■2022/4までの読み切りログ(ルシファー)
肌を重ねた回数など、とうの昔に忘れた。それでも何度でも求めるのは、一種の恐れなのかもしれない。
唇に、肌に、耳に、脳に、それから心臓に。もう数え切れないほどに、おまえの痕跡があるというのに。
どうしておまえは人間なんだ。
どうして俺は、悪魔なんだ。
「……どうかしてるな」
「ん?」
「いや……なんでもないよ」
軽くシャワーを浴びてくると抜け出したベッド。良い子にしていろよとの言いつけ通り、その中央で膝を抱えてきゅっと小さく収まっていた彼女は、まだ服を着ていないせいか、必死でシーツを引き寄せている。
ガウンをひっかけただけで髪を拭きながら出て行けば、パッと視線が逸れたのがわかって苦笑を一つ。そういう空気でないときには直視できない、と言われたのはいつのことだったか。
そんなことを考えながらミニバーから水を取り出す。それからベッドに近づくと、私にも頂戴、と手を伸ばされたので、ふむ、と思案。弾き出した答えには従順に従う。もう一度水を口に含むと、彼女に口付けて、咥内に水を流し込んだ。
「っ、ん……!?、ふ、ァン」
「んん…っは、」
コクリと喉が動いたのを見とって唇を離すと、口の端から水だか唾液だか溢れた。ぱちりと見開かれたままの瞳に、してやったりと口角が上がる。殊更ゆっくりと親指で潤うそこをなぞって拭っていたところで、やっと意識が戻ってきたらしい。顔を真っ赤にして両手で口を覆った。
「あっ、わっ!?」
「ははっ、おまえはいつも可愛いな」
「なっ!?か、かわい……」
「ああ、否定の言葉はいらないからな」
「っ、ち、ちがうよ……そう見えるなら、それは……ルシファーがそうしてくれたんだよって、思って」
「は?」
「自分が好きな人が自分のこと好きになってくれるなんて、奇跡みたいなものでしょ?だから、ルシファーが私のこと好きでいてくれる間は、きっと、自分を磨き続けられると思う……なんて、へへ……」
最後の方は恥ずかしさからかしりすぼみで聴きづらかったが、俺がおまえのことを好きでいる間、だと?先程の考えが見透かされたようで呼吸が苦しい。いつもそこにいるおまえが遠くに行ってしまいそうで。なぜそんなことを言うんだ。
『私もそろそろ着替えようかな』と、はにかみながら離れていこうとするその身体を引き寄せ、胸にかき抱いた瞬間、ヒュッと息を呑む音が聞こえた。
「、っ……」
「え……るしふぁ……?」
「……まだ、いいだろう。もう少し、ここにいろ」
「どうしたの……?私は構わないけど、でも、ルシファーの迷惑になるんじゃ、」
「迷惑になんてなるはずない。じゃないと呼んだりしないさ」
「そう……?」
戸惑うような声が鼓膜を震わす。自分の心がこうも乱されたことがこれまではなかったので、どう対処したらいいかすぐにわからずただただ黙っていると、彼女の方からも俺の背中に腕を回し、ぽんぽんとあやすように背中を撫でられた。
「ルシファーが何を考えてるのか、私にはわからないけど……苦しいときは教えてほしいな。半分くらいなら、私も抱えられると思う」
「……ふ……。半分だけか?」
「もちろん全部でもいいよ。でもルシファーにもプライドがあるかなって思って」
「変なところで気を遣うんだな」
「ふふっ!……まぁ、それも半分冗談で。全部私がもらっちゃうと、今度は私が苦しくて苦しくて死んじゃうかもしれない。そうなったら本末転倒だもん。だから……そうだな、もらった半分のところがあいたら、そこには私の幸せとかそういうのを渡すから、それを入れておいて。そしたら半分半分で一番幸せかもって。ね?」
なんとも「らしい」回答だ。しかしながら、その「半分半分」というワードに安心した自分がいたのには驚いた。
「そういうことなら、いつでも半分あけておこうか」
「うん。お願い。私がルシファーの中にお邪魔できる場所、あけておいてね。すぐに行くよ」
少し身体を離して、見つめ合うより先に互いの頬が緩む。満たして、満たされる。なんという贅沢。
変えられない未来があろうとも、そこまでの過ごし方は星の数ほど存在するのだ。くだらないことを考えて時間を消費するくらいなら、より有意義にいこうじゃないか。
「もう一度、おまえを抱きしめて眠っても?」
「ルシファーがそうしたいなら、何度でも」
