一歩距離を取る。下がっていった先にはもちろん壁しかなく、トンっと壁に背がついたところでやっと逃げ場がないことに気付いた私は、バルバトスに視線をやってから「あは、はは」と苦笑した。
「ば、バルバトス、あのね私はっ」
「本当は」
「え?」
「急ぐ予定でもなかったのです」
何の話をされているのかと怪訝な表情を作ると、バルバトスの手が壁にそっとつけられた。簡易な檻の中で徐々に二人の距離は縮まってゆく。
「ですがあなたがつれないので、気持ちだけでも確かめなければと躍起になっていたかもしれませんね」
「え、と、」
「私のことが怖いですか?」
「!?そんなことあるわけ…!」
「私に嫌気がさしましたか?」
「ちがう!」
「では、なぜ逃げるのです?私はあなたの気持ちに応えたいのです。私も好いているのですよ。でないとあのようなことは致しません」
その言葉を聞いた私はきゅっと唇を噛み締める。無言の時間はとてつもなく長く感じるものであったが、バルバトスはその間何も言葉を発さずにただ私を見つめた。そして暫く。観念した私がポツリと一言呟いた内容は、バルバトスを困惑させるのに十分だった。
「わからないのっ」
「わからない?……何がでしょうか」
「そのっ……付き合うって、何!?」
「はい?」
「私はバルバトスのこと好き!バルバトスも私のことを好きって言ってくれた!でも、それで?お互いに想いあってる、それはわかるの。でも、でもじゃあそれでどうするかって言われてもわかんない!」
「だからお付き合いするのでは?一緒にいる時間を増やして恋人として過ごすといったように」
「でも私とバルバトスは割と長い間一緒にいるよ?私はよく魔王城に出入りするし、バルバトスも嘆きの館によく来るもの」
「それはそうなのですが、二人きりではないでしょう」
「それ!それだよ。二人きりである必要って何?みんなが一緒だってお話はできるし楽しいし、それに」
「ですが恋人としての時間を過ごすには、少しばかりお邪魔ではないでしょうか?例えば……」
「んっ!?」
言いながら私の唇をチュッと吸ったバルバトスは、鼻先が触れ合うほど近くに留まったまま頬を包み込んでにこりと笑った。
「こうやって、好きな時にキスもできませんから」
一瞬、私の時が止まって、それから、そうでしょう?と問いかけたバルバトスの真剣な瞳が射るように私を見つめるのに現実に引き戻されて、だんだんと早鐘を打ちはじめた心臓。もう逃れられない。否、逃れられるはずなど最初からなかったのだ。
「ごめん、なさいっ……」
「それは何に対する謝罪でしょうか」
「私っ、バルバトスとのことと、ちゃんと向き合わなくて、だから、ごめんなさいっ」
恋愛は一人でするものではない。自分の想いがあって、相手の想いがあって、それを伝えて、受け止めて、そしてやっと成り立つものだからと、今やっと本当の意味でそれを受け入れた。そしてバルバトスはそんな私をもちろん、強く抱きしめる。おずおずと私も手を伸ばし、きゅっとバルバトスの服を掴んだ。
「ふふっ……私の一人相撲にならなければ、よいのですよ」
「でも、バルバトスにも、嫌な想いたくさんさせちゃって、」
「嫌な想いではありません。これはこれで、楽しかったですよ?ただ、ヤキモキはしましたが」
「ほ、ほらやっぱり!」
「ですがその分、これからは容赦致しません」
「へ!?」
「きちんと受け入れてもらいましたし、さて、今夜から過ごしましょうか。恋人同士の時間を」
「え、え!?ちょ、そな、突然っ!?てか今までも容赦してなかったじゃん!」
「それはそれ、これはこれですよ。蟠りない状態で愛し合うのは今までとは異なるでしょう?」
軽々と抱き上げられた身体は、そのままキングサイズのベッドに下ろされた。
私に跨るバルバトスは至極楽しそうな表情で、これはそう、全くもって悪魔の微笑みに違いない。
「あ、あくまっだっ!」
「そうですよ。私はバルバトスですから。生粋の悪魔です、兄弟たちとも違って…。そんな私はお嫌いでしょうか?」
「ううっ……す、好きですぅ……」
「それはよかった。それでは」
パチン、と音がすると、部屋の照明がふっと落とされて、柔らかいオレンジ色のベッドサイドランプの明かりだけとなる。

こうして、バルバトスと私は本当の意味で結ばれたのだった。
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