■2022/4までの読み切りログ(ルシファー)

俺としたことが、時間を見誤って本を読み耽っていた。そんな訳で議場へと急いでいると、とある教室で伏せっている生徒の姿を見つけた……なんて言い方は良くないかもしれない。一目見ただけでわかるその姿は彼女でしかないのだから。何でこんなところに、と思うと同時にハッと時計に目をやれば、会議の時間はすぐそこまで迫っている。
声をかけないという選択肢はない、が、あの雰囲気、普段とは異なるものを感じる。話しかければ確実に遅れそうだと逡巡。とりあえずディアボロに一報をーーそう思ってD.D.D.に手を伸ばしたその時、動かしかけたその腕を掴んだのはマモンだった。

「そっとしといてやれよ、おにーさま」
「……なぜおまえにそんなことを言われなきゃならない」
「おにーたまはわかってねーなー………あいつがあんな風になる理由なんて一つしかねーだろ。胸に手を当てて聞いてみな」
「?」

話の流れが読めず、イラッとした感情を醸し出せば、マモンは『なんで俺様がこんな役回りしなきゃなんねーんだよ!』と両手を挙げてホールドアップの姿勢を取る。

「俺はな、あいつだって普通の恋する乙女だってこと知ってやれって言ってんの!そのうち誰かに取られても知らねーぞ!」
「誰に向かってモノを言っている?」
「っだー!そういうとこだっての!おにーさまは興味なくてもあいつは気にしてんだからちょっとはわかろうとしてやれよ!」

珍しく俺に歯を剥き続けるマモンに、極め付けと言わんばかりに胸のあたりをドスッと殴られて、身体的に痛くもないのにダメージを受けた気分になった。
『殿下には言っとくからあいつとしっかり話せよ!わかったな!』と、そう言い残してマモンは議場の方に駆けて行った。
その背を見送り、もう一度時計を見るが、そこまで言われては俺だって引いていられない。はぁ、と溜め息を一つ。これは、まだまだな自分に対する呆れの溜め息だ。
なるべく静かに彼女の隣まで歩いていって、そこに腰掛けると、そっとその髪に触れた。触れた身体がびくりと震えた後、机と腕の間から覗いた瞳が俺を捉え、かと思えばすぐに元の体勢に戻ってしまう。
指先だけではどうにもならないらしい。仕方なく声を掛けた。

「俺が何かしたなら言ってくれないか」
「今は……ルシファーの顔、みたくない」
「だが俺は見たい」
「……ごめん、本当に……今はいい子になれないの……」
「いい子になれなんて、誰が言った」
「お願い、わかって」
「それでも俺は、おまえの素直な言葉を聞きたい」

なかなか変わらない態度だったが、わがままとも取られそうな俺のセリフに反応して彼女の身体にグッと力が入る。次いでガバッと起き上がったと思えば、キッと眉が釣り上がった。

「じゃあ言わせてもらうけど!」

それに続いた言葉にポカンとしたのは仕方のないことだと許して欲しい。

「ルシファーはいい子すぎ!ルシファーにファンクラブがあることくらいずっと前から知ってるし私はそれくらいで怒らないって思ってたよ!思ってたけど、やっぱり見てるのツライんだよ!いっぱいの女の子に囲まれてさ、たまにちょっと身体とか密着させられて、それが迷惑ならもうちょっと嫌がって欲しいんだけど!それにルシファーは自分のこと鉄仮面だと思ってるみたいだけどすっごい顔に出やすいのわかってないでしょ!?見ないようにしてるけど視界に入っちゃうことだってあるじゃん、あの人たちRADに居る間はずっとルシファーの近くにいるし私は逆に近寄ったらルシファーの迷惑になるだろうなと思って遠くにいなくちゃいけないのに!そりゃあ嘆きの館に帰ったらルシファーを独り占めし放題だけどそれが何だっていうの私だってみんなの前でルシファーは私のこと好きなんだから近づかないでって、その表情は私にしか見せないでって、大声で言いたいよ!!」

はぁっ、はぁっ、と荒い呼吸で言い切られた内容を頭の中で整理している間に、いつの間にかヒートアップしていたことを恥じるかのように頬を真っ赤に染めた彼女は、また掌で顔を覆い、先とは打って変わって弱々しく呟いた。

