お願い!マイヒーロー!

「ってかさ、ヒトデちゃんの宇宙船は適当に乗り捨ててあったけど、あれ、大丈夫なの?」
「はい!私の宇宙船は生体認証システム搭載なので、勝手に開くことはありませんから」
「いえ、そうではなくて、PYOMAの雲丹によって破壊される可能性はないのか、ということです」
「はっ!」
「ハッ!…じゃねーから。ってかよくそんなのでヒトデちゃん、生き延びてこれたね…」
「うっ…実は研修生時代にも教官によく言われていました…どこか不足があるからお前はいつまで経っても一人前になれないんだって。でもこんな事態になった時に残ったのは残念なことに私っていう落ちこぼれだけだったんですよね…。なんの因果なんでしょうね…あーあ…首席のあの子が残ってたらきっとこんなことにもならなかったのにな…」

これまでいつでも天真爛漫に笑っていた女の顔が少し陰ったので、フロイドとアズールはギョッとした。意外とそういうことを気にしていたのかと。なんとなく場の雰囲気が重くなったことに耐えられなかったフロイドが歯切れ悪く慰めの言葉を口にする。

「あー…まぁ、ほら、なんて言うかさぁ、ヒトデちゃんが残ったおかげでジェイドとマルウサギがイイコトできてるわけだし、いいんじゃね?」
「そっそうですよ。別に貴女が残ったからどうということではないのですから」
「…そっか!!そうですよね!!誰が残っても一緒ですよねこんなの!」
「切り替えはや!」
「心配損じゃないですか」
「私は私!それでいいじゃない!」

二人の心配も虚しく、何を納得したのか一人で仕切りに頷いて『PYOMAの宇宙船はあっちです!』と走り出した女を追って二人とも走る羽目になったのだった。

「ちょ、っ、は、はぁ!も!はぁっ!」
「ヒトデちゃんさぁ、アズール走らせちゃダメだって」
「え?」
「オレはいいけど、アズール走るの苦手なんだからさぁ」
「そうなんですか?アーマースーツで少しはそういうのも強化されているはずなんですけど…」

途中から小脇に息切れしたアズールを抱えていたフロイドが飄々とした調子でヒトデに並んで走って、せっかく進んだ校舎までの道のりを戻ってきた先にあるのはPYOMAの宇宙船。数台の雲丹型宇宙船はただ放置されており、その中には誰もいないように見える。

「はいアズール、ついたよ」
「っ、も…貴女!突然走ったりしてなんです!?足並みは揃えてください!!」
「だってガッコーは後って…」
「それはそうですけど!」
「じゃあ早くしないと!」
「言葉が通じていない…!?」
「待って!」

手で二人を制したヒトデは途端に神妙な顔をして声のトーンを落とした。その様子に、またPYOMAが出たのかと空気が重くなる。

「…誰か、います」
「誰かって…ぴょーまじゃなくて?」
「はい。どうも…お二人と同じような、ヒト、かと」
「ヒト?」

おかしな話ではあるが、こんな状況なので仕方がないとも言えようか。自分たち以外のヒト型の生き物が今この場所に生きているという考えがすっぱりなかったせいで驚きが隠せない。

「そのアーマースーツの目のところ、横に小さなボタンがあると思うので、そこを押してみてください。サーモグラフィーで船内に居る物体の大きさとかが確認できます」
「横のボタン…これか?」
「おっ!ほんとだ〜」
「…確かに、この形状、人のようですね」
「なぁアズール、そのニンゲンの横、なんか変な光みたいなのがもう一つ浮いてねぇ?」
「ん…?本当だ…なんだこれは…炎のような……っまさかこれは、」
「……オレも分かったかも。ヒトデちゃん!」
「!?フロイドさん!静かに、」
「いや、多分大丈夫。これ知り合いだと思う、オレらの」
「え?」

そう言うと、そのままバンっと雲丹の入り口に手をかけてたフロイドは、宇宙船から変な音がするのも厭わず無理矢理下に引いた。力に負けて、あっけなく壊れたそれ。あまりの音に中にいた生き物が振り向く。

「なんだ!?」
「敵襲!?」
「落ち着けって。オレだよ……金魚ちゃーん」

中にいた生き物は、赤髪で利発的な表情の小さな男子と、それから青髪の一体のロボット。二人はとても驚いた顔をしたのち、パチリパチリと瞬きをし、そうして大きな声を出した。

「フロイド・リーチさん!アズール・アーシェングロットさん!」
「なんだ…リドルさんとオルトさんでしたか……」
「アズール、そ、その格好はなんなんだい…?変な薬でも飲まされたのか?」
「あっ!?こ、これはその!」
「案外カッコイーっしょー?金魚ちゃんも着る?ヒトデちゃんに頼んだらしてくれるよー」
「かっこいい…?本当にそうお思いかい?」
「フロイド・リーチさん、ヒトデちゃんっていうのは…彼女のこと?」
「そうそう〜」

