obm V!

 明日はバレンタインデーと言うことで、御多分に漏れずチョコレート菓子を作っている私。魔界ではどうか知らないけれど、私の出身国日本では製菓業界の陰謀に巻き込まれるのが常なのだから、その文化に則ったっていいだろう。
 しかしながら、先程からキッチンを覗く十二の瞳が少し……いやかなりくすぐったくて脱力してしまっている。

「ちょっとぉ〜!押さないでよ!」
「俺じゃねーよ!てかベールおまえ涎がすげぇって!」
「もう無理だ、我慢できない」
「一番下にいる僕の身にもなってよね……」
「てか僕が最初に見つけたんだかんね。感謝してよ」
「おい、おまえら、もう少し静かにしろ!じゃないと、」
「あの〜……それで隠れてるつもりなら、もういいから出てきなよ」
「「「「「「!」」」」」」

 六人が六人、全く同じ反応をするんだから面白い。千年単位で一緒に暮らしていると、似てくる部分もあるんだろうか。ちょっとどころじゃなく吹き出して笑ってしまった。

「……ふふっ……あはは!大丈夫だよ、これ、みんなに配るチョコレートだし。ここで作ってて隠せるわけないと思ってたから」
「バレているなら仕方ないな」
「え〜っもうちょっとスリル味わいたかった〜」
「今から食えるのか?」
「今はちょっと無理だよベール。明日まで待ってね」

 潔く顔を覗かせたのは、思った通り。サタン、アスモ、ベール。

「ん。僕もこの香りは嫌いじゃないかな」
「おまえがどうしても食ってほしいってんなら食ってやらなくもねーぜ」

 それからベルフェにマモン。そして最後に爆弾を落としたのはレヴィ。

「人間って本命と義理のチョコを作るんじゃなかったっけ?漫画で読んだ」
「は!?本命と義理ってなんだよ!」
「言葉の響きからして、恋愛対象とそうでない奴と、分けて作るってことなんじゃないか?」
「あ〜まぁそういう地域もあるけど、気持ちに分け隔てなく、感謝の気持ちを贈ったりもするんだよ。だからみんなに、ね。って言ってもちゃんとそれぞれテーマを持って作り分けてるんだからね〜」
「へぇ!じゃあ見せ合うの楽しみ!もらったら絶対デビグラに載せるね!」
「見せびらかすほどうまくできるかはわからないけど」

 軽口を叩き合いながらも気になるのは、ここにいないただ一人のこと。どうしようかな。聞いてもいいかな。でもみんなに感謝の気持ちって言っちゃったしな。
 そう言うことなら明日まで待つ、とキッチンから出ていくみんなの背中を見つめながら迷っていると、最後に出て行ったベルフェが『ねぇ』ともう一度顔を覗かせた。

「ん?どうしたの?」
「あのさ、僕たち兄弟は七人全員、甘いもの、嫌いじゃないよ」
「!」
「あんたから貰うなら、なおさら」
「それって、」
「だから、悩むことないと思う。それだけ」

 楽しみにしてるね、と、そう言い残してからキッチンを後にしたベルフェに、数秒置いてから称賛を送った。

「ほんと、ベルフェって大人だよねぇ……」

 末っ子とは名ばかり、一番頼りになるんじゃないかな。七人とも甘いものは嫌いじゃない、つまり、ルシファーもそれなりに食べるんだろう。デモナスをよく飲んでるところを見ると、お酒にあう上品なお菓子は好きな可能性が高い。そこまで考えてふと頭に浮かんだのはチョコレートリキュールだ。ミルクに割ったり紅茶に混ぜたりすることで甘めのお酒ができあがる代物。もしかしたらそれに近いものが魔界にもあるかもしれない。

