【完結】恋とはどんな音かしら

アイドルがライブをしていないからといってその日が休みである、ということは決してない。ツアー中であろうとなかろうと、OCTには丸っと休みという日は数えるほどしかないのだ。
しかしながら、ツアー当日…よりは幾分かやんわりとしたスケジュールであることは確かな本日は、とある雑誌の撮影日だった。メンバーはツアーについてのインタビューを受け、それからいくつか衣装を変えて雑誌を彩る一ページとなるであろう写真を撮る。きっとこの雑誌が並ぶときには、また新しい伝説が生まれるのだろう。一日の売り上げが何万冊だった、とかなんとかいう。

「順調順調!今日はもう終わりかなー」

最後の衣装チェンジが完了し、撮影が始まったのを見届けて、メイク道具を片付けにかかる。お直しに使うものがあるとしても、ある程度は仕舞っておかないと。片付けに時間がかかっては、先方に迷惑がかかり、ひいてはOCTのメンツに傷がつくことになる。スタッフの一員として彼らの顔に泥を塗るわけにはいかないのだ。

「えっと、パフは取り出しやすい位置でー」
「少しよろしいでしょうか」

少しも何も逆らえるわけがなかった。
その呼び出しに、私は『いい加減にしてくれ!』と叫びそうになったが、すんでのところで自制する。
聞き間違えるはずもない。声の主はあのジェイドさんだ。
おかしな態度を取れば…いや、取らなくても、何もかもお見通しなのであるからして、もはや諦めが先行する。

「はい…なんでしょうか…」
「そんなに邪険にしないでくださいよ。アズールには良い笑顔で対応してらっしゃるじゃないですか」
「他のスタッフさんやフロイドさんにだって笑顔で対応しますよ…ジェイドさんは…その、なんだかちょっと」
「僕だけ除け者ですか?シクシク…」
「それ、稚魚ちゃんたちの間で大人気の嘘泣きじゃないですか!」
「ふふ…バレました?」
「もう…今日はなんですか?次のライブの衣装合わせやメイクの話は終わりましたが…」
「いいえ、お話したいのはメイクのことではなく、」

にこり。その怖い微笑みを私に向けないでほしい。私は仕事だけはきちんとこなしているつもりである。
何のお咎めを受けるのだろうとゴクリと喉を鳴らしたが、私の意に反して、彼が取り出したのはスマフォだった。
トトトと操作をして、目的のものを開いたのか、徐に私のほうに画面を向ける。

「こちらのブログご存知ですか?」
「へ?」

渡されたスマフォの画面をマジマジと見ると、山…だろうか。一枚の写真が映し出されている。それは画面越しでもわかるほどに生き生きと生命力あふれる草木とそれから星空。そしてー

「アクスタ?」
「えぇアクスタですね。僕の」
「へぇ…こんな大自然と一緒に自分のアクスタを写真撮影されるなんて、嬉しいものですね」
「本当に。それで、よく見ていただけますか?」
「?」
「このアクスタに見覚えは?」

その質問に、背筋が凍った。
バレるはずはない。なかった。
だって、いただいたアクスタをどうしたか、なんて誰にも言っていない。
それにアクスタなんて五万と売り出されているのだ。これが『あれ』だなんてそんな奇跡がーーそこまで考えて、眩暈がした。
画面のアクスタの台座、そこにはサインの一部と思われるマジックの線が一部。ほんの一部。映り込んでいたからだ。
こんなもの書いた本人でも気づかないだろう。通常なら。でも残念ながら目の前にいるこの男は、ジェイドさん、なのだ。
しらばっくれるか?
言い逃れできるだろうか。でも取り繕う以外の道はない。
転売とは言わないが、いただいたものを他のものに交換した、と言われたら。そんなのどう考えても気分のいい報告ではないだろう。
だらだらと流れる冷や汗はもはや隠すこともできない。
どうしよう
どうすれば
悩んでいるこの一秒が、何十分にも感じられて、目を瞑ったそのときだった。

