◆悪魔とメリークリスマス

魔王城に運ばれてきた魔界樹に早速飾り付けをしよう!ということでお呼ばれした私は今、せっせせっせと色とりどりのオーナメントをセッティングしている。
本来ならば次期魔王である殿下の手を煩わせる必要はない気もするのだが、せっかくの機会なので手伝うと言って聞かなかったために広間には私、殿下、バルバトスがおり、三人で作業をすすめているおかげで雑談もはかどっている。

「でね、こっちの真っ赤なのはりんごを表してるんだよ」
「なるほど!君は博識だなぁ!」
「へへ……!こういうお話を眺めるの好きだったから」

アダムとイヴがかじってしまった禁断の果実は一般的にはりんごと言われているのだと話しながらツリーにまた一つオーナメントを飾りつけた。

「それにしても、なぜ生き物は『してはいけない』と言われたことに限ってしたくなってしまうのでしょうか」
「バルバトス、ロマンがわかっていないねぇ!してはいけない、そう言われたからこそ試したくなるというものじゃないか!」
「なるほど。仕事に向き合うべきときに逃げ出そうとする坊ちゃまにそっくりと、そういうことでしょうか?」
「聞いたかい!?」
「聞こえたよ、殿下、逃げられないねっふふ…!あ…これはもうちょっと上のところに飾りたいんだけど……」
「ああ、貸してごらん」

今度は金色のオーナメントを取り出して、自分では届きそうにない位置を指さすと、それをひょいと摘まんだ殿下はなんなく木に結わえた。

「いいなぁ~。私も殿下みたいに背が高かったらなぁ」
「バルバトスに頼めばいいじゃないか」
「へ?」
「ねぇバルバトス」
「ええそうですね。あなたが望むなら空の旅にでもお連れしますよ」

その台詞に瞳を真ん丸になった。自分がバルバトスと二人で魔界の空を舞う姿を想像してしまったらもうダメで、ポンっと顔から火を出してきっと私は真っ赤だ。そんな私の様子を見て、快活に笑う殿下と、ふふふと口元を抑えて微笑むバルバトス。

「も、か、からかわないで!!」
「からかってなどいないよ。バルバトスならそのくらい簡単にできるだろうからね」
「っ、でも、その時は殿下も一緒にっ、」
「そんなわけないじゃないか!愛する二人の邪魔など、私はしないよ」

我が子を見守るような優しい表情で私を見つめる殿下に「魔界の王」などという名は相応しくないと思いつつ、ついに恥ずかしさで下を向く。

「殿下はそういう話に疎そうに見えて、敏感なんだから……もぉ……」
「愛というものは美しい!いくら魔王と言われようとも、そのあたりは三界同じ認識だと思っているよ」

それに対してはバルバトスが言い返してくれるかと思ったが、姿が見えない。紅茶を淹れにでも行ったのだろうか。

「バルバトスはああ見えてとても愛情深い男だよ」
「?」
「実は私が幼い時、バルバトスが近くに居てくれないと嫌だと駄々をこねて執事になってもらったんだが、」
「えっそうなの!?てっきり家系的なものだとばかり!」
「ははは!そうなんだよ。だからバルバトスは私よりも遥かに長い時を生きているのに、その時からずっと私のそばにいてくれているんだ」
「はぇ…知らなかった…」
「お互い知らないことはたくさんあるだろう。でもそんな中、一線引くことなくバルバトスに猛アタックしてきた君のことを、バルバトスは心から好いていると思うんだ。なんて言ったってここ数千年暇を取ることもなかった彼が何度も私にそういった相談にくるんだからね!」
「ええっ!?」

それは殿下に対しても悪いことをしているのではと、おずおずそちらに視線を向けた私だったが、私の心配を他所に殿下は心底嬉しそうだ。

「バルバトスを縛り付けてしまった張本人がこのようなことを言うのも烏滸がましいかもしれないが、私よりも大切なものができた彼のこと、よろしく頼むよ」
「坊ちゃま、お喋りはその辺にしてそろそろ本当に仕事にお戻り下さい」
「おや、バルバトス。もう紅茶が入ったのかい?」
「ええ。執務室の方へはこのあと持って参りますので」
「残念だ、今日の準備はここまでだよ」

またね。今の話は秘密だよ
と、そう言って笑うと、殿下は潔く執務室へ戻っていった。

「…行っちゃった…」
「全く…」

溜め息混じりではあるが、何処か優しい言葉尻で殿下の行動を諌めるバルバトス。そんな二人の関係にヤキモチを焼いてこなかったか、と言われたらそんなことはなかったので、私は殿下の心遣いに人知れず感謝を述べた。
バルバトスは独り言のように語り始める。

「……食べてはいけないと言われた『禁断の果実』…これは『善悪の知識の実』や『知恵の実』とも言われているそうですね」

突然何を、と思わなくもなかったが、こういう話は得意分野だったので話題に上がった理由は深追いせずに話を繋ぐ。

「うん。知恵の実がりんごっていうのもなかなか面白いよね、身近も身近で。そういえば、りんごの木は冬に落葉しちゃうから、人間界ではツリーの木には落葉しない常緑樹を用いてるんだよ」
「よくご存じですね。少しだけ加えると、モミの木は冬でも葉を落とさないために、永遠の命の象徴とされていたりもするんだそうです」
「バルバトスこそよく知ってるね」
「あなたほどではありませんよ。魔界樹もほぼ永遠に生きる樹木ですし…同じようなもの、でしょうか?」

同じか違うかと聞かれたら、魔界と人間界で合致するものなど一つもないのだろうが、私はなんとなく『私とあなたは同じようで違う生き物です』と告げられている気持ちになって寂しさを覚える。

「……永遠って言ったら、」
「はい」
「ルシファーたちは五千年は生きてるって言ってたけど、殿下やバルバトスもそうなの?」

純粋に気になったことが口をついて出てしまったが、言ってしまってから「生まれとか聞いたらまずかったかな」と不安になり、『言いたくなかったらいいんだけど』と言葉を付け足した。が、きょとんとした表情でそれに応えたバルバトスは、そうですね、と呟くように言って瞳を閉じる。

「悪魔は、悠久、と言えるほどには、長い時間を生きていますから」
「私には到底想像もできそうにないや……」
「そうかもしれません。ですが、わかろうとしていただけることを、私は嬉しいと思います」
「!」
「あなたとなら、長い時間を共に過ごしたいと考えるほどには、離れがたく思っていますので」

恭しく私の手を取ると、手の甲に触れるだけの口づけを落とし、バルバトスはふふっと微笑んだ。
一瞬言葉の意味が呑み込めずに呆然としたが、じわじわとそれを理解するとともに首から額にかけて肌を赤く染め上げるのにそう時間はかからない。
悠久の時。
永遠に近いもの。
そんなものは人間には手に入らない。
けれど、短い命だからこそ、その姿を近くで見ていたいと思ったのは本当だから。

「私も、バルバトスとできるだけ長く一緒にいれたら嬉しいな…」
「ぜひ、傍にいてくださいね」
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