■読み切りログ(ルシファー以外)
二月十日。俺の誕生日。誰にも言ってなかったから知られていないと思っていたけど、言わなくたって元兄弟はちゃんと覚えていたようで。そこから広まったのか、パーティー好きの悪魔たちに天使も人間も加わって、結局いつものメンバーで大騒ぎ。
弾けたクラッカーは一旦鳴り始めたら止まらないし、おもちゃのラッパから響いてきたファンファーレは音が外れているせいで今更ルークに調音されていた。それから祝杯だとコルクが開けられたデモナスは炭酸入りで、誰が振ったのか吹き出してしまって頭からベチャベチャの者が数人。
こんなに楽しい誕生日は始めてで終始笑顔が絶えなかった。
そんなパーティーも佳境となり、少しずつ落ち着きを取り戻してきたところで、ちょいちょいと服の端を引っ張ったのは俺と同じ留学生の彼女だった。
「ちょっとだけ、いいかな?」
そんな言葉とともに、バルコニーの方に視線を流す彼女の意図を汲み取り、わかったと頷き返すと、先に行ってるねと笑う。どうやらあまり他の面子に聞かれたくない内容みたいだったので数分置いてからそこに向かえば、俺の足音にパッと振り向いて顔を綻ばせた。
「ごめんね、少し待たせちゃった」
「ううん、全然いいの。それより、見て、シメオン」
「ん?」
重ねた両手をスッと俺の前に差し出して見せる。その手の中からは光が漏れ出ていた。言葉で聞くのも無粋な気がして、視線で、何?と問う。
「星、掴まえちゃった」
「……へぇ」
「なんてね!ちょっとロマンチックすぎたかな?」
「いや、そういう表現、俺は好きだよ。えーっと、それで、俺を呼んだってことは、俺はそれを見せてもらえるの?」
「うん、シメオンは特別。見せてあげる」
そっと開かれた彼女の掌の上にあったのは、楕円形の宝石だった。開き切ったときには光は消えていて、どういう仕組みだったのかと気になったけれど無粋なので口には出さない。
「綺麗だね。これ、何の宝石?」
「これはね、クンツァイトっていうの。でね、これを、こうするんだよ」
彼女がもう一つ、ポケットから取り出したのは万年筆。その蓋の部分には同じく楕円形の穴が空いており、そこに、今しがた紹介してくれたクンツァイトをパチリと嵌めた。それから、はい、と俺にそれを差し出す。
「くれるの?」
「もちろん。これね、私からの誕生日プレゼント。シメオン、小説書くって言ってたから……もしかしたら今時はパソコンで書いちゃうのかもしれないけど、原稿に、じゃなくてもペンなら使わないことはないかなって」
「俺のこと考えて選んでくれたんだ。嬉しいよ。ありがとう、大切に使うね」
そう言うと、へへっと恥ずかしそうに微笑んだ彼女は、独り占めしたくなるほど可愛い。そうはいかないのが悔しいところなんだけど。
「でもどうしてこの宝石を俺に?」
「それは……えっと、クンツァイトは愛の石ってよく言われるんだけど、」
「愛……」
「あっ!その、愛ってLOVEの愛だけじゃなくって、人生を豊かにする方の意味でも使うでしょ!?私、シメオンにたくさんハッピーにしてもらってるから、ぴったりだなって思って!」
あと、「神の愛」に繋がる石って言われもあってね、そんなとこもシメオンっぽいなって……などと楽しそうに語る彼女の言葉は、正直なところ「LOVE」を否定された時点であまり届かなくなっていた。やっぱり俺は誰かの一番にはなれないのかな、って。ちょっと捻くれているけど、彼女の一番になりたかったという俺の願いは、誕生日にも叶わなかったみたいだ。それでも、今そう思われていないのなら、まだ口に出すべきじゃないんだろうと、努めて明るく返事をした。
「ありがとう、そんなふうに思ってもらえて嬉しいな!」
「っ……あ、あとねっ」
「おい!二人で何してんだよ!主役が抜け出してちゃ話になんねーだろ!」
「あ、マモン!ごめん、今戻るよ!」
いい雰囲気だったのにと少し残念になったけど、皆が揃っているこんな時に二人きりにしてもらえるわけもないとはわかっていたので、その呼びかけに苦笑してみせる。そろそろ戻ろうかと声をかけたその時だった。もう一度、「シメオン」と名前を呼ばれたのは。
そこからの彼女の動きは、俺の目にスローモーションで映った。
タッと一歩、俺の方に踏み出して。俺の手をちょっと引っ張る。もう片方の手を肩に。それから顔が近づいてきて、頬でちゅっと音がした。
「……」
「……な、なにか、言って」
「え、っと、」
「っ!やっぱりだめ!何も言わなくていい!お、おめでとうっ!じゃあ!いこ!」
「え!?ちょっと待って!」
そのまま駆けて行ってしまった背中に俺の声は届かなかったようだ。
それでも、頬に残った熱と唇の感触は消えることはなかった。
「愛。愛かぁ。うん、いい響きだ!」
掌に残った誕生日プレゼントよりもインパクトがあったもう一つのプレゼントの意図はまた後日にでも聞かせてもらおうかな。
それで、伝えてもいい?