「あれ?メイクさんどうしたんですかー?お疲れ様でーす」
「!ま、マネ、さん」
「ジェイドぉ…またメイクちゃんで遊んでんの?めっちゃビビってんじゃん」
「フロイドさんも…」
「嫌ですねぇ…僕は別にいじめてなどいませんよ」
「メイクちゃんにちょっかい出しすぎるとアズールの機嫌悪くなるからやめなよねぇ〜」
「そうですよ!アズさんすぐ怒るから!機嫌損ねると立ち直らせるの面倒なんでやめていただきたいですね!」

ぷんぷんと、にこやかに怒ったフリをするマネさんはさすがOCTのマネージャーというべきか、彼らの扱いに慣れているようだ。
二人の登場に、話の腰を折られたとでも言いたげなジェイドさんは大袈裟にため息を一つ。

「仕方ないですね、では今日はこの辺で。あぁ、僕はアクスタをどうされたかということを追求したいわけではないんですよ」
「へ、」
「僕がお聞きしたいのはただ一点です」

グッと腰を折り曲げたと思ったらわざとらしく私の耳の近くで囁くようにこう言った。

「あれが、何と、交換されたのか」
「!?」

バッと耳を塞げばジェイドさんはいつものように唇を三日月のようにカーブさせてそれはそれは楽しそうに笑った。

「ね、レダさん?」
「!!」

バレている。全部。
レダというのは私がアイドルスレで利用していたハンドルネーム。
それを知られているということは、一体、どういうことなのか。
言うだけ言って去ってしまった三人を見送ることで、やっと息をすることができた私は同僚に声をかけられ、はっと我に返った。

「お疲れー!どおーした?悲壮な顔して」
「あぁ…君か…いやちょっとね…思いも寄らない刺客に見つかった…っていうか…はは…」
「大変そうだなーお前。専属に昇格したの、給料面ではいいことだけど、その分疲れてんじゃねーの?」
「あー…いや…どうかなー…」
「今日早く終わるだろ!?久しぶりに飯でもどう?話聞くぜー」
「本当ー?奢りなら考えてもいいかなぁー?」
「よく言うぜ…俺より高給取りだろうが!」

その話を聞いている人がいたとも知らずに、数時間後、約束通り夕飯を食べてストレス発散した私はホテルの部屋に戻る。
スタッフはとあるホテルの一室を支給されており、ツアー中は基本的にそこで寝泊まりするようになっていた。
OCTのメンバーのように鏡で自分の家と行き来できたり、そもそも自身の魔力が強力で転移魔法を得意とする人は、自宅に戻るものもいた。が、こんな職業に就いているくらいだから、大半は魔力に自信のない者達だったので、ホテルの一室を貸し出してもらえるのはありがたい制度だなぁ、なんて改めて思いながら、フロアを歩いていけば、私の部屋の前あたりにまぶかに帽子を被った見るからに怪しい人が立っているではないか。

(えぇ…なんだろう…稚魚ちゃんかな…?内部情報は漏れないように徹底管理されてるし雑魚ちゃんは撲滅されたって聞いてるんだけどなぁ)

もしかしたら私の部屋じゃないかもしれないと、ゆっくりと近づいてみたけれど、どこからどう見ても、2024号室の…私の部屋の前だった。

(あー…真っ向勝負もいいけど、下手にトラブル起こすと困るよなぁ色々…。電話かかってきたフリでもして時間潰してくるか)

わざとらしくスマフォを取り出す仕草をして、それを耳にあてた、そのとき。
その怪しい人が目線を上にあげてこちらを捉えた。
『怪しい人に顔を見られたらまずい』と咄嗟に踵と返した私だったが、耳を疑う音が届いて立ち止まる。

「待ってください!」
「?!」

一言でもわかる。どれだけ聞いてきたと思っているんだ。
その声の主は、帽子を取ってフルフルと頭を振った。
顔をばっちりと確認して、改めて驚く私。

「あずーるさん?!」
「シッ、声が大きいです!」
「あっ…す、すみません…っ、でもなんでこんなところに?!」

小走りに近づいてきたアズールさんは、キョロキョロと辺りを伺って、もう一度帽子を被り直した。

「どうしても言いたいことがありまして」
「えっ?そんなのマネさんに伝えて貰えば良かったですのに…!こんなところに一人で来ちゃダメですよ、トップアイドルなんですから!」

