■2022/5〜の読み切りログ(ルシファー)

 皆でやってきた祭りの終盤は自由時間にしていたが、俺と彼女は早めに待ち合わせ場所の入り口に来ていた。この祭りの目玉となっている打ち上げ花火がもうすぐ始まるからか、この辺りは静まり返っている。一応なりとも花火が上がるであろう場所を向いてベンチに腰をかける俺たち。ジジジ、と何かの虫の鳴き声がする。そこいらに浮かぶ提灯がゆらりゆらりとオレンジ色で闇を彩っていた。ラムネ瓶の中でカランとビー玉が音を立て、それを合図に彼女が優しい沈黙を 破る。
「魔界にも夏らしい夏があってびっくりしちゃった」
「数年前だな。ディアボロが人間界の祭りをやると突然持ち込んだのがやっと定着したところだ」
「そうなんだ!なんていうかさ、人間同士でも文化交流ってなかなかできないのにってたまに不思議になるよ。悪魔と人間が先に手を取り合うようになるかもしれないね」
 私まで浴衣着せてもらっちゃって、とはにかむ彼女は今目の前にあるものが夢現であるかのようにふわふわと笑った。いつもより大人びて見える表情にトクリ、一際強く心臓が波打った。普段は下されている髪は器用に結い上げられており、先ほど出店で買ってやった花飾りの鈴が、時折、チリンと音を立てていた。随分昔、人間界では異界との境を鈴の音で知らされるのだと何かの文献で読んだことがある。それが本当だとするなら、今この時、この音は一体どうして鳴っているのだろうか。俺に、身を弁えろとでも警鐘を鳴らしているのだろうか。
「ルシファー?大丈夫?」
 突然黙った俺の顔を覗き込む彼女。指先を触れるか触れないかのところまで持ってきて、俺を気遣うような視線を寄越した。
 大丈夫、と返事する代わりに触れるだけの口づけを落とし、彼女の唇に熱を移す。そういう雰囲気であったろうに、予想していなかったと開かれたままの瞳に対して視線で訴える。まだこれで終わりじゃないぞ、と。瞬間、恥ずかしげに伏せってしまう瞼。逃しはしないと頬から顎にかけてを掌で包み込み、こちらを向かせる。次いで、ベンチの上に無造作に置かれていた指を自分の指で捉えて、スリ、と撫でた。
 ハッと一度俺と視線が交わり、それからゆっくりと瞼が下がっていく。吐息が混じるほどの距離でその表情をすれば、この先どうなるかなどわかりきっているだろうに。だが許可は取らない。キスは俺がしたい時にする。もちろんおまえがしたいときもいつでもしてもいいんだが。そんなことを考えながら、薄く開いたままになっていた唇を再び塞いだ。
 瞬間、パッと空に光の華が咲くと、それを追いかけるようにしてドォン、とひとつ、大きな音が鳴り響く。せっかく立てたリップノイズは彼女の耳に届いただろうか。
 そっと持ち上げられた瞼の奥から覗く瞳に、続いて咲き乱れる華やかな光が映り込んでいた。俺にしか聞こえないボリュームで彼女はぽそぽそと呟く。
「ルシファー、外でいちゃつくの嫌いなんじゃないの……?」
「皆、他人の色恋より天の華に夢中だ。誰も見ていないよ」
「ルシファーのことは信じてるけど……そればっかりは」
「おあーっ!?おまえら距離が近すぎっぞ!?ななななにしてたんだ!?」
「ピピー!恋愛禁止警察が来たからには取り締まるぞー!」
「おい、こんなところでいかがわしいことをするなよ」
「えーっ!ルシファーも野外プレイとかするのぉ?やだぁ!ワイルド♡」
「ベルフェが寝たから帰ることにしたんだ。邪魔して悪かった」
「むにゃ……」
 このタイミングで花火よりも五月蝿い音を立てる生き物がいるなんて、誰が想像できる?俺の兄弟は本当に空気を読まない愚か者ばかりで頭が痛くなる。
 兄弟の登場に一瞬ポカンとした彼女だったが、すぐにかぁぁぁっと暗がりでもわかるほどに顔を真っ赤に染めて、そのまま俺の肩口に倒れ込んできたから大変だ。そんなことをしたら全員が騒ぎ出すのは目に見えてーー
 ドォン、とまた一つ、大きな音がして、皆の気が逸れたその時。柔らかく、熱いものが頬に触れた。離れていく彼女の顔がスローモーションで視界の端に映る。小さな声が、俺の鼓膜を揺らして、俺は完全に敗北した。赤くなっているであろう顔を片手で隠す以外、できることはない。

(早く帰りたい、続きをして)
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