お願い!マイヒーロー!

さて、送り出されたアズール率いる偵察部隊は今、更地を見据えて立ち尽くしている。
女を連れて帰ってきた時は気にする余裕がなかったが、そもそも鏡はバキバキに割れていたのだ。実際問題、通過できること自体が不思議なことだったのだが、幸いなことにあれは魔法の鏡。粉砕はされていなかったようで、そのカケラの一つから転送が可能だったのだろう。
恐らく、鏡のカケラ全てがなくなったらオクタヴィネル寮への帰り道は閉ざされてしまう。その時のために、散らばるカケラを集めて魔法で小さな鏡に作り直したアズールは、それを大切にポケットにしまった。

「アズールさん、これからどうするおつもりでした?」
「僕らは、あの、大きな城に向かう予定です」
「ふぅん?あれはなに?大切な場所なの?」
「あれねーガッコウ」
「がっこう?」
「貴女たちでいう、宇宙警察のあれこれを学ぶ場所のようなものです」
「へぇ…PYOMAの攻撃を受けても建っているってすごいのね、あのお城」

その一言を受けて、アズールは『そうなんですよね』と小さく呟いた。
そもそもNRCには外敵の攻撃から学び舎を守るために魔法のシールドがかけられている。普段ならこのような惨劇はさけられたのだが、PYOMAが入ってこれたのはどんな理由があるのだろうか。
そして校舎だけは無傷に見えるのは、もしかしたらより強固な魔法で守られているからなのか…
しかし中まで無事とは限らない。調べに行くしかない。それにうまくいけば食料だけではなく魔法具もたくさん手に入るはずだ。緊急事態なのだから、少しくらい拝借して、少しくらい私利私欲で使うのは許容範囲だとアズールは心の中でほくそ笑んだ、ちょうどそのときだった。
フロイドが、瓦礫の後ろで何かが動いたような気がして、じっと目を凝らしていたのは。

「んー…?」
「ピョ」
「うわ!?なんだあれ!変なうさぎ。っつか最近うさぎ多くね?」

現れたのは、背丈50センチくらいの…二足歩行するうさぎ、だった。フロイドが『変な』と表現したのにはワケがあって、その生き物の鼻は丸い小さなピンポン玉が二つくっついたような独特の形状をしており、おまけに目がまんまるキョロリと顔の中心に寄っていたし、その上しっぽが丸くなくむしろ犬のように長かったので、耳以外はうさぎとは言い難かったからである。
陸に上がり…否、賢者の島にきて二年経つが、こんな生き物を見たのは初めてだと、フロイドは興味津々である。

「なーアズール、おもしれーのがいた。捕まえーー」
「気をつけて!それがPYOMAよ!」
「まじ!?」
「はい!?」
「危ない!」

カパ、と口を開けたPYOMAを見遣り、女が大きな声で叫ぶと同時、光線銃をぶっ放す。刹那、ぽちょん、と音がしてPYOMAは跡形もなく溶けてしまった。

「えっ….あれが…ぴょーまってやつなの?」
「そうです!間一髪だったわぁ…」
「今、あの生物、大口を開けましたが、何か出てくるんですか?その、エネルギー砲などが…?」
「いえ、PYOMAは噛み付いてきます」
「へ?」
「がぶり!です!」
「え…と、それで…骨まで砕けてしまうとか…?」
「いいえ、歯形がつくくらいです!」
「えーっ!?別にそのくらいよくね!?てかじゃあなんで戦ってるワケ!?」
「仕方がありません…少し長くなりますが、私たちの戦いの歴史をお伝えしましょう」

