小噺色々

その夜、ジェイドは妖精を連れて山にきていた。
二人は山に出向くことが好きだった。
海の中の森は、確かに森の息吹が芽生えているのだが、本物の山に勝るものなし。
たまには誰の邪魔も入らないロッジでイチャコラしたいとの目的も満たせる為である。(といっても普段から誰に邪魔されることもないのだから、単なるジェイドの思い込みであったが)

ちなみにナイトハイクは陸二年目のジェイドには危険すぎるといまだに躊躇っていたのだが、妖精が来てからというものちょっとずつ挑戦するようになっており、その楽しみを噛み締めていた。昼間の山に飽きたわけではなかったが、やはり未知のものに触れる楽しみはジェイドを虜にしてやまなかった。暗い夜道。二人きりで過ごす静かな時間。それは存外暖かいものだ。

「ジェイドさん、あと少しだけど大丈夫?」
「ええ。今日こそ頂上まで行きたいものです」
「ふふっ、そうね、何度も挑戦してきたんだもの、頑張りましょう」

夜の山は思っているよりも気温が低い。にも関わらず額に浮かんだ汗を拭いつつ懸命に足を動かす。
そうしてひたすら山を登ること数十分。
開けた場所に到着すると、そこに広がったのは遠く見える街の灯りと、そして星空だった。

「ジェイドさん、お疲れ様!頂上だわ!」
「…こ、れは…なんと表現したら良いでしょうか……」
「とっても綺麗でしょう…?あの一つ一つにヒトが生きているんだと憧れて、昔はよく、遊びに行ってみたいと思ったものよ」
「そうですね…。海の中でも、こんな命の灯火を見たことはありません…憧れも然りでしょう…。…筆舌尽くしがたいとはこのようなもののことを言うのですね」

暫く、二人でその景色を無言で堪能する。
ふと一筋の光が空を滑って、妖精が声をあげた。

「あ、」
「どうかなさいましたか?」
「ねぇ見てジェイドさん!流れ星!」
「おやそうですか」
「ん…あんまり興味なさそうね」
「そんなことはありません。宇宙空間に漂うチリが降ってくる、壮大ではないですか」
「えっ!流れ星って、星でないの?」
「ええ。あれはチリがこの星に飛び込んできた時に大気と衝突して、そのエネルギーが光を放つのだとか。神秘的ではありますね」

そう言われて、妖精は少しだけぷくっと頬を膨らませる。
その表情のなんたる可愛さや。ジェイドは妖精と対照的に頬を緩ませた。

「貴女は何か星に叶えて欲しい願いがあるのですか?」
「………叶えて欲しい願いは…もちろんあるわ」
「お伺いしても?」
「それは……ダメ」

想定外の返事に、ジェイドは珍しくキョトンとした表情を浮かべる。
いつだって従順な妖精からNGの言葉が飛び出るなんて思いも寄らなかった。

「では、その理由は」
「流れ星に祈ったことは人に言ってはダメなのよ。叶わなくなっちゃう」
「そんな謂れがあるんですか」
「私はそう聞いているわ。いつ耳にしたのかは、もう忘れてしまったけれど、そう言われたのは覚えてるの」
「なるほど、それで」
「そ。だからこればっかりはジェイドさんに言われても教えられないの。だって…せっかく願ったのに、願ったそばから叶わなくなるなんて耐えられないもの」

だから、内緒よ。…そう言って両手で口を覆うとクスクスと笑う妖精はやっぱり可愛くて、ジェイドは『秘密は女性を美しくするのだ』と、柄にもないことを思ったのだった。

「せっかくですから、今日は寮に戻らずに、ここでキャンプをしましょうか」
「えっ?でも準備とか…」
「最低限のものは持ってきていますので、問題ありません。満天の星空の下で貴女と語らう。たまにはこういうのもいいと思いませんか?」
「…!そうね!素敵だわ!」
「部屋にいるときのようにフロイドの邪魔も入りませんしね」

適当な場所を見繕って寝袋に入ったジェイドの首元のあたりに、妖精が潜り込んだとき、また一つ流れ星が流れたが、今度のそれは妖精の目には映らなかった。
代わりにそれを瞳に捉えたジェイドは、『こんな時をこの先も何度も過ごせますように』なんて、童心に戻って願いをかけたそうな。
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