◆Dead Drop

【第八話】

「君の、ここでのコードネームはこれに決まった」
「え……と、ヴィー、ナス……ええっヴィーナスっ!?」
「VENUS……? って…金星……で……明けの明星にかけて……」
「いや、ルシファー、それはわかりやすすぎじゃない? 俺のものってこっ」
「口を慎め」
「はぁ……」
「まったく」
 そんな会話がアジトで行われたのは太陽が目に眩しい、次の日の夕刻のことだった。

 昨日の今日で女がどう見ても危険な崖の淵っこを歩いていた。言わずもがなデビルズのアジトに繋がる道である。裏の世界で名を馳せる組織といえば、ここを除いて語ることはできない云々以下略。
 しかしよくよく見れば、女の後ろにはもう一人、女の姿がある。
「止まって、リス」
「ん? その声はレヴィかしら」
「そいつ、誰? 初めてみる顔だけど」
「ああ、この子は私がスカウトしたエージェント。ボスに頼まれたのよ。私以外にもう一人、女性が必要ってね。この子どうかなって思って連れてきたってわけ」
「りょ。じゃ、今開けるから待ってて」
「お願いね!」
 ガコンと音がして壁の一部が動き、ぽっかりと入口が現れる。アプリーリスの後ろで、もう一人のエージェント・Vは、ワァ……!、と小さな声をあげた。
「細かいことはここのボスからOKが出ないと話せないから、もうちょっと待っててね」
「いえ! むしろ案件にめぐり合う機会をもらえただけでも十分です。ありがとうございます」
「素直〜! ボスの好感度だけは期待できそうね」
 暗い廊下にコツコツと、ヒールの音が響くこと少し。指紋認証システムを解除し、現れたエレベーターに乗り込めばそこはもうミーティングルームの前だ。
「ボースボスボスボスボスモーニングスt」
「煩い」
「っいったーーーーーーーい!!」
 ごちん! と一つ、いい音と共に鉄槌のようなグーパンがアプリーリスの頭に容赦なく振り下ろされる。目の前で起こった突然の事態に反射的に瞼をぎゅっと下ろした女。しかし、彼女に対しては特に何の衝撃もない。恐る恐る目を開くと、漆黒の髪に真っ赤な瞳を持つ男が自分を見下ろしていた。
「……」
「……あ、あの……」
「君、名前は」
「えっ、あっ、」
「言うわけないでしょ!? この子はまだここのエージェントになると決まったわけじゃないのよ。いつかの敵かもしれない男に教えられませーん! 私みたいに理不尽な契約せまられるかもだしっ。ね! 言わなくていいからね!」
 そういうと、相手の男、ボス・ルシファーに対してべーっと舌を出してNOの意思表示。それはボスへの態度とは到底思えない。
「アプリーリスの言うことも一理ある。わかった。とりあえず、今から君が次の任務に役に立つのかどうかの試験を行う」
「今からですか!?」
「シュミレーターでの実施だ。最低限どんな能力があるのか知るだけだからそう気負わなくていい」
 ぽん、と、思いもよらす頭に伸びてきた掌に驚きつつ、Vはコクンと頷いた。
 シュミレーターでは、基礎体力と状況判断力、暗号解読術など、数々の適応力を測られた。結果、本人の言う通り基礎体力に一部マイナス面が見られたがそれ以外の、特に暗号系に詳しい部分が評価されたようで、いとも簡単に組織入りを果たしたのだった。
「おめでとう。これからよろしくな、ヴィーナス」
「へ……?」
「君のコードネームはこれに決まった」
「え……と、ヴィー、ナス……ええっヴィーナスっ!?」
「VENUS……? って…金星……で……明けの明星にかけて……」
「いや、モーニングスター、それはわかりやすすぎじゃない?」
「ボスとお揃いじゃない! それって俺のものってこっ」
 ごちん!
「いっ……たぁ〜いっ!!!! 背が縮んだらどうするのよっ!」
「口を慎め、キャットテール、スリーパー、リス」
 こほんと咳払いを一つした、モーニングスターは、ヴィーナスに小さなボタンのようなものを手渡す。
「君にはこれを」
「……これっ」
「組織入りを果たした者には、この小型インカムを渡している。これでやり取りを行うことも多いから、肌身離さず持っておくように」
「は? 私もらってな」
「……っ! はいっ!」
「俺はルシファー。コードネームは」
「モーニングスター、ですね!」
「そうだ。今後の任務ではよろしく頼む」
 どんな事件が待っているのかは、まだ、ヴィーナスには明かされない。
「ねぇ! 私そのインカム貰ってないんだけど!?」
 すでにアプリーリスは眼中にないと言った様子のモーニングスターには何を言っても無駄なようだった。
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