こそこそと話をするも、廊下のど真ん中のせいでどうにも落ち着かない。
誰かが出てきたら一巻の終わりなのだ。かといって、私の部屋に入れるわけにもいかず、とりあえず通路の角に身を潜める。

「貴女が悪いんですよ」
「え?私…?」
「あなたこそ自覚を持ってください」
「…えっと…仕事で何か不手際をしてしまったなら謝ります。申し訳ありません。でも、ごめんなさい、その場で言っていただかないと気づけないこともあるので、できれば」
「違います。貴女の仕事は完璧です。問題などありません」

そう言われて、余計に混乱してしまう。
じゃあなんなんだろう。どうしても言いたいことって。
そこまで考えてハッと昼間のこと思い出す。
そういえば、ジェイドさんに稚魚ってことがバレーー

「も、もしかして解雇命令でも出ました…?」
「はい?」
「あ、いえ、その、思い当たる節があるというか…」
「思い当たる節?…何をしたんですか貴女」
「い、いやあの…」
「…まぁいいでしょう…今日きたのは解雇命令じゃありませんから」

その言葉にホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、それじゃあなんで?とまた疑問が浮上する。目線で問えば、苦虫を潰したような表情のアズールさんが、これ、と小さな封筒を押し付けてきた。

「資料です」
「資料?」
「め、メイクの…資料になるんでしょう?ジェイドに聞きました…ブロマイドが欲しいと」
「!?」
「だからそれを渡しにきました。早い方がいいと思いまして」
「で、でもそんな」
「それから!」
「は、はひ!?」
「食事」
「へ?食事?」

脈絡のない会話にいちいちドギマギしてしまう。もっと落ち着け自分と、自身の腕の皮をつねって深呼吸。

「今日、他のスタッフと出かけていたでしょう…」
「え、あ、あぁそうですね…同僚と…」
「食事は、NGです」
「NGって?」
「同僚との食事、やめてください!」
「えぇ…どうして!?」
「なんでもです!何か食べたい時は僕に言ってください!OCTに同行すればいいです」
「い、いや、イチスタッフがそんな優遇されたら他のスタッフに反感をかうのでそれはちょっと…」
「じゃあどうすればいいんですか!」
「え、えぇ…?いや、それはちょっと…わかりかねます…?」

心の中でマネさんに泣き言を言ってもここに召喚することは叶わない。マネさんは言っていた。『機嫌を損ねると面倒だ』と。
なんだか本気で唸り始めたアズールさんを目の前にしてどうにでもなれとヤケクソになってしまった。

「庶民のお店に皆さんを連れて行けないし、かといってOCTに同行するわけにもいきません!のでロケ弁一緒に食べるので許してくださいっ!同僚とのご飯は今後は行かないようにしますから!!」
「…本当ですか?」
「はい!!はいそれはもう!!約束です!!だから今日はもう帰ってください!こんなところをスクープにでもされたら、私、スタッフはおろか、メンバーにも稚魚ちゃんにも顔むけできません!!」
「わかりました、忘れないでくださいね、その言葉!!」
「もちろんです!!」

そういうと、アズールさんは満足したようにいい笑顔を残してフロアの一端にかけられていた鏡を潜って、一瞬にしてこの場から姿を消した。
恐るべしNRP。本当に、どこへでもすぐに行き来できるようだ。ゆらりと鏡面が揺れて元の状態に戻った後は、当たり前だがただの鏡としてしか機能しない。つん、とつついたところで通り抜けることはできなかった。

「魔法ってやっぱりすごい…」

手元に残ったのはこれまでのライブのブロマイドたち。
アズールさんの写真だけでもこの量なのだ。

「これを自力で集める稚魚ちゃんたち、本当にすごい…。そして本当にごめんなさい…」

ううっと心が痛むが、ごめんなさい。
私も隠れ稚魚なので。

「ああ〜ん!!この視線の持っていき方、サイコ〜!!」

部屋で一人転がり回ったのは言うまでもない。
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