■読み切りログ(ルシファー以外)

魔界に来てから長い時間が経った。その間、サタンと一緒にいる時間も増えて、彼のことを随分理解できて来たと思う。
憤怒の悪魔と呼ばれているわりに、怒りをコントロールしながら仮面をかぶって生活していること。
読書が好きで、中でも推理小説にお熱なこと。
割と頻繁に頬を染めてくれる可愛い一面があること。
それから、私に対しては人一倍甘いこと。
そんな彼に対してだからこそ、ちょっとおどけて見せたいときもあったりして。
恥ずかしくて普段はできないのだけれど、『君ってたまに大胆になるよね』というサタンの言葉通り、そして『そんな君も好きだけどね』と告げられて浮足立ってしまった自分に逆らえず、私は今。
「コスプレ、しちゃった」
「待って似合う。写メってい?」
「止めてレヴィ!今猛烈に反省してるの!!」
「えっなんで?超絶似合ってるんだが?」
「レヴィならこういうのも引かずに見てくれるのはわかってたけど褒められてもなんか恥ずかしい!!」
「僕の持ってる、この漫画が見える!?『午前零時、君のハートをいただきにまいります!-怪盗淑女の魅惑的な犯行ファイル-』!!今オタク界を激震させてるラノベ!!これに出てくる怪盗淑女のライバルともいえるミニスカポリスのイメージそのもの!!おまえ天才!?知ってたけど!!」
捲し立てるように言葉を発するレヴィの頬は興奮で真っ赤。瞳はキラキラ輝いていて、うん、これがお世辞じゃないってこと、伝わってくる。
「……っありがとう、レヴィ。ちょっと自信もてた、かも」
「ほんと?なら写真を」
「それはだめ!!」
「ちぇー。でもまぁその気持ちもわかるからさ、無理にとは言わない。ていうかサタンはいーよなー!」
その言葉がむず痒くて、いたたまれなくなった。
「ありがと、ちょっと行ってくるね」
「ん!いってらっしゃい!」
レヴィの部屋を出る瞬間も、本当に似合ってるから大丈夫だからね!、と後押ししてもらったこともあって、逃げずに辿り着けたサタンの部屋。
スッと深呼吸をしてからトントンとノックをすれば、どうぞ、と声がした。
「あ、あの、サタン!」
「ん?君だろ?入っておいでよ」
「ッ……!!警察です!!サタンを逮捕しちゃいます!!」
「へ?」
勢い扉を開いてから、レヴィに借りた警察手帳を前に出し、もう片方の手には手錠をぶら下げて見せる。
そんな私をポカンとした表情で見つめるサタン。
流れる沈黙、数十秒。
(あ、これ、無理だ)
その数十秒でカンストした『恥』という気持ちに我慢ができなくなって、でも言葉なんて発せるはずもない。口から出てくるのは、うーとかあーとか、そんな間延びした母音ばかりでどんどん頬が熱くなる。
そうして意識を飛ばしそうになったその瞬間だった。サタンから声がかかったのに驚いて、浮ついていた身体に重力が戻ってきたのは。
「今夜盗まれたのは、一億グリムのブルーサファイアだ!」
「へ?」
「捕まえるべきは俺じゃない」
「えっ、あっ、」
「君もあの怪盗を捕まえに来てくれたんだろう、頼りにしている!」
まさかのノリノリの返事に、逆にタジタジの私。それにどう答えていいかわからないうちに私の両腕はサタンに捕まれて、そのまま部屋の扉に押し付けられた。
何が起こっているのか理解する前に、ずいっと眼前に映し出されたサタンの美しい瞳。パチクリと目を瞬いても、それが消えることはない。
「それとも……君が怪盗なのか?」
「ふぁ!?」
「変装した怪盗が、のこのこと俺に捕まえられに来た?」
「っ、さ、サタン!」
「俺を騙すなんて千年早いぞ?」
そう言いつつ、サタンはチュッと額に口づけた。
「そうはいっても、俺の心は君に盗まれてしまった後だけれどね」
「ッ!」
「君の心は、誰のものなんだろう?教えてくれる?」
耳元で囁かれた決め台詞に勝てるわけはなく、また私の口からは『う~~』と呻き声が漏れた。
「くくっ……ごめん、あまりにも君が可愛くて、つい」
「もう!サタンったら!」
「だけど、盗まれたのは本当」
「うっ」
「君の心、俺は盗めてる?」
そんな風に私の瞳を覗かないでほしい。嘘なんて一つもつけなくなってしまうから。
「……わ、私の全部は、サタンに、あげた、から」
「!」
「だから……もう、盗めない、よ?」
「君は、本当に……」
俺を喜ばせるのがうまいな、との呟きは、二人の咥内に呑み込まれてしまった。
サタンはどんな私でもきっと好いてくれるんだと、ちょっとの安堵を胸に閉じ込めて。
今日も、愛に興じる。
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