■2022/4までの読み切りログ(ルシファー)
書類仕事がひと段落したところで時計を見れば、すでに零時近くて頭を抱えながら部屋を出る。デモナスの一杯でも飲まないと、変に頭が冴えて眠れそうになかった。
普段は肩からかけている上着も適当に放ってきたので少しだけ冷えるなと、ズボンに手を突っ込む。こういうときに彼女に会えると、あの体温で指先まで暖まるんだが、なんて馬鹿げたことを考えつつキッチンへ向かえば、そこから薄ら灯りが漏れていて、またベールが食い物を漁っているのかと訝しげに眉を顰めた。
「おいベール。またーー」
キッチンに足を踏み入れるなり、開口一番そう言うが、目に飛び込んできた情景に言葉が詰まった。
そこにいたのは、彼女だったからだ。湯気が立ち上るカップを両手で包み込み、机に伏せって伸びている。
一瞬、寝ているのかとも思ったが、呼吸の仕方を見ているとどうやら起きているようだ。俺が来たことがわかっているのに顔を上げないところを鑑みると、泣いているのか落ち込んでいるか。とにかく顔を見られたくないのだろうなと結論付けて、さてどうするかと考えた。
とりあえず、当初の予定通り、グラスにアイスボールを一つ。棚からデモナスを取り出してそこにトポトポ注いでから、彼女の隣に腰掛ける。振動で、カラン、とアイスボールが音を立てた。
彼女からしたら、俺がそのまま出ていくと思ったのに出ていかないからどうしたらいいかわからないのだろう。寝たふりを決め込むつもりかもしれないが、俺を相手にそうはいかない。
「どうした」
「……」
「眠れなかったのか」
「……別に」
観念したのか、小さな返事が一つ。しかし、いつものかわいげある回答ではなく、拗ねたような言葉だけだった。瞼をゆるく閉じたら、弟たちも昔はこんな時期があったかな、などと思い出されて、少しだけ口角が上がる。足を組み直し、グラスを机に置いて身体を少しひねる。そのまま机に肘をつくと、もう片方の手で彼女の背中をポンポンと撫でた。
経験上、こういうときに言葉はいらない。話したくなるまで、待つのが一番だ。
「……疲れた」
暫くそうしていると、ぽつりとつぶやきが漏れた。
「そうか」
「寝たいのに、寝れないの」
「なるほど」
「ルシファーも、忙しそうだった」
「俺はいつもと変わらない」
「頭痛そうにしてたもん」
「あれはパフォーマンスだ」
「ルシファーに迷惑ばっかりかけれない」
「俺がいつ、おまえが迷惑だと言った?」
背を撫でていた手で髪を弄び、それから彼女の顔を隠していた髪を耳にかけてやると、やはり少し泣いたのか、赤くなった瞳が恨めしそうにこちらに向いた。
「だって……いい大人が甘えるなんて痛いじゃん……できないよ」
「ほう?じゃあおまえは、俺が酔ってやらかしたあの時、俺のことを痛いと思っていたのか」
「え?」
「俺は何千年も生きた悪魔だ。おまえの理論でいけば、そんな悪魔が、あんなメッセージを、俺たちからしたら赤子のような恋人に」
「待って!なんでそうなるの?ルシファーは可愛いから!大丈夫だから!」
俺が深い溜め息を交えてそう言えば、ガバッと起き上がって勢いよく否定する。つんのめってきた身体をひょいと抱き上げて俺の膝の上に乗せた。
「捕まえた」
「ひゃ!?」
「そういうことだ」
「な、何が」
心底意味がわからないしこの状況も困った、と、そんな表情を浮かべてまた泣きそうな顔をするので、額に一つキスをして、顔が見えないように頭を俺の肩口に抱き寄せてやる。
「年齢も性別も何もかも関係ない。要は気持ちの問題だってことだよ」
「……?」
「俺はおまえにならどれだけでも甘えられたい。それだけだ」
「!」
「俺に黙って一人でこんなところで泣いているくらいなら、俺に会いに来て、俺の胸で泣け。おまえを抱いたまま書類仕事でもなんでもしようじゃないか」
「そんなの……やっぱり迷惑じゃん……」
グスっと、鼻を啜る音が聞こえて、じんわり肩が濡れる感触がした。
「恋人に寂しい思いをさせるなんて、俺のプライドに傷がつく。その方が迷惑だ」
「……よくわかんない……」
「俺の些細なプライドの意図なんてわからなくていい。だが、俺がそう感じることは理解しろ」
「……無理って言ったら?」
「わからせるまでだ」
「どうやって?」
「どうして欲しい?」
同じように聞き返せば少しの間のあと、ふふっと、吐息のような笑い声がしたので、こちらもふっと息を吐く。もう涙は出なくなったのか、顔を擡げて俺と向き合った彼女はこう言った。
「ルシファー、私、デモナス飲みたい」
「俺にそう言って、タダで飲ませてもらえるとでも?」
「……飲ませて?」
「いいだろう」
分かりづらい甘え方。だが俺はそれを見逃すほど鈍感じゃない。
もう一度グラスを持ち上げると、自らの口にそれを含み、そのまま彼女の口を塞ぐ。
辛い思いは酔いに溶かして、俺に分け与えてくれればいい。そうすれば、分られただけ、それを埋める愛を返そう。
