■2022/5〜の読み切りログ(ルシファー)

 きっかけは他愛もないやりとりだ。
「ルシファーたちは、キスってどんな味がするっていうの?」
そんなことを口走ったらこれからのことを期待されているとしかとれないぞ、と言ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。
 それでも俺は一旦は知らぬふりをして話を促した。


キスを、ひとくち。


「どういうことだ?」
「人間界ではねぇ、キスはレモン味って言われるんだよ。魔界にもレモンっぽい味がするのがあるし、やっぱりレモンなの?」
 デモナスを片手に彼女に並び、手摺に身体を預けた。彼女が飲むのはクラッシュマンゴーのカクテルのようだ。デモナスの美味さがわからないとはまだまだお子様だな。
 ここは魔王城のテラス。室内ではパーティーの真っ最中。パーティーを盛り上げる音楽が微かに聞こえるのが心地よい。
 魔界の夜は穏やかだ。
 月が大きく輝くから、人間が思い描くほど暗くもない。色とりどりの装飾も闇を闇と思わせないほどで、大層美しいと思う。天使たちはこぞって、天界よりも美しい場所はないというが、俺はこの景色をなかなかに気に入っている。
 自分のテリトリーで、自分に堕ちてきた人間を、その欲望ごと自分のものに。
 なんて贅沢。
 自分の持っていたデモナスを飲み干してから、彼女の手からそっとカクテルグラスを取り上げてそれも一思いに流し込む。相変わらずこの手の酒は甘い。
 テラスには誰も出てくる様子はない。近くにあったテーブルに二つのグラスを並べて置くと、もっと味わって飲んだらいいのに、と笑う彼女が、いつもより数段幼く見えた。
「悪魔とのキスの味なら、おまえもよく知ってるだろう」
「え?……っ、ま、まぁ……その、」
「試してみるか?」
「!」
「何度だって試してやる」
「っ、ん!」
「ン、っちゅ、んむ、」
「ぁふ、ちょっンン、る、っは、ふぁ、ン」
 唇で触れる度にふるふると震える身体が、俺に彼女の感情を教えてくれる。おまえが望むことは、もっと、だ。
 一度口付けを止める。
 俺の影が彼女を月明かりから覆い隠しているのが、なんだか心地よかった。おまえの眸には今、なにが見えている?俺以外をそこに映すなよ。
「んっ、は、今夜はどんなテイストだったかな」
「ッ、……は、ふ……わか、ない、」
「それはこういうことか。『たりない』と」
「、る、しふぁが、そう思ったなら、そう、かも?」
 バルコニーに伸びた二つの影は一度だけ少し離れたが、それからもっと近づいて。一つに重なって。
 その後のことは俺だけが知っている。
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