◆一番星に口付けを

 バルバトスがハーベストの専属プロデューサーになってからというもの、彼の日々はとても充実していた。バルバトス自身薄々気付いてはいたのだが、世話をすることにかけて彼の右に出るものもいなければ、それをすることは彼の生きがいでもあったから。ハーベストーー春居は、その対象としては最高の逸材だった。けれどもちろん、それだけが全てではない。
 今日も今日とて体力配分を間違えたのか、車の中で寝こけてしまった春居を抱え、駐車場から宿舎へ戻る。
 レッスンだけの日ならもう随分と慣れたものだが、ライブとなるとまだまだですねと苦笑を漏らすバルバトス。
 ハーベストがステージに上がるとき、彼女のギアの入れ方は生半可なものではない。ただまぁその理由は理解できる。小さな箱で報われなかった時期が長ければ長いほど、憧れが強ければ強いほど、もっともっと、もっとできる、もっとさせて、もっとやりたい、となるものなのだ。アーティスト本人のやりたいようにやらせるのが良いステージを創る基本であるからして、反省点を伝えはせど、止めるつもりは毛頭なかった。
 なるべく揺らさないようにゆっくりと歩を進めて春居の部屋へ。何の躊躇いもなくドアを開けると、今日はステージのあとシャワーも浴びさせたしジャージに着替えさせてもいるから良いでしょう、とそのままベッドへ寝かせた。
 柔らかな寝顔を浮かべる春居の頬を指先で撫でる。春居は、むにゃ、と幸せそうに微笑んだ。
「んん……つぎも……おうえん……きてね……」
「ふふ、夢の中でもライブ中ですか?やる気は十分ですね」
 慈しむように笑いかけると、バルバトスはゆっくり近づけた唇を春居の額に押し当てた。それは愛しい自分の子を育てる母親のようでもあり、一方で、別の愛情を注いでいるようにも見える。
「ばる……ばとすさ……」
「!」
「いっしょに、」
「……ええ、この先もずっと」
 布団をかけ直し、スピカちゃんをその横に寝かせた。ふわふわと髪を撫で、バルバトスは部屋を後にする。
 廊下の窓から見上げた空には、魔界では珍しくもない大きな満月が浮かんでいた。
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