■2022/5〜の読み切りログ(ルシファー)

 ムゥ、としかめ面でエゴサをするのはマネージャーとしていかがなものだろう。そう思いながらも唸らずにはいられない。唸りの原因は自身が担当しているアイドルがやらかしている……からではなく、ただの僻みである。
 私がマネジメントしているNAGEKIは若者を中心として幅広い世代から支持を得ている今をときめくアイドルグループだ。あまりに有名なのでメンバー紹介は割愛するが、私がリーダーであるルシファーの恋人になって暫く経った。『マネジメントには私情を挟まない』をモットーにやってきたのにころりとこんなポジションに落ち着いている自分は叱られても仕方がないと思う反面、これから全部なかったことになどできないわけで、とにかくバレないように細心の注意を払いながら交際は続いている。
 そんなポジションであるが故、口には出さずとも色々と抱えるものが多いのはわかってほしいのだがどうだろうか。そう、たとえばこんな"モノ"にだって嫉妬するくらいには。
「ぬいぐるみが流行っているのは知ってたけど、こんな風に流行ってるのね……」
 本日の私の業務はグッズのリサーチである。そんなこと、と思われるかもしれないが、これまで販売されたグッズの生のレビューを真摯に受け止めて次に活かすための大切な仕事だ。
 弊社デビルキャニオンが流行に乗り遅れることなどあるわけがなく、当たり前のようにNAGEKIメンバーのぬいぐるみも発売されたわけだけれど、それはそれは大好評。即時完売したぬいたちはどの子もみな大切にされているようだ。
 旅先で一緒に写真を撮っている子。専用のお家を作ってもらっている子。なかには専門のスタジオで式を挙げているものもいる。グッズの売れ行きをサーチするのもマネジメントの一部とはいえ、自分以外のところにもルシファーがいる事実にダメージをくらって仕事ができないのはよくない。だって私は言えないから。本物のルシファーは私のだもん!やめてよ!なんて。言ったら大事おおごとである。たかだか嫉妬で担当グループの活動を阻害するなんてことは死んでもあってはならないのだ。
「……はぁ……バカらし……アイドルなんてファンに愛されてナンボよ……」
 ただでさえ危ない橋を渡らせているのにこれ以上何を求めるというのか。溜め息を一つ、思考を打ち切ってパソコンの電源を落とした。皆を支えるファンたちに対抗したところで何の意味もない。というか同じ土俵に立ったらダメなのだ、私は。
 モヤモヤは睡眠で払うに限る。明日のスケジュールは確か夕方からデビステの収録しかないはず。久しぶりにゆっくり眠れる、と伸びを一つしてから立ち上がろうとした、まさにその時。ポンっと音がしたと思えば、目の前の机上にバラのミニブーケを手にしたルシファーぬいとチョコレートが現れた。
「え?バラ……と、チョコレート?」
「俺たちにそういう仕事を振っておいて、自分はこの日のことを忘れていたのか?」
 背後の扉を開けたのはもちろんルシファーで、人形を手のひらに乗せて持ち上げた私に苦笑まじりに問いかける。
 二月。チョコレート。といえば、バレンタインに他なるまい。最近は魔界でも広まり始めたイベントだ。すぐに答えは導き出せたが、問題はそこではない。
「あ、いや、そのぉ、忘れてたわけでは……」
「ほう?ならお前からももらえるんだろうな」
「は?!いやいやそれは、なんと言いますか」
「やっぱり忘れていたんだろう。俺たちがもらった仕事も当日一日限りのプレミアムコマーシャルだったからな。まぁいい。食べさせてやるからこっちにこい」
「へ?」
「なんだその間抜けな声は。ここはお前だけの特等席だぞ」
「で、でもバレンタインチョコレートは私があげなきゃ意味がな、わ!」
 ぽん、と膝を叩くルシファーは悪戯な笑みを浮かべる。私がモジモジと立ち尽くしていると、痺れを切らしたのか腕をとられて無理矢理そこに座らされた。クイ、と顎を持ち上げられて視線が絡み合うと恥ずかしさから頬が熱くなる。そんな私を見て、彼は随分ご満悦だ。
「俺は甘いものよりお前の淹れてくれるヘルコーヒーのほうが好みだ。苦ければ苦いほどいい。チョコは必要ない」
「それでもっ」
「それならこうしよう」
「っ!!」
 そのままソファーに押し倒されて囁かれたのはこんな一言。他の誰にも教えられない、こんな日にぴったりの甘い言葉。
「お前が俺のチョコレートマイ スゥイートになってくれたらいい」
「っ……キザすぎじゃない?!」
「だがそんな俺が好きなんだろう?」
「大好き、デス……!」
 ルシファーの首に腕を回して引き寄せると嬉しそうな吐息が耳を掠めた。それだけでこれまでのモヤモヤは嘘みたいに晴れてゆく。ふと、先程チョコレートと一緒に登場したぬいぐるみルシファーと目があって、なんだかイケナイ気分になったけど、「私にはルシファーホンモノがいてくれるから、もう大丈夫」とそう目配せし、目の前の彼にだけ愛を捧げた。
 キスはチョコレートに負けないくらい甘く、思考はこの熱でドロドロに溶けてゆく。
 タイミングを知り尽くしたルシファーは私の息が続かなくなる頃を見計らって唇を解放する。ペロリと妖艶に動いた舌をポーッと見つめていると、私の頬を親指でスリスリと撫でながらご馳走様、と笑うからハッとしてシャツを掴んだ。私だけがこんな風にされるなんてなんだか癪だ。私がスウィーツと言うのなら、聞かなくてはならないことがある。
「るしふぁっ」
「ん?」
「ルシファー専用のスウィーツはっ……あ、甘かった、ですか!?」
 きっと真っ赤だろう私をキョトンと見つめて暫く、彼の頬が緩んだと思えば、耐えられないといった様子で肩を振るわせながらクツクツと笑い出した。
「ックっ……ふ……ふはっ……す、すまない、」
「っ!?」
「おまえは、本当にっ……」
 なんで笑ってるの、との言葉はルシファーに呑み込まれた。おまえはいつだってどこもかしこも甘いよ、と告げられたのは、次の日の朝のことだった。
 私がもらったるしふぁーは、私のデスクの上で、今日も私を見守っている。
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