「……よし、決めた!」

 ルシファーにだけはちょっぴり違うものを贈りたいという『彼女』らしい感情を胸にすると、テンパリングをしながら緩む頬を抑えることができなかった。

 さて、翌日。
 兄弟それぞれに合わせて仕上げた、トリュフやマフィン、クッキーやキャラチョコを配りながら日頃のお礼を述べると自分が思っていた以上に喜んでもらえて、逆に笑顔をもらってしまったが、私の本番はここからだ。
 すでにルシファーにも偽装工作用のお礼チョコレートは渡したから、ここからもう一つあるなんて思われはしない……はず。D.D.D.の画面を見ると、時刻は二十二時を回ろうとしている。さすがにこの時間に連絡なしに部屋に行くのはよくないかなと、チャット画面を開いた。
『ルシファー、今、部屋にいる?』
 そう送ると、数秒しないうちに既読がついたことに少し安堵する。
『いる。来るならすぐ来い』
 ルシファーらしいメッセージに苦笑を一つ。ラジャーのスタンプを返すとプレゼントを抱えて部屋を出た。
 コンコンと扉を叩くとすぐに開かれたドア。深呼吸する暇もなく、どうぞ、と中に招かれる。

「こんな時間におまえから連絡があるなんて珍しいな」
「そ、そうかな!?」
「まぁ、連絡がくる頃合いかと期待してはいたんだが」

 言いつつソファーに座ったルシファーは、わざとらしく腕を少し広げて『座るだろ?』と目で告げる。この部屋で私が座ることを許されているのはルシファーの膝の上、もしくはベッドの上だけなのはわかってはいるけれど、それはそれ。恥ずかしいのとは別問題だ。一応、抵抗を試みる。

「今日は、もう仕事ないの?」
「そんなわけないだろう、書類は山積みだ」
「じゃあ用事が終わったらすぐ帰、っわ!?」

 ルシファーの片眉がクンッと上がったと思ったら、何かに引っ張られるようにして私の身体はルシファーの方に進まされて、ぽすりとそこに落ち着いた。魔術かと気づいた頃には腰に腕を回されていて、動くことも叶わない。

「つれないことを言うな。おまえがいるのにそっちのけで仕事するような男じゃない」
「そ、そういうのは、口で言ってくれたら自分で動くからっ!」
「そうか?てっきりすぐに帰れるように扉の傍にいたのかと」
「んぐぅ!」
「くくっ……本当にわかりやすいな、おまえは。それで?その手に持っている物はなんだ。俺にくれるんだろう?」

 全てが見通されているのに今更隠すことも何もない。むしろ開き直れただけいいとしよう。

「そうだよ、ルシファーにプレゼントを渡したくて来ました……人間界にはバレンタインにチョコを渡す習慣があったりするんだけど」
「知ってる」
「さすがルシファー。それなら話が早いね。せっかくだから人間界風にいこうかなって思って、みんなにチョコをね」
「それは、昼間にもらったろう」
「そう。一応、ルシファーも甘いものは嫌いじゃないって情報は仕入れてたから、みんなと同じ感謝チョコ。それはもう渡したやつね。で、これはルシファーだけ、特別」

 はい、と袋から出したのはデモナスのセット。プレゼントの内容が予想外だったのか、私の行動がおかしかったのか、ルシファーは驚いたように目を見開いた。
 私がAkuzonで探してきたのは、見立て通り魔界にも存在したチョコレートリキュール。それは『この時期だけの限定販売!とろぉりとした舌触りが新感覚のリキュールは、デモナスとの相性も抜群!』と銘打たれていた。後で少しもらってバニラアイスにかけたいな、なんて思ったのは秘密だ。

「ルシファーがこういうの、好きかわかんなかったんだけど、おいしそうだなーって」
「こういうものは自分では購入しないから興味深いな。ありがとう」
「ほんと!?ルシファーって殿下とよくいろんなお店行ってるし、食べたことないものなんかないと思ってたからよかった!」
「ただ……皆と同じというのが気に食わないな。俺だけじゃダメだったのか?」
「は……はぁ!?い、いや、だからこうやって特別にデモナスとリキュールを」
「皆と同じものも、あっただろう?」
「ご、傲慢っ……。一人だけにあげるわけにいかないじゃない……ここにいる間はみんなにお世話になってるんだから」
「だが、俺だけが特別、ということも誰にも告げていないんだろう?それはよくない」
「よくないって言われても……だ、だって、言えるわけないよ。ほら、私とルシファーの関係はみんなが知ってるけど、そんな堂々とできないし……」
「そうか。……それで? ここに来た理由はそれだけか?」

