■2022/4までの読み切りログ(ルシファー)

何がきっかけになったかわからないけれど、夜中に目が覚めることが稀にあった。
この魔界では昼も夜も見た目はあまり変わらない…とはいっても、独特の静けさはやっぱりあるのだ。
そんなわけで、意識がうっすら覚醒した今はまだ真夜中のようだった。
吸い込んだ空気に嗅ぎ慣れた、しかし自分のものではない香りが混じって、ああ今日はルシファーの部屋にいるんだっけと脳の片隅から信号が発される。まだ重い瞼を持ち上げ、それから自分の置かれた状況に少なからず驚いた。

(う、うごけない……)

なぜならルシファーが私の上に乗って寝ていたからだ。もちろん潰されない程度にだけど。
昨日は確か、やっぱりルシファーのベッドは広くて羨ましい、それならここにずっといるか?なんて言い合いながら、じゃれているうちにそういう雰囲気になって抱きしめられたが最後、後ろからーー

(……もしかして、私、途中で意識飛ばした……?)

暖かいシーツの中で、サァッと血の気が引いた気がした。
この、肌と肌とが触れ合う感触からして、お互い何も身に纏わずに眠りについたようす。でも、おやすみと言い合った記憶がまるでない。
覚えているのは、ルシファーの艶のある吐息と、吐息混じりに何度も何度も耳元で囁かれた私の名前に、事あるごとに告げられた「ココがイイのは知ってる」といった確信めいた言葉たちばかり。
思い出せば思い出すほど触れられていた場所が熱くなるも、悲しくもなる。

(おやすみも言わずに一人で終わっちゃったのか私……最低じゃん……)

好きな人と過ごすとても大事な一時をそんな風に終わってしまったなんて、と、こみ上げるのは罪悪感。眠るルシファーの顔を盗み見るのすら申し訳なくなってきて、きゅっと身体を縮めてから枕に顔を埋めれば、より色濃く彼の香りが私の鼻腔を満たした。

「ん……」
「!」

その時、枕と私を一緒くたに抱きかかえていたルシファーの腕が動き、私の髪をサラリと分けた感触がした。そろり、目だけ枕から覗かせれば、ぽやんとした真っ赤な瞳と視線が合う。
トクリと跳ねた心臓。キュンと詰まったのは胸の奥。

「だいじょうぶか」
「……ぇ、」
「むりさせたな」
「っ……むり、なんて、」

言葉がつっかえて出てこなくて苦しい。どうして人はこういう時に上手く呼吸ができなくなってしまうのだろう。
私の上からルシファーの身体がするりと離れて、かと思えば頭を引かれて胸のあたりに抱き寄せられる。

「そんな顔、するな」
「ッ、だ、って」
「何年生きたって、愛情を伝えるのは、難しいな」

髪に唇がふれた感触がして、ふるりと身体が震える。
起き抜けの体温や吐息は普段より少しだけ熱くて。
たぶんこれが、「愛しい」って感情なんだと思った。

「るしふぁ、」
「ん?」
「きのう、ごめんね」
「ふ……何を気にすることがある」
「わたし、ルシファーに、おやすみってちゃんと言いたかった」
「……」
「おはようも言いたいし、好きだよってちゃんと伝えたい。でも、上手く言えないときもあるから、だから、言えるときは言いたい」

私はただの人間で、ちょっとした幸運で留学生になれただけ。それから魔術の素質がちょっとあっただけだ。
こんなのいつどうなるかわからないから、無理矢理にでも覚悟はしているつもりだった。
だからこそ、できることはできるときに何でもしておきたいと思うんだよ。ルシファーには特に、ね。
そんな心の内を読み取ったのか、私を抱く力が少しだけ強くなって、そのせいで鼻の奥がツンとした。

「心配するな。お前が嫌だというまで、俺はお前を離さないよ」
「……うん、約束、してもらったね」
「約束じゃ足りないというなら、どんな言葉をかけようか」
「ちが……! 足りないわけないっ! そうじゃないよっ、そんなこと、ない……もん」
「ならお前は俺に、何を望む?」

少し威圧的な言葉なのに、その声色はとてつもなく柔らかくて優しくて、ルシファーがどうして傲慢を司どっているのか私にはわからなくなってしまう。

「ルシファー、」
「なんだ」
「キスして」
「言われなくとも」

そうして合わさった唇に、永遠を望んでしまう私は、きっとずっと人間なんだろう。
心も身体も魂すらも、全部全部ルシファーにあげる。
だからごめんね。
この涙は見なかったことにして。

たとえ生まれ変わったとしても、またルシファーに出会えたらいいな。
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