俺からも同じ気持ちを返したいって。
天使の愛は、きっと誰よりも重いかも。
だから今から覚悟していて。
弾けたクラッカーは一旦鳴り始めたら止まらないし、おもちゃのラッパから響いてきたファンファーレは音が外れているせいで今更ルークに調音されていた。それから祝杯だとコルクが開けられたデモナスは炭酸入りで、誰が振ったのか吹き出してしまって頭からベチャベチャの者が数人。
こんなに楽しい誕生日は始めてで終始笑顔が絶えなかった。
そんなパーティーも佳境となり、少しずつ落ち着きを取り戻してきたところで、ちょいちょいと服の端を引っ張ったのは俺と同じ留学生の彼女だった。
「ちょっとだけ、いいかな?」
そんな言葉とともに、バルコニーの方に視線を流す彼女の意図を汲み取り、わかったと頷き返すと、先に行ってるねと笑う。どうやらあまり他の面子に聞かれたくない内容みたいだったので数分置いてからそこに向かえば、俺の足音にパッと振り向いて顔を綻ばせた。
「ごめんね、少し待たせちゃった」
「ううん、全然いいの。それより、見て、シメオン」
「ん?」
重ねた両手をスッと俺の前に差し出して見せる。その手の中からは光が漏れ出ていた。言葉で聞くのも無粋な気がして、視線で、何?と問う。
「星、掴まえちゃった」
「……へぇ」
「なんてね!ちょっとロマンチックすぎたかな?」
「いや、そういう表現、俺は好きだよ。えーっと、それで、俺を呼んだってことは、俺はそれを見せてもらえるの?」
「うん、シメオンは特別。見せてあげる」
そっと開かれた彼女の掌の上にあったのは、楕円形の宝石だった。開き切ったときには光は消えていて、どういう仕組みだったのかと気になったけれど無粋なので口には出さない。
「綺麗だね。これ、何の宝石?」
「これはね、クンツァイトっていうの。でね、これを、こうするんだよ」
彼女がもう一つ、ポケットから取り出したのは万年筆。その蓋の部分には同じく楕円形の穴が空いており、そこに、今しがた紹介してくれたクンツァイトをパチリと嵌めた。それから、はい、と俺にそれを差し出す。
「くれるの?」
「もちろん。これね、私からの誕生日プレゼント。シメオン、小説書くって言ってたから……もしかしたら今時はパソコンで書いちゃうのかもしれないけど、原稿に、じゃなくてもペンなら使わないことはないかなって」
「俺のこと考えて選んでくれたんだ。嬉しいよ。ありがとう、大切に使うね」
そう言うと、へへっと恥ずかしそうに微笑んだ彼女は、独り占めしたくなるほど可愛い。そうはいかないのが悔しいところなんだけど。
「でもどうしてこの宝石を俺に?」
「それは……えっと、クンツァイトは愛の石ってよく言われるんだけど、」
「愛……」
「あっ!その、愛ってLOVEの愛だけじゃなくって、人生を豊かにする方の意味でも使うでしょ!?私、シメオンにたくさんハッピーにしてもらってるから、ぴったりだなって思って!」
あと、「神の愛」に繋がる石って言われもあってね、そんなとこもシメオンっぽいなって……などと楽しそうに語る彼女の言葉は、正直なところ「LOVE」を否定された時点であまり届かなくなっていた。やっぱり俺は誰かの一番にはなれないのかな、って。ちょっと捻くれているけど、彼女の一番になりたかったという俺の願いは、誕生日にも叶わなかったみたいだ。それでも、今そう思われていないのなら、まだ口に出すべきじゃないんだろうと、努めて明るく返事をした。
「ありがとう、そんなふうに思ってもらえて嬉しいな!」
「っ……あ、あとねっ」
「おい!二人で何してんだよ!主役が抜け出してちゃ話になんねーだろ!」
「あ、マモン!ごめん、今戻るよ!」
いい雰囲気だったのにと少し残念になったけど、皆が揃っているこんな時に二人きりにしてもらえるわけもないとはわかっていたので、その呼びかけに苦笑してみせる。そろそろ戻ろうかと声をかけたその時だった。もう一度、「シメオン」と名前を呼ばれたのは。
そこからの彼女の動きは、俺の目にスローモーションで映った。
タッと一歩、俺の方に踏み出して。俺の手をちょっと引っ張る。もう片方の手を肩に。それから顔が近づいてきて、頬でちゅっと音がした。
「……」
「……な、なにか、言って」
「え、っと、」
「っ!やっぱりだめ!何も言わなくていい!お、おめでとうっ!じゃあ!いこ!」
「え!?ちょっと待って!」
そのまま駆けて行ってしまった背中に俺の声は届かなかったようだ。
それでも、頬に残った熱と唇の感触は消えることはなかった。
「愛。愛かぁ。うん、いい響きだ!」
掌に残った誕生日プレゼントよりもインパクトがあったもう一つのプレゼントの意図はまた後日にでも聞かせてもらおうかな。
それで、伝えてもいい?
俺からも同じ気持ちを返したいって。
天使の愛は、きっと誰よりも重いかも。
だから今から覚悟していて。