「……だから、言ったのに……こんなの、我慢しなきゃいけない普通の……嫉妬だよ……聞かせたくなかった……」
「そんなことを、思われてるとは……悪かった」
「謝らないで。ルシファーのせいじゃない。これは、私の心が狭いのが悪いの」
「だが」
「ルシファーほどの人が誰にも関わらずに過ごすのは無理でしょ……それはわかってる。でも、ルシファーが他の女子生徒に関わるのを見るのが嫌。ルシファーが相手のことそういう風に見てないのも知ってる。でも嫌なものは嫌。だから見ないようにしてる。でもたまたま見てしまったらどうしようもないの。いい大人が見苦しい……だから一人でそれが収まるのをこうして待ってるの!……ここまで言えば満足?そういうことだから今は一人にしてほしっ、ワ!?」

抑えきれない、言葉にできない気持ちがムズムズと頬を緩ませる。確かに俺は、最近鉄仮面でいることができなくなっているのかもしれない。が、そうだとしたらそれはおまえのせいだと小一時間訴えてやりたい。しかし今言うべきはそんなことじゃない。
顔を隠している手を取って引き寄せ、胸に抱き止める。小さな身体はビクリと硬直して、それから弱い呼吸音が聞こえてきた。

「やっと、そこまで追いついてきたか」
「……え?」
「俺はそれを毎日味わっているんだぞ、それも四六時中」
「そ、れは……」
「兄弟たちと、メゾン煉獄の奴ら、それからディアボロとバルバトスもだ。おまえに気軽に話しかけて笑いかけてもらえるメンツがあまりにも多すぎる。おまえは、俺のものなのに」

首元で吐息が揺れる感触がするのが心地いい。おまえがここに、他の誰でもないこの俺の腕の中にいると感じられるから。

「俺だけを見ていろと言っても、おまえは聞きもしない。どれだけヤキモキさせられたらいいんだ。この何千年間味わったことのない行き場のない気持ちをずっと持て余している俺の身にもなれ」
「な、っ!?わた、私は別にっ」
「おまえのそれと俺のこの感情は同じものだ。違うとは言わせないぞ」
「う……」

抱き締めていた腕を少し弱めて距離を取る。俯いた視線は未だ俺を映さない。

「……恋だの愛だのって……もっとキラキラでふわふわの、気持ちのいい感情だと思ってたし、実際そういう時も多いけど……ふとしたときにこんなぐちゃぐちゃでどろどろなもので溢れるの、知らなかった……。好きだけでいれたらよかったのに……」
「それほど俺のことを好いてくれているんだろう?全部の感情を俺にぶつけてもらえるなんて、嬉しいよ」
「……ルシファーのそういうとこ、よくわからない」

そう言いながらも擡げられた顔は泣き笑いのような歪な笑顔。でもその瞳の中に俺がいることがわかって、そんなことで安堵した。

「レヴィに聞かないと。どうやって嫉妬を抑えるのって」
「早速、そういうところだ」
「え?」
「嫉妬したならそれを俺にぶつけにこい。他の誰のところにも行くな。そうすればすぐここから連れ去って誰もいないーーそうだな、俺の部屋で、それ以上の愛を返して教えてやる」
「っ……そんなこと言って……会議があったら議場に飛んでくくせに」
「そんなお小言でも、聞かせてもらえるのは気分がいい」
「……じゃあ、教えてもらうの待ってるから、なるべく早く戻ってきて」
「もちろんだ。おまえの元に帰るから、待っていろ」

蟠りが解けたところで、D.D.D.にメッセージが一つ届いた。そこには、彼女を大事にしてやってくれ、と、ある。そんなことを言われては今から議場に迎えるはずもなく。それを彼女にも見せると、目をまんまるに開いた後、恥ずかしいっ!とまた顔を隠してしまった。そんなところも可愛いんだが、今はキスをしたい気分なんだと囁いて。ああ、ここはまだRAD内だったが、まぁいいか。こいつとの噂なら何日経っても消えてくれなくて構わないんだからと、心の向くままに唇を奪った。

ちなみにこれは何でもない後日の話。
癪に触るが助けられたのは事実だと、マモンには没収したうちのクレジットカードを一枚だけ、返しておいた。
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