ちょっと蚊帳の外に追いやられていた女はアズールの背中に隠れていたのだが、自分を指す言葉が飛び出したことでびくんと跳ねて固まった。

「随分懐かれているようだね、アズール」
「ええ、まぁ…」
「どうやって絆したんだい?契約書か?」
「はぁ!?違いますよ!そんなことするわけないでしょう!普通に助けましたよ!」
「へぇ?どうだか…」

リドルは女を批評するかのように目を細めたが、オルトは対照的に人懐こい笑顔を浮かべてアズールの前に立つと、女に手を差し出して、よろしくね!と言ったので、少しだけ緊張が解れる。

「あの、お二人は…ここでPYOMAに会いましたか?」
「ぴょーま?なぁにそれ」
「ウサギみたいな宇宙人〜」
「僕は見てないと思うけど、兄さんは?」
「おや、イデアさんもいらっしゃるんですか」
「いるわけないだろう。イデア先輩は一人だけ安全な部屋からリモートワークだ。ですね、先輩」

その言葉に、弾かれたようにして物陰からタブレットが飛び出してくる。それはもちろん、イデアが普段使っている例のものである。

「ひひっ、こんな面白いことに首を突っ込まないわけにはいかんでしょう。突然この魔法士養成学校と名高いNRCがこんな状況になったとか、非現実。二次元かと血が騒ぎますわ!」
「それなら実際に地上に出てくればいいと思いますが?」
「オルトを送り込んだ方が皆のためになるでしょ」
「リドル・ローズハートさん、僕が兄さんの分まで頑張るから大丈夫だよ!」
「君のことを軽視しているわけじゃないさ。現にとても役に立ってくれているしね。僕が指摘しているのは弟を送り出して自分はのうのうと安全圏にいる、その根性なし…失礼、君のお兄さんのことさ」
「リドル氏に何言われようが僕はこのスタイルを変えるつもりはないからね。…てかそれで?その、ヒトデ?さん?が言っていたぴょーまと言うのはなんですぞ」

振られたために、女がかいつまんでPYOMAについて話をすると、本当にそんなことがあるのかと、実際にその場を目にしていないリドルとイデアは驚くばかりだ。

「少なくとも僕はそんな生き物の話は聞いたこともないけれど、本当なのかい?」
「聞いたことがないからといって信じないのは野暮ですぞ。別の星から来たということならあってもおかしくないでしょうに。君も宇宙船に乗って別の星から来たってことですし…そっちの宇宙船も見てみたいものですなぁ」
「宇宙船を見てもらうのは構わないわよ。でもそれよりも先にPYOMAを撲滅しないと。せっかく生きている人に出会えたのだから、被害を拡大させたくない」
「君、そうはいうけれど、おそらく他の寮の生徒たちも全員無事だと思うよ」
「えっ、」
「考えてもごらん。寮は全て鏡で別次元に繋がっているんだ。ここで何かが起こっても、特にそちらに影響はない」
「そうなの?アズールさん」
「まぁ、僕らの寮があのような形で無事だったことを考えると、そうなるでしょうね」
「そ、そうなんですね…よかったぁ…」

ホッとしたのも束の間だ。アズールは本来の目的を思い出して、リドルに問いかける。

「僕らは彼女の手伝いでPYOMAの乗り物を破壊しにきたのですが、」
「は!?そんなもったいないことしないでくれます!?この宇宙船を壊したい?それならうちで解体するから!」
「こう言っていますが、どうします?」
「そ、それはでも危ないし…」
「うーん、多分兄さんなら大丈夫だと思うよ!機械工学の発展のためにもお願い、ヒトデさん!」
「え、ええ…!?」

リドルに問いかけたはずが、イデアから猛反発を受けて仰反ってしまった女の背をアズールがやんわり支えつつ、『迷うのもわかりますが』と切り出した。

「イデアさんなら大丈夫だと思いますよ。彼が言うように、工学的な意味で良い材料にはなるんでしょう。万が一PYOMAが彼の寮に出たとして、戦わずに瞬間的に溶かせば良いという話ですから」
「光線銃でなくてもできるの?」
「おそらく大丈夫でしょう。イデアさん、もしもこの乗り物の持ち主が寮まで来たとして、炎のようなもので焼き殺すことは可能ですか?」
「僕を誰だと思ってんのアズール氏。余裕っすわ」
「…だそうですよ」
「それなら…まぁ…。でもどうなっても私は責任を取れませんよ?本当ならここで破壊しておきたいという気持ちは変わらないです。それだけは心に留めておいてくださいね」
「ガッテン承知の助。オルト、それ持って帰ってきてくれる?」
「わかったよ兄さん!」
「イデアさん。もしも何か分かったことがあれば僕に伝えてください」
「オッケー」

そんなわけでPYOMAの雲丹型飛行船はイデアの手に渡ることになった。
リドルは一旦自分の寮に戻るということでそこで別れ、結局、戻り損のようになってしまったが、再度目指すはNRCの校舎。
今度こそ、中の様子を確かめに、三人は歩を進めるのだった。
6/7ページ