小噺色々

「ぴっ ぴ ぴぃ っぴー!」

独特の声を響かせ、ふさふさもふもふの尻尾をふりふり。小さな生き物は何が楽しいのかわからないが、今日も飽きずにオクタヴィネル談話室を飛んだり跳ねたり行ったり来たりしている。
フロイドは、だらりとソファーにもたれかかりながらその姿を見つめていた。
鏡がなくなってしまってからというもの、モストロ・ラウンジにくるお客はおらず、暇な日が続いているからだ。

「毎日ゴキゲンだなーあのウサギ」
「ウサギなんでしょうかね。あれ。ぴぃさんについては未だ謎がありすぎます」
「それ言ったらヒトデちゃんだって謎だらけだろ。オレらのことこーんな、魔法少女みたいにしてくれちゃってさ」
「で、でも彼女は一応ヒトですから!」
「アズールそうやって擁護するけど、ヒトデちゃんがニンゲンかはわかんなくね?それにヒトデちゃんのことちゃんと気持ちよくできたわけ?オレに譲ってくれてもいーんだよ」
「フロイド、野暮な質問はしないことですよ。アズールのことですから…っああっ!ぴぃさん!そちらは危ないので僕の膝の上にいらしてください」
「…はぁ~~~。ジェイドもまーじで物好きだよなー」

ふわりとぴぃを抱き上げるその手つきは、心底愛おしいとジェイドの気持ちを代弁する。
そのままウリウリと顔を擦り付けたジェイドに、うぇえとドン引きな表情を見せたフロイドが言った。

「ジェイドさ、お前がヤバイってのは周知の事実だったけど、まさかそんな風になるとはオレも思わなかった~」
「僕も同意見です。お前のイメージが崩れました」
「そうは言いましても、僕は僕ですから。そのイメージも僕。今の僕も僕。そういうことです。型にハマるほど面白くないことはないですよ」
「…だよなぁ~」
「ですね…。その意見こそジェイドでしかない」
「おわかりいただけて光栄です」

その満足そうな顔を見て、褒めてはいないんですけどね、と肩を落としたアズールだったが、ヒトデがカウンターで寮生と楽しそうにお喋りをしているのを見つけると、パッと立ち上がってそちらのほうに向かって行った。
ジェイドは、ぴぃさんにご飯を作って差し上げましょうとキッチンへと消えていく。
残されたフロイドは、ふと思った。ジェイドはぴぃにお熱なわけだが、ぴぃのほうはどうなのだろうかと。
そうして「ふと」考えついたことはむくむくと育っていく。

「なぁなぁ」
「ぴぃ?」

声をかければ素直に振り返るぴぃは、確かに従順で手懐けたら楽しいのかもしれないと思うあたり、やはり双子は似ているのかもしれない。

「お前もヒトデちゃんみたいに誰でもいいんだよな?ジェイド以外に触られてもスケベパワーってたまんの?」
「ぴぃ…?」
「てか耳どーなってんの?」

話しかけながら、フロイドはその手をずぼっとぴぃの耳の間に突っ込んだ。

「ぴ」
「おお。思ったより毛の感触がある〜」
「ぴぁ」
「やっぱお前うさぎなの?宇宙人かと思ってたけど、フツーのうさぎのが近いのかなぁ」
「ぴぅ」

じわり。じわり。
ぴぃの声がうわずっていくのに気づけないフロイドは、ペットを可愛がる感覚なのだろう、遠慮なしに耳の間でもさもさと手を動かし続ける。

「あっ、フロイドさんなにしてんすか」
「おぁー稚魚ちゃんたちも触る?コイツの耳の間、思ったよりきもちいーよ」
「えっ、その物体柔らかいんですか?」
「ウン。うさぎの毛皮みたいなのついてんの」