暖かな体温をこの腕におさめる。今はただ、それだけでいい。
唇に、肌に、耳に、脳に、それから心臓に。もう数え切れないほどに、おまえの痕跡があるというのに。
どうしておまえは人間なんだ。
どうして俺は、悪魔なんだ。
「……どうかしてるな」
「ん?」
「いや……なんでもないよ」
軽くシャワーを浴びてくると抜け出したベッド。良い子にしていろよとの言いつけ通り、その中央で膝を抱えてきゅっと小さく収まっていた彼女は、まだ服を着ていないせいか、必死でシーツを引き寄せている。
ガウンをひっかけただけで髪を拭きながら出て行けば、パッと視線が逸れたのがわかって苦笑を一つ。そういう空気でないときには直視できない、と言われたのはいつのことだったか。
そんなことを考えながらミニバーから水を取り出す。それからベッドに近づくと、私にも頂戴、と手を伸ばされたので、ふむ、と思案。弾き出した答えには従順に従う。もう一度水を口に含むと、彼女に口付けて、咥内に水を流し込んだ。
「っ、ん……!?、ふ、ァン」
「んん…っは、」
コクリと喉が動いたのを見とって唇を離すと、口の端から水だか唾液だか溢れた。ぱちりと見開かれたままの瞳に、してやったりと口角が上がる。殊更ゆっくりと親指で潤うそこをなぞって拭っていたところで、やっと意識が戻ってきたらしい。顔を真っ赤にして両手で口を覆った。
「あっ、わっ!?」
「ははっ、おまえはいつも可愛いな」
「なっ!?か、かわい……」
「ああ、否定の言葉はいらないからな」
「っ、ち、ちがうよ……そう見えるなら、それは……ルシファーがそうしてくれたんだよって、思って」
「は?」
「自分が好きな人が自分のこと好きになってくれるなんて、奇跡みたいなものでしょ?だから、ルシファーが私のこと好きでいてくれる間は、きっと、自分を磨き続けられると思う……なんて、へへ……」
最後の方は恥ずかしさからかしりすぼみで聴きづらかったが、俺がおまえのことを好きでいる間、だと?先程の考えが見透かされたようで呼吸が苦しい。いつもそこにいるおまえが遠くに行ってしまいそうで。なぜそんなことを言うんだ。
『私もそろそろ着替えようかな』と、はにかみながら離れていこうとするその身体を引き寄せ、胸にかき抱いた瞬間、ヒュッと息を呑む音が聞こえた。
「、っ……」
「え……るしふぁ……?」
「……まだ、いいだろう。もう少し、ここにいろ」
「どうしたの……?私は構わないけど、でも、ルシファーの迷惑になるんじゃ、」
「迷惑になんてなるはずない。じゃないと呼んだりしないさ」
「そう……?」
戸惑うような声が鼓膜を震わす。自分の心がこうも乱されたことがこれまではなかったので、どう対処したらいいかすぐにわからずただただ黙っていると、彼女の方からも俺の背中に腕を回し、ぽんぽんとあやすように背中を撫でられた。
「ルシファーが何を考えてるのか、私にはわからないけど……苦しいときは教えてほしいな。半分くらいなら、私も抱えられると思う」
「……ふ……。半分だけか?」
「もちろん全部でもいいよ。でもルシファーにもプライドがあるかなって思って」
「変なところで気を遣うんだな」
「ふふっ!……まぁ、それも半分冗談で。全部私がもらっちゃうと、今度は私が苦しくて苦しくて死んじゃうかもしれない。そうなったら本末転倒だもん。だから……そうだな、もらった半分のところがあいたら、そこには私の幸せとかそういうのを渡すから、それを入れておいて。そしたら半分半分で一番幸せかもって。ね?」
なんとも「らしい」回答だ。しかしながら、その「半分半分」というワードに安心した自分がいたのには驚いた。
「そういうことなら、いつでも半分あけておこうか」
「うん。お願い。私がルシファーの中にお邪魔できる場所、あけておいてね。すぐに行くよ」
少し身体を離して、見つめ合うより先に互いの頬が緩む。満たして、満たされる。なんという贅沢。
変えられない未来があろうとも、そこまでの過ごし方は星の数ほど存在するのだ。くだらないことを考えて時間を消費するくらいなら、より有意義にいこうじゃないか。
「もう一度、おまえを抱きしめて眠っても?」
「ルシファーがそうしたいなら、何度でも」
暖かな体温をこの腕におさめる。今はただ、それだけでいい。