涙の味といえば塩辛いと言われるものだが、午前零時のキスともなれば甘い幸せの味がした。
普段は肩からかけている上着も適当に放ってきたので少しだけ冷えるなと、ズボンに手を突っ込む。こういうときに彼女に会えると、あの体温で指先まで暖まるんだが、なんて馬鹿げたことを考えつつキッチンへ向かえば、そこから薄ら灯りが漏れていて、またベールが食い物を漁っているのかと訝しげに眉を顰めた。
「おいベール。またーー」
キッチンに足を踏み入れるなり、開口一番そう言うが、目に飛び込んできた情景に言葉が詰まった。
そこにいたのは、彼女だったからだ。湯気が立ち上るカップを両手で包み込み、机に伏せって伸びている。
一瞬、寝ているのかとも思ったが、呼吸の仕方を見ているとどうやら起きているようだ。俺が来たことがわかっているのに顔を上げないところを鑑みると、泣いているのか落ち込んでいるか。とにかく顔を見られたくないのだろうなと結論付けて、さてどうするかと考えた。
とりあえず、当初の予定通り、グラスにアイスボールを一つ。棚からデモナスを取り出してそこにトポトポ注いでから、彼女の隣に腰掛ける。振動で、カラン、とアイスボールが音を立てた。
彼女からしたら、俺がそのまま出ていくと思ったのに出ていかないからどうしたらいいかわからないのだろう。寝たふりを決め込むつもりかもしれないが、俺を相手にそうはいかない。
「どうした」
「……」
「眠れなかったのか」
「……別に」
観念したのか、小さな返事が一つ。しかし、いつものかわいげある回答ではなく、拗ねたような言葉だけだった。瞼をゆるく閉じたら、弟たちも昔はこんな時期があったかな、などと思い出されて、少しだけ口角が上がる。足を組み直し、グラスを机に置いて身体を少しひねる。そのまま机に肘をつくと、もう片方の手で彼女の背中をポンポンと撫でた。
経験上、こういうときに言葉はいらない。話したくなるまで、待つのが一番だ。
「……疲れた」
暫くそうしていると、ぽつりとつぶやきが漏れた。
「そうか」
「寝たいのに、寝れないの」
「なるほど」
「ルシファーも、忙しそうだった」
「俺はいつもと変わらない」
「頭痛そうにしてたもん」
「あれはパフォーマンスだ」
「ルシファーに迷惑ばっかりかけれない」
「俺がいつ、おまえが迷惑だと言った?」
背を撫でていた手で髪を弄び、それから彼女の顔を隠していた髪を耳にかけてやると、やはり少し泣いたのか、赤くなった瞳が恨めしそうにこちらに向いた。
「だって……いい大人が甘えるなんて痛いじゃん……できないよ」
「ほう?じゃあおまえは、俺が酔ってやらかしたあの時、俺のことを痛いと思っていたのか」
「え?」
「俺は何千年も生きた悪魔だ。おまえの理論でいけば、そんな悪魔が、あんなメッセージを、俺たちからしたら赤子のような恋人に」
「待って!なんでそうなるの?ルシファーは可愛いから!大丈夫だから!」
俺が深い溜め息を交えてそう言えば、ガバッと起き上がって勢いよく否定する。つんのめってきた身体をひょいと抱き上げて俺の膝の上に乗せた。
「捕まえた」
「ひゃ!?」
「そういうことだ」
「な、何が」
心底意味がわからないしこの状況も困った、と、そんな表情を浮かべてまた泣きそうな顔をするので、額に一つキスをして、顔が見えないように頭を俺の肩口に抱き寄せてやる。
「年齢も性別も何もかも関係ない。要は気持ちの問題だってことだよ」
「……?」
「俺はおまえにならどれだけでも甘えられたい。それだけだ」
「!」
「俺に黙って一人でこんなところで泣いているくらいなら、俺に会いに来て、俺の胸で泣け。おまえを抱いたまま書類仕事でもなんでもしようじゃないか」
「そんなの……やっぱり迷惑じゃん……」
グスっと、鼻を啜る音が聞こえて、じんわり肩が濡れる感触がした。
「恋人に寂しい思いをさせるなんて、俺のプライドに傷がつく。その方が迷惑だ」
「……よくわかんない……」
「俺の些細なプライドの意図なんてわからなくていい。だが、俺がそう感じることは理解しろ」
「……無理って言ったら?」
「わからせるまでだ」
「どうやって?」
「どうして欲しい?」
同じように聞き返せば少しの間のあと、ふふっと、吐息のような笑い声がしたので、こちらもふっと息を吐く。もう涙は出なくなったのか、顔を擡げて俺と向き合った彼女はこう言った。
「ルシファー、私、デモナス飲みたい」
「俺にそう言って、タダで飲ませてもらえるとでも?」
「……飲ませて?」
「いいだろう」
分かりづらい甘え方。だが俺はそれを見逃すほど鈍感じゃない。
もう一度グラスを持ち上げると、自らの口にそれを含み、そのまま彼女の口を塞ぐ。
辛い思いは酔いに溶かして、俺に分け与えてくれればいい。そうすれば、分られただけ、それを埋める愛を返そう。
涙の味といえば塩辛いと言われるものだが、午前零時のキスともなれば甘い幸せの味がした。