若気の至りといえばそうなのだろう。または、ぴぃにあまりにも「生き物」っぽさがなかったのがいけないのかもしれない。
ワイワイしているとさらに何人かが集まってきて、『ぴぃの耳の間に指を突っ込んで、誰が最初に嫌がられるか大会』というゲスな遊びが始まってしまった。
ぴぃとしては、フロイドに触られるくらいはなんともなかったし、もともと触られてスケベパワーをためる生物なのだからそれくらいされてしかりなはずなのだけれど、ジェイドという「自分を大切にしてくれる相手」に会ってしまったせいか、今回は徐々にぴぃの心の中にモヤモヤとした黒い気持ちが溜まっていった。
カウンター席から『あれー?光線銃の中身がいつもみたいな綺麗な色じゃない』なんて言葉すら聞こえてきたが、それは渦中の人間には届かない。

「ぴぃぃ…っぴぃっ…」

だんだんとぴぃの声が小さくなってきた、そのときだった。

「あなたたち」
「「「っ!?」」」
「僕の番に、何かご用でしょうか?」
「じ、じぇい、ど」

遊びに夢中になっていた皆の後ろから声がかかったと思えば、そこには普段の食えない笑顔すら表面に出さない真顔のジェイドが立っていて、一同から血の気が失せる。ジェイドが一拍置いたとき口の端が上がったのは、笑ったのか怒りで引き攣っていたのか誰にもわからなかった。

「ぴぃさんが怖がっています。それは、イジメ、というのですよ」
「い、いや、ちげぇよジェイド、最初はこいつも」
「それ以上口をひらいたら、フロイド、いくら片割れと言っても許しませんよ」
「っ、」

そんなジェイドを目の前に口を開けるものは、当たり前だが誰一人いなかった。
フロイドですら、「嫌だったなら、ほんと、ごめんねぇ」と小さな声でぴぃに謝ったと思えば、皆一目散にその場を後にした。

「ぴぃ〜…」
「ぴぃさん!ああもうどうして!いえ、僕がここを離れたのがいけなかったんですよね。申し訳ありません…本当に…っ」

怖かったでしょう、と優しくぴぃを抱き上げたジェイドはそのまま自室へ向かう気にもなれずゲストルームの鍵を開けた。
ぴぃをベッドの上にそっと下ろすと、自分は床に膝をついてぴぃに向き合ってから、きゅむっと尻尾の付け根を掴んだ。
瞬間、ぽふんと音がして、そこにいたのは人型に変身したぴぃである。
ぴぃの身体を腕の中に引き寄せて、ジェイドは呟くように懺悔した。

「今回のことは本当に申し訳ありませんでした。ですがぴぃさんはもっと僕を頼ってください」
「私は十分ジェイドさんを頼っているのよ。ありがとう」
「もっともっともっと頼ってください。我が儘になってくださって構わないのですよ?」
「ワガママだってしているのよ」
「どのあたりがですか?」
「たった数日のことだけれど、私が飛び跳ねていればじぇいどさん、いつだって抱きしめてくれるもの!」

まさか飛び跳ねていることが求愛…ではなく我儘だったとは露知らないジェイドは、少し驚き、それでもそれから安堵してぴぃの額と自らの額をこつりと合わせた。

「貴女は本当に可愛らしいですね」
「ふふっ!そんなことを言ってくれるのはじぇいどさんだけなんだわ!じぇいどさんと出会えたことは…じぇいどさんにこうして愛してもらえることは、運命で、とても幸せなことよ。ありがとうじぇいどさん!」
「僕としてもとても幸せなことなので、僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございます」

微笑みあった二人の距離が近づいて唇が触れ合って、静かな部屋にちゅっちゅっと可愛らしいリップノイズが響く。

「んっ…じぇいどさ、」
「ンっ、ふ、昨日の今日では嫌ですか?」
「ううん…そんなわけ、ないの」
「それではこのまま今日も貴女を独り占めさせてください。先程の寮生たちの非礼は僕が償いましょう」
「そんな風に思っていないけれど、でも、うん、たくさん愛して!」

ピィが素直にジェイドの首に抱きつくと、ジェイドは嬉しそうに破顔してベッドに乗り上げた。

そんなこんなでオクタヴィネル寮は今日も平和だ。
だがしかし、この調子で世界が救われるのかは、まだ誰にもわからない。
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