女はそう言うと、二人が言う『ガッコウ』を目指して歩きながら語り始めた。

実は、PYOMAとぴぃは同じ施設で生まれた、人工知能搭載のうさぎだったのだという。
うさぎたちは宇宙警察の相棒となるべく日夜厳しい訓練プログラムを受けながら、その合間に適性検査を行い、良好な関係が築けそうな相手がいればパートナーシップを締結し二人一組で仕事に取り組む手筈となっていた。が、研究機関の思うように相棒育成計画は進まなかった。何ヶ月かのプログラムの過程で、完璧と謳われた人工知能が時に謎のエラーを起こし、またある時には暴走したのだ。こんな様子では助成金は出せないと国からお達しがあり、研究は呆気なく幕を閉じ、全ての人工知能はそっと息絶えた、はずだった。
けれど、研究機関から逃げ出したものが2体いたのだ。
女の手によって保護され大切に匿われたおかげで今も健やかに生きているのが、そのうちの1匹である「ぴぃ」。
そして、ついぞ誰にも見つかることなく国から逃げたのが後のPYOMAとなった。

「…とこういうわけでPYOMAとぴぃちゃんが誕生したんだけど」
「待て待て待て待て」
「え?」
「ヒトデちゃんの国って、え、なに!?こわっ!てかぴょーまが生まれたのテメェのせいじゃん!」
「ええ?」
「貴女がPYOMA側も捕まえていればこんなことにはならなかったのでは…」
「何を言いますか!ぴぃちゃんを見つけるのだって大変だったんですから!」
「あれ…?でもさーぁ、ヒトデちゃんの話ではぴょーまとあのマルウサギは一匹ずつって感じじゃん?けどぴょーま側はめっちゃ多いよね?なんで?」
「それが、PYOMAは突然変異が起きたみたいで、増殖してるんですよ…。その辺りは直接見たわけではないので詳しくはわからないのですが、どうやら身体の一部がもげると増えるようで…」
「はぁ〜!?!?!??!!」
「だから衝撃でどこかがもげたりしないように、この特別な光線銃で溶かすんです」
「な、なるほど…?」

ということは魔法も効かないのでは…、と一抹の不安を覚えるアズールだったが、それは口にされることはなかった。
続く言葉に空いた口が塞がらなくなったからである。

「PYOMAは甘いものに目がないの」
「あま…は??」
「だから甘いものよ!PYOMAはね、行く先々の土地で甘いものを喰らい尽くしては都市を壊滅させてきたの」
「いや、甘いものなくなっただけで都市なくならなくね?」
「甘いわフロイドさん…。PYOMAの甘いものへの執着は並大抵のものではないの。最終的には木の樹液まで手を出して」
「昆虫ですかあの生物は!!!」
「そうなの、だから本当に何もかも…あ、」
「ん?どったの」
「いえ、さっき使った分のエネルギーがもう補填されていたので…」
「………ジェイドか」
「昼間っからよくヤるよな〜」
「とても助かるわ!どれだけPYOMAが出てきても平気ね!長い戦いもここでやっと終わらせられる気がする!」

光線銃を空に向けて嬉しそうに微笑む女を見ながら、アズールとフロイドは『宇宙警察もなかなか大変な仕事のようだ』と、視線を交わして苦笑した。

「それにしても、ここまで綺麗に更地だと、何がどこにあったかわからないな…」
「ほんっと、生き物の頭ってあてになんねーよなー」
「ああ…グレートセブンの銅像まで粉々じゃないか…」

かろうじてメインストリートだった場所とわかる石畳みの上を歩きつつ、アズールは眉を顰める。

「PYOMAについて、僕たちは詳しいことはわからないのですが、ここまで強大な力を持っている生物があの小ささというのがよく理解できないです」
「えっと、これはPYOMA単体の力というよりも、PYOMAが乗っていた雲丹の力ですね」
「うにぃ?」
「そうです。雲丹型宇宙船。あれはもはや兵器よ。人工知能が作り上げた最強で、最恐の」
「誰が上手いこと言えと?しかし…そうですか…なるほど…とても厄介だということだけはわかりました」
「つかさ、それなら先にあの宇宙船とっちめたほうが早かったんじゃね?ヒトデちゃんの宇宙船の近くに止まってたよね」
「え…ああっ!本当ね!?」
「正攻法でいく必要ねーじゃん。ぴょーま自体はそんな怖くねーんだろ?あのへんな乗り物ぶっ壊せばだいぶ楽になるんじゃん?」

よく考えなくても当たり前のフロイドの意見により、まずは雲丹型宇宙船を見にいくことに路線変更された三人の行く末はいかに。
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