 胸の前で組んだ指をちょこちょこと動かしながら恥ずかしさを誤魔化す私を逃がしてくれるほど、ルシファーは甘くはない。ルシファーはわかって聞いている。答えを、私の口から言わせるために。そっと覗ったルシファーの瞳は、大層楽しそうに揺れていた。それは私の推測が正しいことを雄弁に物語る。

「わかってて言ってるでしょ……!もう!ルシファーのだけちょっと味が違ったの!これで満足!?」
「くくっ……!おまえは本当にからかい甲斐があるな。あの特有の甘さ、覚えがあった。それだけだ」
「ご明察です!いれました!蜜月シロップを!ヘルコーヒーと足して二で割ったらちょうどいいでしょっとか思って入れましたが?!」
「隠し切れてなかったがな。おまえが俺にヘルコーヒーを淹れるとおまえの想像を遥かに越えて苦くなる。あれに何かを混ぜたらすぐにわかるに決まっているだろう」

 ベースをコーヒー味にしたのが不味かったと今更悔やんでも遅いわけだけど、なんだか負けた気分だ。でも仕方ない。リキュールを探していたときにそのシロップの効果を目にしてしまって好奇心が抑え切れなかったのだから。

「で?おまえも食べたと」
「え、」
「食べたんだろう、おまえもそのシロップ、というか、シロップ入りのチョコを」
「な、なん、なんでっ」
「心音が少し早い。それから頬が赤くなっている。そして、ンッ……」
「んんっ!?」

 前触れなく私の口を塞いだのはルシファーの唇。断りなく入り込んできた舌が、私のそれを絡め取って暫く貪ったのだけど、いつもと違うことが一つだけ。

(な、なにこれっ……!?舌が熱くて溶けそうっ……それに、信じられないほど甘くて美味しい……)

 咥内に広がるこの味は、どう考えても唾液の味なんかじゃなかった。恐らくこれが、蜜月シロップの……媚薬と呼ばれるものの効力なのだ。

「、んっ、ハ……」
「っぷはぁ……!」

 互いの唇を繋ぐ唾液の糸に、オレンジのランプが反射してイケナイ雰囲気を醸し出す。私をのぞき込むルシファーの瞳は熱に浮かされて赤色が深くなっているように思わなくもない。

「なるほど、ゴールドヘルファイアイモリ・シロップよりも効力は低いと見えるが、これもなかなかだな」
「分かってて、食べたの……?」
「もちろんだ。俺が気づかないとでも思ったのか」
「だって……!」
「まぁ俺ほどにもなればそれほど影響はない」
「な、なんだぁ!びっくりさせないで、よっ……って、え、と……る、しふぁー?」

 冗談言って!と胸のあたりを両手で押すも、びくともしないルシファーは心なしか目尻が赤くなっていて心配になった。大丈夫?と声をかけようとしたところで、こてんと私の肩口にその顔が落ちてきて、びくっとするが、それよりも首筋に吹きかけられた吐息の熱さに背中が泡立つ。

「んっちょ!」
「言わなくてもわかるだろうが」
「えっ?」
「いや……おまえは案外抜けているところがあるからな」

 指を絡め取られ、私の左の掌とルシファーの右の掌が合わさる。

「手取り足取り朝まで教え込まないといけないかな?」
「はぇ!?」
「媚薬を盛るくらい、俺とイイコトをしたかった、とそういうことだしな」
「ち、違うよ!ちがっン!?」

 ちゅ、ちゅ、と啄むような口付けを贈られては言葉を発するのは難しい。
 でもおかしい。蜜月シロップは遅効性と書いてあったのに。だからこそ使ったのに。すぐにその効果が出ては私が困るから。現に私が昨日チョコレートを作っていたときに摘み食いした効果は、今、現れている。ならばどうしてこの時間にルシファーに効果が現れているのか。
 その結果が示すところは。

「ッンは……っルシファー!?それ、シロップが効いてるフリしてるでしょ!ねぇ、ちょっ、ンッんんーっ!!」

 今度こそ深く塞がれた口。二度目となれば簡単に離してもらえるはずもなく、時、すでに遅し。真実はルシファーのみぞ知る。ああもう!こんなことなら素直に、大好きだからキスさせてって言えばよかった!
 月明かりが差し込む彼の部屋に静かな闇は、満ちてきたばかり。

チョコレート・ダイナマイト!

 この愛、時限式♡
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